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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
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66.ショッピングモール【咲良視点】

 プール前日の土曜日、自動車学校の学科教習が終わると、咲良は水着を買いに行く約束していた柚子と急いで教室を後にした。急遽一緒に買い物に行く事になったプール仲間達も一緒だ。

 皆でプールの話で盛り上がりながら、自動車学校を後にして駅へと向かった。咲良は高校生の頃に戻ったようで楽しかった。

 買い物の目的地は、自動車学校の最寄り駅から5つ先の駅近くに出来た、この辺りではかなり大きいショッピングモールだ。


「ねぇ、ねぇ、このショッピングモールに、あの有名なコーヒー専門店が入っているんだってね。買い物の後に行かない? あそこのスイーツ、美味しいらしいのよね」

 柚子が前から行きたかったと、ワクワク顔で提案すると、女子達(咲良と柚子と柚子の大学の友達二人)はすぐに賛成し、その話で盛り上がる。男子達(加藤とその友人)は苦笑しながらも付いて行くようだ。

 女子達が水着を見に行く間、男子とは別行動をする事になり、合流は先程話題に出たコーヒー専門店へ集まる事になった。



「わー、このフリルのカワイイ!」


「私、ビキニは無理」


「タンキニを上に着れば、大丈夫でしょう」


「ワンピースタイプで、カワイイのが良いなぁ」


「このモノトーンの、凄いセクシー」


「私、セクシー系は無理だよ」


「花柄もカワイイよね」


 女子四人でワイワイ言いながら、水着を取り出しては鏡の前で身体に当ててみる。咲良はこっそり皆の胸の辺りを伺い、落ち込んだ。やっぱり体型カバーが出来るようなタイプがいいかなと、自嘲気味に笑った。

 シーズンも終わりに近づいているせいか、並んでいる水着の数はそれ程多くない。それでもそんな中から多少妥協もして、胸の辺りがフリルでカバーでき、ミニワンピのようなワンピースタイプの物を咲良は買った。

 柚子はビキニとタンキニのセットの物だ。他の二人はシーズン初めに買ったらしく、今回は咲良と柚子のアドバイザーとして付いて来たのだった。


 待ち合わせの時間になり、約束のコーヒー専門店に入って行くと、加藤達が手を振って合図した。カウンターでそれぞれが自分の好きなコーヒーとスイーツを注文し、受け取ると加藤達のテーブルへと向かった。


「お待たせ」

 それぞれが空いた席に座ると、早速お互いの注文したコーヒーやスイーツの話題で盛り上がる。そんな中、たまたま隣の席になった咲良に、加藤が話しかけた。


「無事に買い物できたの?」


「うん、おかげさまで……」

 買った物が水着という事で、何処か羞恥が付きまとい、咲良は詳しく話せず曖昧に返答した。


「俺達は家電と本を見て来たよ。そうそう、飯島彼方の文庫本買ったんだ」


「え? ホント! どの本を買ったの?」


「『夜の向こうに消えた月』だよ。山野に借りたのも面白かったから、買ってみたんだ」


「わぁー、あの話も良かったよ。私も持っているよ。言ってくれれば貸してあげられたのに」


「でも、夏休みの間に読めないかも知れないし……。まあ、一冊ぐらい手元にあってもいいかなと思ってさ」


「そうだよね。私も何度も読み返したくて、手元に揃えたんだもん」



 咲良と加藤の会話が盛り上がっているのを、いつの間にか同席の仲間達がおしゃべりをやめて見ているに気づき、二人は驚いた。


「え? 何? 皆どうかした?」


「いやー、なんだか話が盛り上がって、仲が良いと思って……」


「バ、バカ。何勘違いしているんだよ。同じ作家の本が好きだから、会話が弾むだけだよ」

 加藤の友人が、しみじみと言う感じで答えると、加藤は慌てたように言い訳をした。それを受けて咲良もウンウンと大きく頷く。


「いいんじゃないの? 二人の世界って感じだったし」

 柚子の友達がニヤニヤと口を挟む。もう一人の友達も「そうそう」と同意する。


「そうだよね。咲良もいつまでも王子様を追いかけていないで、現実を見た方がいいかもしれないよ」

 柚子も友達の言葉に乗って、からかうように言った。


「王子様ってアイドルの追っかけでもしているの?」


「白馬の王子様を待っているとか?」

 柚子の言葉を受けて、柚子の友達達が笑いながら咲良に突っ込む。


「山野は飯島彼方って作家一筋だからなぁ。自分のリアル青春も考えた方がいいかもね」

 加藤にまで盛大なツッコミを入れられてしまった咲良だったが、加藤友人の「加藤だってリアル青春は充実していないくせに」の言葉で少々溜飲が下がった。


 加藤は友人に「お互い様だろ」と言い返した後、思い出したように「そう言えば」と言葉を続けた。


「王子といえば、石川を見かけたよ」


「え? 石川君? ホント? ここに来ているの?」

 王子の話題にすかさず食いつくのは柚子で、身を乗り出すようにして、加藤に問いかける。


「ああ、でも声を掛けようと思ったら、神崎と一緒だったから、声を掛けそびれたよ」


「あー! やっぱり神崎さんとまだ続いているんだ」

 柚子は納得したようにウンウンと頷く。王子の事を知らない友人達は、「誰の事?」と訊くので、柚子が高校時代の王子と茉莉江の説明をした。


「本当に王子様みたいな人がいるんだ? 私も見てみたいかも」


「その彼女って、自動車学校で見かけるあのスタイルが良くて綺麗な人?」


「美男美女だなんて、テレビの中だけの話じゃないのね」

 皆がワイワイと王子たちの話題で盛り上がっているのを、咲良は笑顔を貼り付けたまま傍観していた。


「咲良は石川君と同じ大学で同じサークルの友達なんだよね?」

 急に柚子が咲良に話を振るので、咲良は慌てた。


「ま、まあね。でも、同じ高校出身なのに大学のサークルで出会うまで、私の事は知らなかったんだって」

 咲良は、あまり突っ込まれたくなくて、わざと自虐的な話をした。案の定、皆は微妙な顔をして「そうなんだ」と話を流してくれた。


 

              *****


 その夜、咲良は買ってきた水着を試着し、鏡の前でポーズをとってみた。胸の辺りの体型はカバーできているのかと、もう一度見てチェックする。別に誰に見せる訳でもないけれど、やはり乙女にとっては大問題なのだ。

 明日のプールの用意をしながら、今日の加藤の話を思い返した。


 (やっぱり、遠距離でも神崎さんと続いているんだ)


 それなのに、と咲良は思う。咲良の気持ちを知りながら、恋人同士だからなんて念を入れた演技をする王子の心理が良くわからない。

 いくら完璧を目指しているとは言え、兄達の事情が解決すれば終わる仮初めの様なお付き合いだ。


 (まあ、王子にすれば、神崎さんとなんか比べ物にもならないから、気にもならないのかな)



 

 その時、咲良の携帯電話がブルブルと震えだした。マナーモード解除をすっかり忘れていたようだ。


 (あっ、王子だ)


 先程まで思い出していたからか、呼び出したようなタイミングで着信した事に咲良は驚いた。そして恐る恐る、「もしもし」と第一声を発した。


「あ、咲良、こんばんは。今電話いいかな?」

 声を聞いた途端、咲良の心臓がドキンと跳ねた。そして今度は柚子の言った『やっぱり神崎さんとまだ続いているんだ』の声が頭の中に響く。


「こ、こんばんは。今、大丈夫です」

 揺れる気持ちを抑えて、咲良は平静を装う。


「あの、免許が無事に取れたんだ」


「お、おめでとう。やっぱり早いね」


「咲良の方はどう?」


「私は来週初めに仮免なの」

 咲良はタメ口になるよう意識しながら、内心何の用事だろう首を傾げる。



「あ、あの、明日、やっぱりプールへ行くよね?」

 どう言う訳か駿も言葉が詰まり気味で、言い難い話でもあるのだろうかと、咲良は益々疑念を抱いた。


「もちろん、そのつもりで今用意しているところだけど……」


「僕も行こうかな……」


「えっ……」

 駿がポツリと言った言葉に咲良は絶句した。プールへ一緒に行くと言う事だろうか? それとも、別々でプールへ行くと言う事だろうか? と咲良の頭の中で激しくハテナが回りだす。

 そして、さっき試着した時の鏡に映った自分を思い出し、あの姿を見られてしまうのかと、一気に羞恥心が胸の中に広がる。


「冗談だよ」

 駿はフッと笑った後、自分の言葉を取り消した。そして咲良は人心地がついたように息を吐き出した。



「来月初めのドライブは大丈夫だよね?」

 そう尋ねられて初めて咲良は、すっかり忘れていた事に気づいた。


「あ、まだ友達には話してないけど……」

 咲良はここまで言って、来月初めだと柚子の彼も旅行から帰ってきているし、浮気疑惑も解けたし、柚子を誘う口実が無くなったのではないかと思い直した。


「又誘ってみてから連絡するね」

 とりあえず訊いてみない事には分からないからと、咲良は保留と言う事で返事をした。


「ええっ! 友達がダメだったら行けないの? 咲良は大丈夫なんだよね?」

 駿が慌てたように声をあげる。その声の様子に、咲良は驚いた。


「もしかして、もう他の皆は大丈夫なの? 分からないのは私の友達だけ?」

 もしそうなら、柚子の返事次第では取りやめるべきだろうかと咲良は心配になった。


「いや、そう言う事じゃないけど……。ねぇ、咲良、もしも二人だけのドライブだったら、嫌?」

 駿の問いかけは、咲良の心配とはまったく別方向のものだった。


「二人だけって、石川君と私って事?」


「そう。ドライブデートって事で」

 デートですって? と咲良は心の中で叫ぶ。大学にいた時は、茉莉江と続いている事を知らなかった咲良は、やけに完璧な恋人同士の演技をするなと感心している部分と、もしかすると少しは期待してもいいのだろうかと言う願望の部分もあったが、本当の恋人の存在を知った今、誤解を受けるような行動はするべきでは無いと思ったのだった。


「それは、ダメだよ」

 咲良はやけに低い声で否定した。


「え? なぜ?」

 駿が驚いたように問い返す。


「石川君、自分の胸に手を当てて、よーく考えた方がいいよ」

 咲良はそう言うと、「おやすみなさい」と言って電話を切った。

 恋人がいても、女友達と二人で遊びに出かける男はいくらでもいるだろう。けれど、咲良は自分がされたら嫌な事を駿にはして欲しくなかった。

 


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