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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
62/80

62.五年前の真実【山野大樹視点/石川綾視点】

「あー、本当に大樹だ。久しぶり」

 どこかで飲んだのか、恵は陽気にやって来た。「久しぶり」と返す大樹と「俺も久しぶりだろ」と拗ねる浩太に、恵は「二人とも元気だった?」と笑い、大樹の隣に座った。

 恵は大樹と疎遠になった切っ掛けの事など、無かったかのように昔のような親しさで、大樹に笑顔を向ける。そして再び、三人の再会を祝って乾杯をした。

 しばらく三人で近況報告をし、お互いが知っている高校の同級生の近況も報告しあった。



「でも、どうしたの? 二人で飲むなんて。二人共久しぶりなんでしょ?」

 恵は話題が一区切りついた所で、改めて今日の飲み会について尋ねた。


「ああ、大樹から電話を貰って、こっちへ来ているのなら飲みに行こうって事になったんだ」


「へぇ~、大樹が誘ったの?」


「まあな。浩太に訊きたい事があったから」


「それで、大樹は恵にも訊きたい事があるんだってさ」

 浩太は大樹の返答に付け加えるように言った。


「えー、私に? 何を訊きたいの?」

 恵は少しワクワクしたように、期待の目を大樹に向けた。



「五年前の事なんだ。卒業前に、俺が綾から拒絶されて混乱していた時、恵は綾が心変わりをしたって教えてくれただろう? その綾の心変わりの情報は、誰から聞いたんだ?」


「え? なぜ? 今更? もうどうでも良くない? 五年も前だよ」

 恵は笑って質問を流す。


「何でも、石川さんの友達から裏切ったのは大樹の方だって聞いたんだってさ」

 浩太は大樹から聞いた話を、お節介に口を挟んだ。


「そんなの嘘に決まっているじゃない」

 恵は少し怒ったように言い捨てる。


「まあ、確かに俺は裏切ってなんか無いから、その噂は間違っているけど……。どうやら、誰かが綾に吹き込んだらしいんだ。俺が二股しているって。もしかすると、俺と綾を恨む誰かが、俺達を別れさすために、それぞれに相手が裏切っているって教えたんじゃないかと思うんだ。だから、恵はその計画の首謀者に巻き込まれたんだよ」

 大樹は先程の推理を二人に話した。浩太は「さっきそんな事まで言ってなかったじゃないか」と驚いた一方、恵の方は、急に笑い出した。


「大樹、推理小説でも読んだの? 計画の首謀者とか……可笑しい。もう五年も前だよ。もう時効だよ。石川さんだって、とっくに大樹の事なんか忘れて、今頃素敵な恋人がいるんじゃないの? 何? そんな噂聞いて動揺した? まだ未練でもあるの?」

 少し呆れたように、何処か馬鹿にするように、恵は突っ込む。それを聞いて腹を立てたのは浩太の方だった。


「恵、その言い方は酷いんじゃないか? 大樹だって五年も前の事だって分かっているさ。でも大樹にとって、五年前のあの出来事は女性不信になるほどショックだったらしいよ。気になる事を解決しないと前に進めないんじゃないのか? なぁ、大樹」

 浩太は大樹が思っていた事を的確に言ってくれた。大樹が大きく頷くと、再び恵が笑い出した。


「大樹が女性不信って、笑っちゃうわ。来るもの拒まずだったくせに。私、知っているんだから。それなのに、私の事は友達にしか思えないって……そうよ。私が首謀者よ。石川さんなんか、皆にチヤホヤされているくせに、大樹まで独り占めして。大樹の家で新年会した時、私がちょっと大樹の携帯電話で別れてって言っただけで全て拒絶って、大樹の事を信じてなかったからでしょ。そんな女のために女性不信だなんて、可哀想過ぎて笑っちゃうわ。彼女の方こそ大樹と別れて清々しているんじゃないの? それにもう五年経っているんだから時効ですからね」


 それだけ言うと恵は立ち上がり、財布から五千円札を出すと、「あーすっきりした。お先に」と去って行った。

 さばさばとした表情で去っていった彼女は、もしかしてずっとこの事が心の重荷だったのだろうか。


 大樹は恵の心情を想像したが、同情はできないと思った。それでも不思議と怒りは湧かなかった。

 それよりも、大樹は綾が裏切っていなかったと言う事実に、自分でも思っていなかった安堵感が胸に広がった。



 呆然としたまま恵を見送った大樹と浩太は、しばらく茫然としていた。

「あいつ……何て事を……。大樹ごめん。こんな事とは知らず、お前と石川さんを傷つけていたなんて……」

 浩太は徐に頭を下げた。


「いいんだ。浩太は巻き込まれただけだし。俺も知らない間に恵を傷つけていたのかもしれない。恵の言うようにもう5年も前の事だ。時効だよな」


「でも、お前が裏切ったって言う噂はどうするんだ。今からでも石川さんに連絡が取れないのか?」


「もういいんだ。恵じゃないけど、俺もスッキリしたよ。綾が裏切るような奴じゃなくて安心した。女性不信も解決かな」

 大樹はそう言って笑った。しかし、浩太はまだ申し訳なさそうな顔をしてすっきりしないようだ。


「俺が言うのもなんだけど、恵の事許してやれとは言わないが、恨まないでやって欲しい。あいつ、本当に大樹の事が好きだったんだな。だからと言って恋人同士を引き裂いて良い訳じゃないけど……」


「恨んでないよ。結局俺と綾はお互いを信じ切れるほどの絆がなかったって事だろう。俺達皆子供だったんだよ」

 大樹は浩太も恵も責める気にはなれなかった。それはやはり、時の経過に寄る所が大きいのだろう。



 でも、もしも綾の方も男性不信を引きずっているなら、払拭してやりたいと思う。


 (まあ、綾が俺の話を聞いてくれるかだけどな)


 内心苦笑しながら、大樹は今回の事に口を出してきた綾の弟を思い出した。あれが切っ掛けで真実が判明したけれど、何となく素直にお礼は言い辛い。それに、綾との誤解を解いていない現状では、まだ解決とは言えない。

 大樹はどうしたものかと、新たな問題を抱える事となった。



     *****


 綾はあれから、自分の心の片隅に芽生えた『もしかしたら、私が間違っていたのだろうか』と言う思いに悩まされ続けていた。

 大樹の気持ちも聞かず逃げ出した自分が、酷く無責任で自己中だったのではないかと反省らしき気持ちも湧く。

 けれど一方で、大樹の携帯からの電話なんて動かぬ証拠じゃないか、それにあれは夜の時間帯で誰かが携帯を持ち出す事はできるはずないじゃないかと、そんな思いも湧く。

 すると綾の脳裏にリフレインするのは、あの日の大樹の言葉。

 『綾、お前は俺よりそんな女を信じるのか?』


 そんな女……後藤恵。

 ご丁寧に名前を名乗った彼女は、大樹が彼女や仲間達といる所に綾が現れると、いつも真っ直ぐな視線で綾を見つめていた。

 今、冷静になって振り返ってみると、大樹は彼女に対して、友達以上の感情を持っているようには思えなかった。だから綾は、どんなに彼女に睨まれても、大樹と彼女がどうにかなるなんて、思いもしなかった。

 (やっぱり私が、間違っていたの?)

 

 最近一人の夜は、こうして悶々と五年前の事を思い返すようになった。それは、大学の研究室で大樹と会う事が増えたからだ。 

 基本綾は出来るだけ視界に入れないようにして無視をしているが、時たま彼の何か言いた気な視線に気づく事がある。


 (いいたい事があるなら、はっきり言いなさいよ)


 無視をしている自分は棚に上げて、綾は心の中で悪態を吐く。自分から話しかけるなんて、意地でもしたくないのだ。


 大樹の会社のお盆休みに合わせて、大学の研究室も休みを取る事になった。綾は例年の夏休みの如く、今年も一週間ほど実家へ帰る予定だ。

 そんなお盆休み直前の最終日に、大樹が動いた。


「綾」

 トイレへ行くために研究室を出た綾の名を呼ぶ男性の声に、足を止めた。ここで『綾』と呼ぶ男性で思い当たるのは一人。


「ここでは下の名前で呼ばないで」

 くるりと振り返った綾は、真っ先に苦言を呈する。キョロキョロと周りを見回すと、夏休みの実験棟は人気がなかった。


「ここじゃなかったら、いいのか?」

 大樹は余裕有り気な笑いを口元にたたえ、ツッコミを入れる。


「そんな意味じゃありません。私に話しかけないで」


「五年前の俺達の別れに関する真相が分かったんだ」

 拒絶して去ろうとしていた綾を引き止めるように、大樹は真剣な顔で早口に言った。


「え? 真相?」

 綾にとって想定内の話のはずなのに、その真相と言うのは想定外だった。


「そう、お互いの名誉の為にも、綾の男性不信払拭のためにも、話を聞いて欲しい」


「な、なによ。五年も前の事に、そんなに真剣にならなくてもいいでしょ。もう忘れたわよ」

 綾の脳裏で、『まずい、まずい』と声が響く。ここで折れたら、自分自身の五年間が崩れていく。


「俺は綾の中で、裏切り者の烙印を押されたままなのは嫌なんだ」


 大樹の毅然とした物言いは、本心のままの言葉だと不意に信じられた。綾にとって五年前のあの日まで、一番信頼の出来る人は彼だった。それなのに……。

 自分はどうしてあの時彼に確かめなかったのか。

 だって、決定的な言葉を彼の口から聞きたくなかった。

 それって……。

 考えるのが怖くて、彼を悪者にして封印してきた五年間。

 頭の中で目まぐるしく考えが入れ替わる。一気に不安が胸に広がり、綾は縋るように大樹を見上げた。そして、二人はしばらく見つめ合った。


 綾はハッと我に返ると、「な、な、何言っているのよ。もう忘れたって言ったでしょ」と、踵を返してトイレへと駆け込んだ。


 (私、私……どうしたらいいの?)


 その答えは、何処にも見つからなかった。





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