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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
54/80

54.アルバイトに来てみれば【咲良視点】

第四章からは、お話毎に視点がいろいろ変わります。

また、咲良の兄の山野大樹のキャラ設定の一部である怪しい関西弁を喋ると言うのを

事情により(詳しくは活動報告参照)取り消しました。

過去に遡って訂正しています。

宜しくお願いします。

 大学から徒歩圏内にあるマンションの前まで来た咲良は、20階建てのマンションを見上げて溜息を吐いた。

 どんな顔して会えばいいのか。

 あの兄との食事会以来、王子と二人きりで会う事が無かった咲良にとって、アルバイトとは言え密室で二人きりになるのは、精神的に厳しいものがある。

 本当なら、ウキウキドキドキするシチュエーションなのに、今の咲良は王子の真意の読めなさに戸惑いの方が大きく、喜びがどんどん削られていく。

 (見かけただけで幸せだった高校生の頃は良かったなぁ)

 咲良は再び溜息を吐くと、意を決してエントランスの扉を開け中へ入り、701号室を呼び出す。「いらっしゃい」の声と共に入り口の自動ドアが開き、エレベーターで7階まで上がった。


「おはようございます」

 玄関ドアが開けられ、笑顔で迎える駿の顔を見た途端、咲良は挨拶の言葉と共に頭を下げた。クスッと言う笑い声が咲良の頭上で聞こえ頭を上げると、彼が笑いながら咲良を招き入れた。


「おはよう。咲良は何回来ても、慣れないみたいだね」

 駿の言葉の意味が分からず、咲良が首を傾げると、リビングへ向かいながら、彼はどこか楽しそうだ。


「毎回最初はすごく緊張しているよね。そんなに緊張しなくても、今要人さん出かけているから」

 駿の言葉に咲良は「えっ?」と顔を上げる。本当に密室に二人きり。こんな事は以前にもあったのに、咲良は今の自分の不安定な現状と心理状態を自覚し出したせいか、ますます不安が募るようになった。

 思わせぶりな駿の態度に期待すれば、きっと手痛いしっぺ返しがあるに違いないと、咲良は自分を戒める事で平静を保とうとする。


「フフッ、咲良は僕と二人きりの方が、不安そうだね」

 駿はそう言うと、今度はハハハと笑いながら、リビングの扉を開けて中へ入っていった。


「そ、そんな事……」

 無いと言い掛けて、先にリビングへ入っていった駿を追いかけた。


「久しぶりだね。ここで会うのは」

 咲良の前にオレンジジュースを出した駿は、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座って、ニコリと笑った。


「あ、あの、アルバイトは?」


「そんなに慌てなくても良いよ。本当ならアルバイトはお休みだったのに、ごめんね」

 その謝罪の意味はと頭の中で首を傾げながら、咲良は「はぁ」と気の無い返事を返す。


「それより、夏休みは自動車学校へ行くの?」


「えっ? そ、そう、もう予約してあるの」

 アルバイトの話題から引き離すように話題が変わったが、咲良は戸惑いながらも素直に答えた。


「自動車学校は、凪浜(なぎはま)自動車学校だよね?」

 咲良達が住む地域には、凪浜自動車学校一校のみだ。分かりきった事をと思いながらも、咲良は素直に頷いた。


「あの、石川君も?」

 (もしかして、一緒に自動車学校へ行こうなんて思っているのかな?)


「いや、僕はね、早く免許を取りたいから合宿式の自動車学校へ行こうと思っているんだ。最短二週間で取れるらしいから」


「二週間?!」

 その短さに驚きの声を上げた咲良だったが、自惚れた疑いをかけた自分が恥ずかしくなった。

 (そうだよね。夏休みまで一緒は無いよね)


「免許取れたらドライブに行こうね」


「ドライブ?」


「そう、家の車を借りてドライブ。どこか行きたい所ある?」

 プリンススマイルで気軽なお誘いの言葉に、咲良はどう答えればいいか戸惑った。 

 (もしかしてドライブデート? それとも、社交辞令?)


「友達も誘って大勢で出かけたら、楽しそうだね」

 咲良は又自惚れた考えで墓穴を掘ってはいけないと、社交辞令的に返事を返す。


「そうだね。じゃあ、どこへ行きたいか考えておいて」

 笑顔で返って来た駿の返答を聞いて、咲良は自分の返答チョイスは正解だったと心の中で安堵の息を吐く。そして、何も二人きりで出かけようなんて誘っている訳じゃなかったんだと思うと、自意識過剰な自分に内心赤面する。

 咲良はとりあえず「そうだね」と答えながら、この話題から離れるため、記憶の中から新しい話題の検索を始めた。



「そう言えば、この間お兄ちゃんと一緒に食事をした時、飯島先生を見かけたでしょう? あの時先生が一緒にいた女性は、私の友達じゃなかったの」

 咲良は昨夜の女子会を思い出し、駿にも関係のある話題を選び出した。


「友達に確認したの?」


「そう、友達は飯島先生を見た事も無いんだって。よく似ていたから本人だと思ったけど、何の接点も無いのに有り得ないよね」

 自分と関係の無い話になると、咲良は急に饒舌になった。駿と二人きりだと言う戸惑いを、無意識に忘れようとしているのかも知れない。


「ふーん。まあ、違って良かったよ」


「石川君は、飯島先生が女子大生と付き合うのはダメだと思う?」

 咲良は昨夜の女子会での、飯島彼方と女子大生の恋愛は有りか、無しかと言う話題を思い出し、何の気なしに口にした。


「えっ? まさか、咲良が思っていた友達じゃなかっただけで、やっぱりあの時要人さんが一緒にいたのは、Q大生だったとか? それとも、そんな噂があるの?」

 駿の慌てたような問い掛けに、咲良はきょとんとした。


「いや、そうじゃなくて……、寮の友達と飯島先生と女子大生の恋愛は有りか、無しかって話をしていて……」

 咲良は思わぬ突っ込みを入れられて、咄嗟に反応できない。


「それで、咲良は有りだと思っているの?」


「いや、いや、いや、私はあまり歳の差があるのは、ちょっと……。でも、友達は運命の人なら歳の差は気にならないって言っていたけど……」


「運命の人って……。小説や漫画の読みすぎじゃないのか?」

 そう言って駿は可笑しそうに笑った。



 その時、ガチャリとドアの開く音がして、咲良と駿はリビングの入り口へと同時に視線を向けた。

「やあ、いらっしゃい。何だか楽しそうだね。お邪魔しちゃったかな?」

 飯島が柔らかな笑顔でリビングへ入ってきた。


「と、とんでもない。こんにちは。アルバイトに来ているのにゆっくりお喋りしていてすいません」

 咲良は慌てて立ち上がると、挨拶に続いて頭を下げた。それに引き換え駿の方は座ったまま、余裕の笑顔で飯島に「要人さん、おかえり」と声をかけた。


「ただいま。山野さん、今日はアルバイトじゃないから、気を遣わなくて良いよ。それよりこちらこそ悪かったね。わざわざ来てもらって。なかなか振込手続きをする時間が取れなくてね」

 飯島の言葉の意味が分からず、咲良はポカンとした後、駿の方へ視線を向けた。


「なんだ、駿。山野さんに説明していないのか?」

 咲良の様子を見て、現状を把握した飯島は、甥に向かって問いかける。しかし、駿は悪びれる事無く、「忘れていたよ」と微笑んだ。


「咲良が来てから言おうと思っていたんだけど、すっかり忘れていたよ。要人さんからアルバイト代を現金で渡すから、ここへ来るよう伝えてって言われていたんだ」


「え? アルバイトじゃなかったの?」

 咲良は突っ込みながら、怪訝な顔をした。と同時に、試験前に前期が終わった時点で、アルバイト代を銀行口座へ振込みをすると言われて、口座番号を知らせておいた事を思い出した。


「ああ、ここへ来て欲しいと言うつもりが、アルバイトって言ってしまったのかも知れない」

 しれっと言う駿の言い分に、咲良は唖然として何も言えなかった。



 その後咲良は飯島に悪びれない駿の態度を謝られ、お詫びに昼食を食べに行こうと駿と共に連れ出された。飯島に連れられて来たのは、とても大作家様からは想像できない、裏通りの小さな食堂。

ここは彼が大学生の頃から通っている店で、美味しくて穴場らしい。こんなお店にまさか有名作家の飯島彼方がいるとは誰も思わないのだろう。

 駿も来た事があるらしく、慣れた様子で注文を決めている。とても美味しいけれど、余り広めてくれるなと飯島に釘を刺されていて、サークルでも報告していないのか、咲良は聞いた事がなかった。


「山野さん、アルバイトの事、ご両親は知っているの?」

 注文を終え、咲良がホッと一息つくと、飯島が尋ねてきた。


「いえ、まだ話していません」


「そう。私も駿に頼むように気軽にアルバイトをお願いしたけれど、山野さんは未成年だから、事後承諾になるけど、ご両親に話してもらえるかな? もしも反対だと言われたら、正直に話して欲しい」


「大丈夫です。両親は私が飯島先生の講義を受けたくてQ大を志望したのを知っていますから、喜びこそすれ反対される事は無いと思います」

 咲良はきっぱりと言った。Q大へ入っただけでも大喜びの両親だから、きっとこのアルバイトは驚くだろうけれど、反対はされないはず。今夜両親と夕食をする時にでも話そうと、咲良は心の中で決めた。


「でも、お兄さんは反対するんじゃないの?」

 脳内で両親に自慢げにアルバイトの報告をしている妄想をしていた咲良に、駿は現実に引き戻すように口を挟んだ。


「あ、兄には、言わなくてもいいから……」

 (あー、今夜は兄も一緒だった)

 咲良はすっかり忘れていた兄の存在と今夜の事を思い出し、両親への報告は延期だと脳内のスケジュール帳を書き直した。


「ところで、山野さんのご両親は明日の保護者会に参加されるの?」


「はい」


「明日は私も保護者会で講演を依頼されていてね。その後の交流会にも参加して欲しいと言われているんだ。もし良かったら、ご両親にご挨拶させてもらおうかな?」


「ええっ、そんな挨拶なんて……。私からきちんと話しておきますから」

 (まだ両親に話す予定じゃないのに、先に挨拶されても……)


「要人さん、普通アルバイト先の人がわざわざ親に挨拶なんかしないよ」


「そうか、そうだな。それに、今年の保護者会の参加者は多いらしいから、山野さんのご両親を見つけるのも大変かもしれない」

 タイミング良く駿が口を挟み、飯島も納得したようで、咲良は内心ホッとしたのだった。



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