6.サクラサク?
Q大の入試の前日、前泊するために咲良は東京へと旅立った。一人で新幹線に乗るのも、一人でお泊りするのも初めてで、小さな子の初めてのおつかいじゃないけど、咲良にとってはドキドキの大冒険だった。
ホテルにチェックインした後、次の日に迷うといけないので、Q大まで行ってみる事にした。Q大最寄り駅までの電車でも、駅からQ大までの道のりも、余りの人の多さに咲良は半分パニクりながら、何とかQ大に辿り着いた。春休みで閑散とした大学で、HPの写真にあった代表的な建物を見つめる。ネットで見て感じたよりも、もっと大きな気がした。
――――お父さんが青春時代を過ごした場所。
――――飯島彼方が講義をしている大学。
――――そして、王子がこれから過ごすところ。
咲良は付いて行きたいと言っていた父親との約束通り、携帯で何枚か写真を撮ると、綺麗に撮れている一枚を『Q大に無事に着いたよ』と父親に写メールした。すると仕事中の筈の父親から、すぐに返事が来て驚いた。
『写真ありがとう。とても懐かしかったです。明日は、お父さんの夢は気にせず、咲良の夢のために頑張りなさい。お父さんもここで祈っているからね』
(お父さんったら……)
父親の心遣いをくすぐったく思いながら、咲良は携帯を見つめてクスクス笑っていた。
(言われなくても、自分の夢のために頑張りますよ。お父さん)
「受験生?」
突然声をかけられて顔を上げると、ここの大学生だろうか、男の人が立っていた。『悪い男に騙される』と言う、兄の言葉が脳裏をかすめ、咲良は怯んだ。
「あー、警戒しないで。ここの学生だから。君が写真を撮っているのを見ていたら、2年前を思い出して……よかったら、大学をバックに君の写真を撮ってあげようかと思って……」
咲良の警戒する姿を見て慌てた彼は、声をかけた理由を焦ったように説明した。そんな彼の様子を見て、悪い人じゃないかもと咲良は思った。大樹に言わせれば、そんなに簡単に信用するなと言いたいだろうけれど。
「明日の試験を受けるために、下見にきました。でも、大学をバックに写真を撮るのは、合格してからにします。ありがとうございます。先輩」
咲良は丁寧に頭を下げ、少し微笑んでから、帰るために背を向けた。そんな彼女を、茫然と見ていた彼は、背を向けられて初めて我に返り、「君、名前は?」と彼女の後姿に声をかけた。
「今度会った時に」
咲良は振り返ってそう言うと、心の中から嬉しい笑いが込み上げて来た。もう一度背を向けると、フフフと笑いをこぼし、咲良は駆けだした。遠ざかる背中に彼は「俺は篠田だから」と声をかけたが、咲良の耳にはもう届かなかった。
名前も知らない先輩と交わした当ての無い約束だけれど、何だか再びここへ戻って来られる気がして、咲良は嬉しくなった。
父からのメールも後押ししたのか、その夜ホテルから兄に電話をした。
「あのね、お兄ちゃん。私、お父さんの夢のためにQ大を受験するんじゃないから。だから、お兄ちゃんは責任感じなくてもいいからね」
母から聞かされてから、ずっとモヤモヤしていた想いを、やっと兄に伝えた。
「責任って、何も感じてないよ。おまえは俺の事なんか気にせず、しっかり頑張れよ。飯島彼方に会いたいんだろ」
「うん、まあ、そうだよ」
「まあって、他に理由あるのか?」
兄に突っ込まれてから慌てた咲良は、誤魔化すように今日Q大を下見に行った話をした。
「それでね、写真撮りましょうかってQ大生に声かけられたの。さすが東京の大学だね。垢抜けたイケメンだったよ」
「咲良、そんな常套句に騙されるなよ。まさか、後付いて行ったり、名前や携帯番号を教えたりしてないだろうな」
「大丈夫。お兄ちゃんの言い付け守って、名前訊かれたけど教えなかったよ。でも、そんなに悪い人じゃなかったみたい」
「それがタラシの手口だろ。相手に安心感を与えるとか……本当に大丈夫なんだろなぁ」
「大丈夫、大丈夫。また会ったとしても、忘れているよ」
咲良はクスクス笑いながら答えた。結局兄は心配性なんだよねと、彼女は心の中で苦笑しながら、試験直前の張りつめていた緊張感が、兄のお陰で緩んでいくのを感じていた。
*****
Q大の入試は無事に終わった。一週間後にはM大の試験があるので、東京から帰った咲良を、両親は何も聞かずに見守っていてくれた。
M大の試験当日、咲良は試験開始を待つ間、怒涛のように過ぎた半年間を想った。
これで全てが終わる。
どんな結果になろうとも、後悔はしない。
咲良は改めて全力で頑張ろうと思った。
受験は、才能と努力と、そして運。
必死で頑張って勉強して来たけれど、才能と努力ではまだQ大のレベルに今一歩だと思う。それを補う運があるかどうか……。
咲良はQ大受験を現実の目標として考え始めた時、マイナス思考にだけはなるまいと決めていた。
プラス思考が運を引き寄せると信じて、彼女はQ大生になった自分を、王子の背中を見つめながら、飯島彼方の講義を聞く自分を、妄想し続けた。
結局咲良の受験へのテンションを支え続けたのは、妄想力だったのかもしれない。
そして、M大受験の2日後、いよいよ運命の日がやって来た。
合格発表って、よくテレビで掲示板の前で万歳したり、胴上げしたりしている映像を見るけれど、合否を見るためだけに遠路はるばる東京まで行けない咲良は、その日パソコンの前で待機した。
午前9時に、Q大のHPに合格者の受験番号がアップされるので、30分も前から咲良はパソコンに張り付いていた。
パソコンの時計が9:00になったところで、合格者の記載されたページへのリンクをクリックする。表示する瞬間、目を閉じてしまった。心臓がいつもよりずっと早く鼓動する。恐る恐る開いた目に飛び込んできた、番号の羅列。そして、記憶の中の番号と同じ番号に目が吸い寄せられる。思わず手元の受験票の番号を見直す。
――――――あった!!
「やったー!!」
咲良は思わず叫んで立ち上がると、もうどうしていいか分からず、携帯を握りしめてウロウロした。伝えたい人達は皆、仕事中だ。
(そうだ、メール!)
『合格しました!(*^^)v 応援してくれてありがとう』
両親と兄に一斉にメールを送る。担任や塾の先生にも伝えたいと、咲良が興奮状態の頭で考えていた時、柚子の事を思い出した。
もう明後日は卒業式で、明日はその練習のために登校しなければいけない。その前に柚子に言わなくてはと、もう今日しかないのだからと咲良は自分に言い聞かせると、勇気を奮いおこさせた。
その時、携帯がメールを着信した。仕事中なのに、相変わらずレスポンスの早い父親だった。
『合格おめでとう。咲良は私の自慢の娘です』
そのメールを見た途端、改めて合格を実感し、咲良は込み上げるものを止める術すべがなかった。
(お父さんったら……)
あふれる涙をティッシュで拭いながら、咲良は照れたように一人笑った。
咲良が感動に胸を震わせていると、場の雰囲気を切り裂くように携帯が鳴った。発信者の名は『山野大樹』。
(みんな仕事中だと言うのに、何しているんだか)
咲良は照れ隠しのように心の中で突っ込みを入れながら、携帯を繋げた。
「咲良ぁ、合格したって、本当か?」
大樹の第一声に、咲良は脱力した。
「はぁ? そんな事嘘ついてどうするの?」
「いやいや、さすが俺の妹。おめでとう」
「あ、ありがとう」
(素直におめでとうと言われると、こっちの調子が狂うじゃない)
「それで、本当に東京へ行くのか?」
「なによそれ、行くに決まっているでしょ。そのために頑張ったんだから」
咲良が少し怒ったように言うと、電話の向こうで大きな溜息が聞こえた。
「そっか……お前みたいな田舎娘を狙っている悪霊どもがウヨウヨいる様な所へ行くって言うんだな。わかった。俺も東京へ転勤願い出すよ」
「はぁ?」
(何言っているんだ、この兄は)
「まあ、そう言う事だ。じゃあな」
「お、お兄ちゃん……」
咲良が呼び掛けた時には、もう既に電話は切られていた。
(いったい、どう言う事なの?)
咲良は戸惑いと大きな不安に襲われて、しばし茫然と立ち尽くしていた。
すいません。
これで第一章を終わらせるつもりだったのですが
長くなりそうなので、いったんここで切ります。
よろしくお願いします。
何だか、恋愛小説の看板に偽りありの様相を呈してきましたね(笑)
これって、青春小説の方がいいのでしょうか?
でも、第二章からは恋愛色がぐっとアップする予定です。




