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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
68/80

68.過去からの呼び声【王子・駿視点】

 駿は携帯電話から「ツーツー」と言う音を呆然と聞きながら、自分の何がいけなかったのだろうと考え巡らせていた。


 『石川君、自分の胸に手を当てて、よーく考えた方がいいよ』


 咲良に言われた言葉に、どうしても納得できなくて、もう一度掛けなおそうかと考えた駿だったが、先程の咲良の冷めたような声を思い出すと、そんな勇気も出てこなかった。

 絶対に何か誤解していると思うのに、それを解く(すべ)が分からない。

 やはり、茉莉江が言うように、本当に付き合っていると思っていないせいなのか。

 それとも、茉莉江とまだ続いていると思われているのか。


 (茉莉江が自動車学校で、咲良相手にやらかしたって言っていたからなぁ)


 駿は自分の胸に手を当てて、よーく考えてみた。やはり思いつくのはこの二点。しかし、どうすればいいか、どうする事が正解なのか、何も思い浮かばなかった。

 こんな時相談できるのは、結局事情を知る茉莉江しかいないのかと溜息を吐きつつ、再び携帯電話を手にするとメモリーから茉莉江のナンバーを選び出した。


「もしもし、茉莉江? 今いいか?」


「ダメ。純君から電話掛かってくるから」


「えー! いつならいいんだよ」


「又、明日にして」

 茉莉江はそう言うなり、電話を切ってしまった。

 駿は再び盛大な溜息を吐き、携帯電話を机の上に放り出した。



 次の日、のそのそと起き出して来た駿に、母親が声を掛けた。


「駿、おはよう。免許取ったんだから、今日はお祖父ちゃんの所まで運転してくれない? それに、お盆にいなかったから、お墓参りまだでしょ? お墓参りも兼ねてね。お願い」

 母親からのお願いは命令と同じと刷り込まれている駿は、「わかったよ」と了承した。


 そして、朝食を食べ終わると、早速に母親のフィアット500の運転席に乗り込み、母親と共に出発する。

 母親と二人きりで出かけるなんて、今まであっただろうかと駿は記憶の中を探ってみたが、見つける事ができなかった。


「駿と一緒にお出かけなんて、何年ぶりかしらね」

 母親も同じ事を思ったのか、嬉しそうに言う。しかし駿にしてみれば、この年になると母親と二人での外出なんて、気恥ずかしさが付きまとうものだった。


 向かっている祖父宅は、車で一時間ほどかかる田舎の方で、駿が中学校まで過ごした場所だ。昔は小さな造り酒屋だったらしいが、祖父の代に会社にし、工場を建てた。

 母親が社長を継いだ時に本社を大凪市に移転し、駿が高校へ進学するのに合わせて、自宅も大凪市へ移した。

 祖父母は駿の両親に会社を任せた後、今もこの地で蔵元として杜氏と共にお酒を作っている。



「大学の保護者会の帰りに話したと思うけど、お父さんが大学時代の友人と再会したでしょう。それでね、その方のご家族を今度のBBQパーティに招待しているの。あなたと同じQ大生のお子さんがいらっしゃるから、お相手してあげてね」


 車中、母親からの突然の話に、駿は驚いた。しかしよく考えれば、父親が友人と再会したのがQ大の保護者会だ。Q大生の子供が居るという事だ。


「そのQ大生って、何年生? 男? 女? 学部は?」

 駿の矢継ぎ早の質問に、母親は記憶をたどるように遠い目をした。


「えーとね、たしか、今年大学に入学した娘って言っていたから、駿と同級生ね。学部? 学部はなんだっけ? ごめんね、再会の記憶の方が大きくて、よく覚えてないわ」


 母親は苦笑したが、駿は心の中で最悪だと思っていた。男ならまだ良かった。女は今までの経験上、良い想像ができない。まったく関係ない女子なら、上手く避ける事も出来るようになったが、今回はお相手しなくちゃいけない。

 それでも駿は、母親に自分の気持ちを悟られないよう、平静を装った。


「同級生の女子ね、了解」

 駿は出来るだけ素っ気無く言葉を返すと、運転に集中するよう口を閉じた。


「良かったねぇ、駿。その女の子と仲良くなれるといいね」

 空気の読めない母親が、頓珍漢な事を言う。何が『良かったね』だと思ったが、駿は空気を読んで「そうだね」と返した。



「駿ちゃん、お帰り」

 祖母の優しい笑顔を迎えられ、ドライブの疲れも、母親の頓珍漢な言葉への疲れも、癒されていくようだと駿は思った。


「お祖母ちゃん、ただいま」

 15年間過ごしたこの故郷は、懐かしさばかりでは無いけれど、かつて痛んだ胸はもう痛まない。

 何も知らない祖母や母の前では、もうそんな事も忘れている事の方が多くなった。


 一服した後、墓参りに行く事になり、母は庭で墓に供える為の花を切っている。遠い昔、兄弟で競うようにして、花を持って、墓までの道を駆けていった。そんな風景を思い浮かべながら、こんなにのんびりとした気持ちで、この故郷にいる自分が不思議な気がした。


「久しぶりに歩いていこうか?」

 庭にいる母親の背に声を掛ける。驚いたように振り返った母親は、「それはいいわね」優しく微笑んだ。


 懐かしい風景の中を、日傘を差す母親と、花を持った駿が歩いていく。知った顔を見かけると、笑顔で会釈をする母親に習って、駿も頭を下げる。中には「まあ、駿君? 大きくなって」と声を掛ける人もいて、どこか照れ臭い。


 墓地のある林の中へ入って行くと、薄暗くひんやりとした空気に変わり、どこからか(ひぐらし)の声が聞こえる。その物悲しさと墓地の雰囲気は、あの頃子供心に少し怖かった。

 駿がそんな子供の頃の事を思い出していると、母親も昔の事を思い出したのか、クスリと笑った。


「昔、綾と純が小学生で駿が保育園の時だったかしら、曾お祖母ちゃんのお葬式の時にね、この辺はお葬式に続いてすぐ埋葬するから親族は皆お墓まで行くんだけど、行きと帰りの道が違うのよ。埋葬が終わって帰る時になると、あなた達三人と茉莉江ちゃんが急に駆け出して、駿だけが遅れて道に迷って大きな声で泣いていたのを、後から追いかけていったお父さんが見つけたの。どうやら綾が皆を怖がらせたみたいで、純は要領が良くて、茉莉江ちゃんもあの頃から純にくっついていたから無事に帰れたんだけど、あの頃駿は要領が悪かったわね」


 母親はそう話すとクスクス笑っている。

 駿は、要領が悪かったなんて言われて笑う気にもなれず、『どうせ俺は』といじけるのも恥ずかしく、「そんな昔の事、覚えてないよ」と素っ気無く言った。



 墓参りを済ませ、来た道を帰っていく。墓地の林を抜けると、急に日差しの強さを感じ、まるで現世へ戻ってきたような気がした。墓地は前世と現世を繋ぐ異次元なのかも知れない。

 再び母親は日傘を差し、駿は母親の歩調に合わせて歩いて行く。時々立ち止まると「懐かしいわね」と傘を上げて駿を見上げ微笑む。それは、駿たちが通っていた保育園だったり、遊び場にしていたお寺の境内だったり。



「駿君」

 不意に名を呼ばれ、駿が声のしたほうへ顔を向けると、お寺の釣鐘堂の影から女性が出てきた。

 その顔を見た途端、駿は一瞬強張った。忘れたいのに、一目見て分かった。


「あら、お友達?」

 張り詰めた空気が、母親の一言で緩んだ。


「あ、中学校の時の同級生で、磯谷(いそや)留美(るみ)と言います。ちょっと駿君とお話がしたくて……」

 彼女はそう言いながら恥ずかしそうに俯いた。


「駿、私は先に帰っているから、ゆっくりしてきていいわよ」

 こんな時に空気を読まなくてもと思うような母親の対応に、駿は戸惑った。そして、彼女の方に微笑みながら会釈して「ごゆっくり」と言葉を残して歩き去ってしまった。

 駿は慌てて「ちょっ、母さん」と呼びかけたが、母親はさっきよりも確実に歩調が速くなっていた。


 そして、残された二人。

 母親の後姿を呆然と見つめる駿と、駿を見つめる留美。


「駿君」

 再び名を呼ばれた駿は、留美の方へ視線を向けた。


「暑いから、その木陰へ入ろう」

 駿は暑さ以上にウンザリしながらも、釣鐘堂の横の木陰へ留美を促した。不思議とあの頃感じた心理的ストレスは感じなかった。そして駿は元カノである留美と対峙した。


「久しぶり」

 駿はあくまでも冷静にと自分に言い聞かせた。


「うん、久しぶりだね。駿君は大学生? 私は短大へ行っているんだよ」

 駿の態度に安心したのか、留美は嬉しそうに話す。


「そうなんだ。それで、話って何?」

 別に知りたくも無い情報はするりと流し、駿は早く話を終わらせたかった。


「あの、私、ずっと駿君に謝りたくて……」

 先程の嬉しそうな笑顔が一気に曇り、彼女は緊張気味に駿を見上げた。

 駿はやっぱりあの話かと嘆息する。


「何を謝るの?」

 駿は素っ気無く問い返す。こんな茶番はウンザリだと心の中で吐き捨てる。あまりに素っ気無い駿の態度に、留美はビクリと肩を振るわせた。

 どう答えようかと思案するように視線をさまよわせる彼女を見つめながら、駿はふと疑問が湧いた。


「どうして、ここに僕がいるって分かったの?」


「駿君を見かけたって聞いて……墓地の方へ行ったって聞いたから……」

 駿の冷たい問いかけに、留美はだんだんと俯いていく。

 田舎はすぐに情報が広がるんだったと、駿は苦い記憶と共に自嘲気味に思う。


「それで、帰りにここを通ると思ったんだ?」

 駿が彼女の言葉の続きを口にすると、彼女はコクリと頷いた。

 まちぶせかと駿は心の中で呟く。


「磯谷さんに謝ってもらうつもりもないし、必要も無い。もう僕にとっては過去の事だから、関係ないよ」

 駿は今こそ過去との決別のつもりで、全てを切り捨てる。


「そんな……じゃあ、私はどうすれば……」

 留美は縋るように駿を見上げた。


「どうもしなくていいよ。僕の存在自体を忘れてくれたらいい。僕も忘れるから」


「そんな……ひどい」

 酷いのはどっちだと駿は心の中でボヤキながらも、これ以上言っても(こじ)れるだけだと気持ちを押さえた。


「とにかく、もう四年前の事だし、あの頃はお互いにまだ子供だったし、僕にも悪い所があっただろうと思うし。だから、お互い様と言う事でこの話はこれで最後にしよう」

 駿は大きく息を吐き出すと、きっぱりと言った。




 


 

 

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