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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
51/80

51:完璧主義者の王子

 お知らせするのが遅れましたが、『サクラ、サク』のヒーロー、王子こと石川駿の姉の名前を、今回更新再開と共に変更しています。

 当初・・・石川綾乃あやの

 変更後・・・石川あや

過去にさかのぼって訂正しましたが、もしまだ訂正漏れがありましたら、お知らせいただくと嬉しいです。

 宜しくお願いします。

 先程まで兄と王子と一緒にランチし、兄におごってもらう気満々だった咲良をよそに、王子と兄が咲良の分を自分が払うと争い、結局折半に。そして、兄の初めて見せる姿にかなりエネルギーを削り取られた咲良は、そんな二人の争いに益々ダメージを受け、疲れたからと食後はまっすぐに寮へと帰って来た。

 その帰宅時も少々揉めた。王子はもちろん送ると言ったが、大樹が妹の寮を見ておきたいと言ったため、王子はしぶしぶ引き下がった。そして咲良に「後で連絡するね」と笑顔で見送った王子だった。


 自室へ戻った咲良は、由香がアルバイトでいないからか、部屋がやけにひっそりとしている様に感じた。そして、ベッドに寝転んで天井を見つめ、寮までの帰り道に兄と交わした会話を思い返す。


「咲良、余計な事に巻き込まれるなよ」


「お兄ちゃん、ごめん。でも、やっぱり誤解は解いたほうがいいよ」


「それが余計なお世話だろ」


「でも石川君は本当にお姉さんを心配して……」


「あーもう、何度同じ事言わせるんだ。心配とおせっかいは違うだろ。5年も前の誤解を解くかどうかは、当事者が決める事だ。今回の事は記憶から消去しろ。もうこの事に首を突っ込むな」


「お兄ちゃん……」


「俺は二股とか浮気とか人を裏切るような事は絶対にしない。これだけは一生約束する。だから俺を信じて欲しい」


 最後兄はらしくない懇願するような言い方だったなと、咲良は思い返して改めて思った。

 あんなふうに言う兄は初めてだと思う咲良は、やはり兄は二股なんてしていないよねと自分に言い聞かす。後はあの二人が直接話し合うだけだから自分の役目は終わったのだと、詰めていた息を吐き出した。


「私、御役御免でいいんだよね?」

 咲良はベッドに寝転んだまま、ポツリと呟いた。答えなど返るはずも無いのに、静かな部屋に咲良の声が零れ落ちて消えた。

 咲良には、分不相応の王子の彼女役は、やはり気が重かった。それでも、他の誰かがこのポジションに着くのも嫌だなと思ってしまう自分を、咲良は持て余してしまう。


 王子も確か、姉の事はお任せしますと言っていたではないか。あの二人の5年前の誤解を解くミッションは、本人達(と言うより兄)の手に委ね、コンプリートしたはず。

 なのに、どうもスッキリしないのは、王子が兄に言った『じゃあ、僕と咲良さんの交際に口を出さないでもらえますね?』の意味が分からないせいだ。

 そう、あれはきっと、自分達の交際がフリだって事がばれない様に言ったに違いない。兄にも王子姉にも交際宣言した手前、詮索されたくなかったのだろうと、咲良は結論付けた。

 (じゃあ、しばらくはフリを続けなきゃいけないのかな?)

 (いやいや、もう兄にはバレてるでしょ)

 (でも、大学でも付き合っているって噂広まっているよね?)

 (やっぱりしばらくフリを続けなきゃいけないのかな?)


 脳内で堂々巡りの会話を続けながら、ふと、もうすぐ夏休みじゃないかと思い出した咲良は、2ヶ月もある大学の夏休みの間に、噂なんて忘れ去られてしまうに違いないと思い直し、心が軽くなった。

 (人の噂も75日って言うからね)


 その時、携帯の着信音が鳴った。慌てて身体を起こした咲良は、王子からの電話に一瞬戸惑うように携帯を握り締めた。

「もしもし、今日はごちそうさまでした」


「こちらこそ今日はありがとう。それに、僕と姉を庇ってお兄さんに言い返してくれただろ? 僕の味方になってくれて嬉しかったよ」

 (味方って、そう言うミッションだったでしょ)


「……でも、お兄ちゃんを怒らせただけだったし……」

 咲良は、帰りにもまた同じように怒られた事を思い出した。


「そんな事ないよ。咲良の言葉で、お兄さんは誤解だったって分かってくれたと思うよ」


「……でも、お兄ちゃんが誤解を解くかどうかは微妙だけど……」

 兄のあの口ぶりでは、わざわざ昔を蒸し返すとは思えない。


「大丈夫。これからあの二人は大学でよく顔を合わすようになるから、お兄さんも自分の不名誉な誤解は解こうと思うはずだよ」

 (出た! 王子の『大丈夫』)

 何を根拠に大丈夫と言うのかと、咲良は少々不満気味に心の中でツッコミを入れる。


「じゃあ、これでミッションは終わりと言う事でいいのかな?」


「ミッション?」


「石川君のお姉さんと私のお兄ちゃんの誤解を解くって言うミッション」


「いやいや、まだこれは第一段階が終わっただけだろ? あの二人が今後どうなるか見届けないと」

 (第一段階!? 一体何段階まであるの?)


「でも、お兄ちゃんにもうこの件に首を突っ込むなって……」


「大丈夫。今日咲良が、お兄さんを十分煽ってくれたから、もうあの二人に直接この件で話したりする必要はないよ。今後のあの二人の変化に気付いたり、何か言われたりしたら、お互いに報告し合おう」

 これはまだこの状態を続けようと言う事なのか。

 再び王子の『大丈夫』に突っ込む元気も出ない咲良は、何処か機嫌の良い王子に、いつまでフリを続けるのかとあからさまに尋ねる事も出来ず、結局それ以上何も言えずに王子の提案を了承してしまった。


「それから、もうすぐ前期試験だから、アルバイトは後期が始まるまでお休みで良いそうだよ」


「え? そんなに長くお休みしても良いの?」


「夏休みは咲良も地元へ帰るんだろう?」


「ええ、そのつもりだけど……」


「試験が終わればすぐに夏休みだから、アルバイトをしている時間はないからね」


「そうなんだ。わかりました」


「それから、地元へ帰る時は、また一緒に帰ろう」


「えっ、あの……二人で?」


「何を今更。ゴールデンウィークの時だって二人で帰っただろ」


「……あれは二人きりとは知らなかったから……」

 小さな声で言い訳するも、逆らえないプレッシャーに黙り込む。


「咲良、僕たちは付き合っているんだろう? 恋人同士なら二人きりで帰るのが当たり前」


「こ、恋人同士……!!!」

 現状に一番そぐわない言葉を聞いた咲良は、思わず叫んでしまった。


「そうだよ。お兄さんにも認めてもらっただろう?」

 王子はそう言うと、クスリと笑った。しかし咲良の頭の中は、混乱と驚きでグルグルと渦巻いていた。

 (お兄ちゃんにフリだってバレてるんじゃないの?)


 混乱しながらもバレている可能性について言及しようとした咲良が口を開く前に、電話の向こうで別の誰かの声が聞こえた。

 そしてしばらく電話の向こうで話をしているようだったが、咲良に聞こえないように携帯を遠ざけているのか、その内容はわからない。


「ごめん、咲良。また電話するよ」

 それだけ言うと、王子は電話を切ってしまった。

 (女性の声みたいだった……)

 咲良の心にモヤモヤしたものが、じわじわと増殖して行く。それでも自分には関係無い事と言い聞かせて、考えないようにした。


 『恋人同士』って、王子はどう言うつもりだろうと、咲良は自分の立ち位置の不確かさに不安になった。

 (まさか、本気で私なんかと恋人同士になるつもりはないよね?)

 自分の中で問いかけてみても、答えは分かっているようで分からない。王子の態度だけを見ていると、まるで本当の恋人同士のようだ。でも……と、咲良は脳内で反論する。

 王子は姉達の誤解を解くために、付き合っているフリをして欲しいと言った。その上で演技の苦手な咲良のために、本当に付き合おうとも言った。

 そもそも本当にあの二人の誤解を解くためなら、二人の前だけで付き合っているフリをすればいい。それなのに王子は、まるで外堀でも埋めるように、周りの人々の前で恋人同士のようなフリをする。

 もしや、王子は完璧主義で、たとえ演技でも、周りの全ての人を騙せるぐらいに完璧な恋人同士を演じたいのか。

 考えれば考えるほど、訳がわからなくなる咲良は、とりあえず王子は完璧主義者なのだと自分自身を納得させた。それでも、その完璧な演技に付いていけるかは、別問題だ。 


        *****


 その後、咲良が王子に言おうと思っていた『兄にバレているかも』の件は、言うタイミングも雰囲気も無く、王子からも『兄と姉の誤解を解くミッション』について一切触れられる事は無かった。

 本来の目的を見失ったような二人の関係を、王子はどう思っているのだろうか。

 一人悶々とする咲良は、経験上王子に尋ねてもきっと「大丈夫」とかわされてしまうだろうと、あえて尋ねる事もしなかった。

 それでも、毎日王子から届くたわいも無い日常のメールを、嬉しく感じているのも事実で、徐々に自分の気持ちを持て余すようになった。

 友達以上恋人未満と言う微妙な関係は、自分の気持ちを極力抑えなければ成り立たないと、咲良はようやく気づき始めたのだ。

 咲良にとって、考えても分からない事を追い求める事や、モヤモヤした感情を抱え続ける事は大の苦手で、とりあえず今は初めての大学での試験勉強に没頭する事を優先させたのだった。


 

 試験直前、母から電話があった。

「咲良、元気にしている? あれから大樹に会った?」

 久々の母の声にほっこりしていると、兄の名前が出て、咲良は再びモヤモヤしていた事を思い出した。母には兄が初めて大学へ訪ねて来た時の事を、簡単に話してある。もちろん王子の事も、兄が元カノと再会した事も言ってはいない。


「ん……会わないよ。本当に大学へ来ているのかなぁ。学部が違うからぜんぜん会わないよ」

 兄と食事をした事は、心の奥底へ隠して、素知らぬふりをする。


「そうなんだ。大きな大学だものねぇ。そうそう、咲良は夏休みになったら、すぐに帰ってくるの?」


「その予定だけど……」

 母の問いかけに、咲良は王子が一緒に帰ろうと言った事を思い出した。

 (やっぱり二人きりで夜行バスなのかな……)

 王子ファンとしては喜ぶべきシチュエーションだけれど、咲良にはあの緊張を思うと、気が重い。


「あのね、大学の保護者会が夏休みに入ってすぐの日曜日にあるの。お父さんと一緒に参加するから、帰りは咲良も一緒に帰ろう。だから、日曜日まで寮に残っていて欲しいのよ」

 咲良は突然の話に驚くと共に、喜びが込上げた。

 (これで、王子と夜行バスに乗らなくても済む!)


「ホント! 嬉しい。待っているから、また連絡してね」


「ふふふ、土曜日にそちらで一泊する予定だから、土曜の夜は大樹も呼んで、皆で夕食を食べようか」

 兄の名が出て、さっき盛り上がった気持ちが、一気に下降する。


「ソウダネ」

 咲良は棒読みのように返事を返すと、明日から試験だからと電話を切った。そして、溜め込んだモヤモヤを吐き出すように嘆息したのだった。

  

  


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