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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
47/80

47:開き直り

 咲良は逃げ出したかった。

 こんな日にサークルへどんな顔していけばいいの?

 王子とどう対峙すればいいの?

 自分と周りの時間の進み方が違うんじゃないかと思う程、咲良は一人取り残されているような感覚に陥っていた。


「咲良、最初が肝心なんだから、ここで逃げたらもうサークルに行けなくなるよ」

 由香の言いたい事は分かるが、サークルを辞めちゃおうかと言ってくれた由香はどこへ行ってしまったのかと咲良は嘆息する。あの時と事態は急変している事は分かってはいても、咲良自身は何も変わってはいないのにと思うと、何となく納得できなかった。

 全ては王子のせいだと責任を押し付けてしまえれば楽なのかもしれないが、どこか真面目な咲良は引き受けたのは自分だからと王子を責める事も出来なかった。

 気付けばお昼休みに王子から『今日サークルで会えるの楽しみにしてるよ』とメールが入っていた。なんて能天気なと咲良は王子の天然の様な振る舞いに溜息しか出なかった。


『昨日の事が噂になって随分広まっているみたいです。さらに石川君に迷惑をかけそうなので、今日のサークルは休もうかと思っています。ごめんなさい』

 悪あがきの様に逃げたい気持ちを遠回しに伝えてみる。王子が了解したら本当に休んでしまおうと思いながら、メールを送信した。

 3時限目が終わった後、メールの返事が来た。

『迷惑なんかじゃないよ。噂なんて気にしなくていいから、サークルにおいで。待ってるよ』

 (噂なんて、って……気にして下さい)

 咲良はメールを見て、ガックリと肩を落とした。


「ねぇ、やっぱり私も行かないとダメ?」

 再び甘えるように由香に尋ねてみたが、反対に叱咤激励されてしまった。

「略奪狙ってるような女もいるんだから、負けないためにもラブラブな所を見せつけなきゃ」

 (だから、そんな関係じゃないんだから)

 何を言っても恥ずかしがって本当の事を言わないと思われてしまったようで、いつの間にやら王子と付き合っている事は揺るぎのない事実になってしまっている。

 (ああ、もう、どうなっても知らないからね)

 ややこしい事は王子に押し付けてしまおうと、咲良は開き直る事にしたのだった。


   *****


 サークルの集まりがあった日の夜、咲良は一人きりで、友人達に会わないようにそそくさと夕食を済ますと自室にこもった。

 由香はサークルの後、幼馴染の彼と会う約束をしていたらしく、さっさと行ってしまった。どうやら彼のアパートで夕食を作ってあげるらしい。

 イケメンと合コンするのだと言っていた由香は、もう遠い記憶の彼方だ。


 今の咲良は王子との噂を誰かに尋ねられたり、突っ込まれたりするのを避けたかった。肯定も否定もできず、かと言って上手く話をそらすスキルも無く、只々逃避するのみ。

 今日のサークルでは、皆咲良には面と向かって尋ねて来なかった。おそらく咲良が行くまでに王子が皆に何か言ったのだろう。けれど、ニヤニヤとした好奇心旺盛な視線や、じろじろと観察してひそひそと内緒話をしている様子に、居心地が悪かった。

 なにより王子が「咲良」と呼び捨てで呼ぶのが、咲良にとって一番恥ずかしい事だった。王子に真相を聞くと息巻いていた由香が、その様子を見て全てを納得したのか、俯いて赤くなる咲良の脇腹を肘で突いて「後から全て吐いてもらうわよ」とニヤリと笑った顔が怖かった。


 咲良はもう一度初めから日曜日の記憶をたどってみる。

 あの日、咲良は王子に告白するために会いに行った。告白はした。したはずだ。でも、王子にするりと流されたような気がする。いや、告白したから付き合おうという話になったのではなかったか。

 いやいや、初めは兄と王子姉の話じゃなかったか。その二人のために付き合うフリをしようと言う事だった筈だ。それなのに、王子は周りに付き合っている事を広め始めている。

 それは、外堀を埋めるためなのか? 

 そこまで徹底して演技しようとしているのか?

 わからない。わからない。きっと王子に聞いても『大丈夫』と言う言葉しか返ってこないだろう。

 咲良はどれだけ考えても正解が出てきそうにない疑問に、すでにうんざりとし始めていた。


 ふと、王子が咲良の名を呼ぶのを思い出し、それだけで胸がドキドキした。この状態は、王子ファンにとってなんともメシウマな状態なのだと思い返す。 

 まあ、しばらくの間とは言え、この状態を楽しむのも悪くないかも知れないと、開き直った咲良は投げやりのように考えていた。


 夜の10時頃、由香が夢心地の様にポーっとして帰って来た。そしてそのまま着替えを持ってお風呂へ行ってしまった。寮のお風呂のボイラーは11時に止められてしまうので、11時までにお風呂に入らないとシャワーが使えないのだ。

 咲良は由香が言った『後から全て吐いてもらうわよ』と言う言葉がずっと脳裏にあった。どう説明すればいいか、上手い言い訳を考え付かない。

 付き合う事になった原因の兄たちの事は内緒と言うのだから、他の理由を考えなくてはいけない。告白したけど何もなかったと言った手前、今更告白したから付き合う事になったとは言い辛い。でも、由香は咲良が恥ずかしくて本当の事を言わなかったと思っているようだから、もうそれに乗ってしまうのが一番いいのかもしれない。

 咲良は自分の中で折り合いをつけると、安心したせいかあっという間に眠りに引き込まれていった。由香が部屋へ戻ってきた時には、すでに夢の国の住人になっていたのだった。


*****


 翌朝咲良は、もう由香からも他の友人達からも逃げられないと覚悟を決め、開き直る事にした。

 由香には、『あの時はよく分かっていなかったけど、なんだか付き合う事になったみたい』と話しておいた。そんな咲良に由香は、「だったらもっと喜びなさいよ」と呆れた様にいう。それはもっともだと思った咲良は「まだ現実感がなくて」と言い訳をした。 

 由香はその言い訳に共感したのか「そうだよね。私もまだ夢みたいで……」と幸せな溜息を吐いた。

 そんな由香を見て、やっぱりあの時告白しようと由香の背中を押してよかったと、咲良も安堵の息を吐いた。


 朝食をとるために食堂へ向かいながら、由香は葉奈や真紀にも報告しなよと軽い調子で言う。咲良は覚悟を決めたはずなのに、やはり余り広めたくない話なので、進んで話したい話題でもない。どこか人事のように「そうだね」と返した。

 そんな咲良の心情など分かりもしない由香は、嬉しそうに「良かった」と呟いた。咲良は何が良かったのかと少々苛立つ気持ちを押さえながら、由香の方を見て首をかしげる。

「咲良の告白も上手くいって、本当に良かったなって・・・・・・。咲良には感謝してるんだよ。あの時告白する気になってくれたから、私も勇気が出たんだし」

 いつにない素直な心情を吐露する由香に、たとえ偽りの恋人だとしても由香を安心させられた事は良かったのかもしれないと、咲良は思い直していた。


 何時ものように葉奈や真紀と挨拶を交わした咲良は、由香と共に彼女達と同じテーブルに着いた。しかし、人の多いざわつく朝の食堂で例の話題を出すのを躊躇する。話すなら葉奈達が揃っている今がチャンスだとは分かっているが、周りの雰囲気に臆してしまう。どうしようと由香に目で尋ねると、由香は理解したように頷いた。

「ねぇ、明日の夜、部屋で女子会しない?」

 由香の突然の提案は、葉奈達だけでなく咲良も驚いた。

「女子会? わぁーする。する」

 嬉しそうに答えたのは真紀で、面食らった表情で固まっていた葉奈は我に返ると「いいね。でも、お酒はダメだよ」と笑った。

 そうして決まった休日前の夜の女子会で、咲良は王子との事を報告する事になったのだった。




 



 


 





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