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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
46/80

46:咲良、途方に暮れる。

 その夜、眠る前に咲良は王子にメールをした。

 王子と同じ応用化学の寮生が王子と咲良の噂を問い質して来た事。なんと答えればいいか分からなかった事。由香にも問い詰められて、答えられなくて、明日のサークルで王子に聞くと言っている事などを知らせると、王子からはいつもの『心配しなくても大丈夫だよ』とよく分からない『大丈夫』が返って来た。

 王子ならば素晴らしい回答を知っているかと期待をしていたのに……咲良はガッカリしながら布団の中にもぐったのだった。



 翌朝、由香はもういつもの様子で、だけど決定的に違うのは恋人となった幼馴染からメールが来た時と、幼馴染の話題が出た時。

 咲良は由香のデレている様子に慣れなくて、何となく恥ずかしくなる。萌も過ぎると居た堪れなくなる。


 今週頭から7月に入っていて、梅雨もピークを過ぎたとは言え今にも降り出しそうな梅雨空を見上げ、咲良はなんだかゲリラ豪雨並みの波乱でもやって来そうな予感に胸が震える。それでも由香が今朝はまだ王子との噂の件を出さずにいてくれたので、咲良もいつも通りの一日を始める事ができそうだった。たとえこれが嵐の前の静けさだとしても、今の咲良は王子に関する全てに目を塞いでいたかったのだ。


「由香、咲良ちゃん、おはよう」

 文学部棟へ向かって歩いていると、彩菜が声を掛けて来た。咲良は反射的に挨拶を返すも、昨日の事を思い出し、内心オロオロとする。どうにも彩菜の眼差しが、昨日の事を聞きたいといっているようで、落ち着かない。それでも由香がいるからか、言い出さないのは気を使っていてくれているのか。


 そのまま3人とも王子の事に触れずに午前中を過ごした。たまたま今日は午後一番の講義が教授の都合で休講となり、いつもは50分しか余裕の無いランチタイムのためなかなか行く事のできなかった医学部の学食へ行こうという事になった。文学部棟から一番遠いと言う事もあったが、なんとなく医学部と言うだけで気後れする気持ちもあったのかもしれない。

 そんな今まで無意識的に避けていた学食へ行こうと言う事になったのは、彩菜が陸上競技部の先輩から聞いて来た医学部の学食はスイーツが凄いと言う噂から。

 時間はたっぷりあるから、ゆっくりとスイーツまで味わおうと意見がまとまり、出かける事にしたのだった。


 入口に夏スイーツフェアのポスターが貼ってあり、スイーツに力を入れているのか、やはり女子が多い様な気がした。

 この学食はカフェテリア方式で、カウンターや冷蔵・温蔵ケースに並ぶ主菜・副菜・小鉢・ご飯等、注文もできる麺類、サラダバー、そして、スイーツとフルーツの並ぶデザートコーナーがあり、他の学食と比べ豪華な雰囲気だ。よく行く文学部の学食は食券方式なので、余計にそう思うのかもしれない。

 サークルに入った当初は、大学中の学食を制覇すると意気込んでいたが、食券方式の学食はほとんどメニューは共通していて、自分の好きそうなメニューをあらかた食べてしまうと意気込みもいつの間にか(しぼ)んでしまった。

 

「噂どおり、すごいね」

 デザートコーナーを前にして、3人はそこに並ぶ夏スイーツの数々に溜息が出た。

 プラスチックのカップにフルーツやチョコのパフェ、フルーツジェル、あんみつ、フルーツポンチ、杏仁豆腐、コーヒーゼリー、ゆるゆるプリン、ババロア、レアチーズケーキ等、また、自分でカップに盛り付けるソフトクリームまであった。

「毎日来て、ここのスイーツ制覇したいぐらい」

 彩菜が呟くと由香と咲良も共感してウンウンと頷く。

 それでも、距離の遠さと、人が多くてカウンターの所やレジ待ちでの行列など、時間の事を考えると難しいなと三人はどこか諦めてもいた。

「また、時間があったら来ようね」

 そう締めくくり、最後にそれぞれが選んだスイーツをトレーに乗せるとレジに向かったのだった。


 タイミングよく空いたテーブルに座り、食事を始める。

「これ食べてまだ余裕があったら、もう一つぐらいスイーツを食べようかな」

 彩菜がスイーツコーナーを振り返って呟く。それを聞いて、咲良も「私もこの機会にもう一つ食べようかな。別腹だし」と同意する。

「彩菜は運動してるからいいけど、咲良は私以上に動かないのに、薄着のこの季節、太ったらモロバレだよ」

 由香の忠告は咲良には痛かった。由香の言うように大学へ入学してから、運動らしい事は一切していない。その上、寮と大学間は徒歩といっても近いし、高校の体育の様な実技の授業は選択しなかったし、買い物も近場に全て揃っているから行動範囲も狭い。

 高校の頃は駅まで自転車で通っていたし、どこへ行くのも自転車で行く距離だったから、運動量も今よりかなり多かったと思う。

 正直な所、大学へ入ってから体重は増えていた。以前は痩せている位だったから、この程度なら大丈夫と気にしないフリをしていたのだ。

「そう言えば、咲良ちゃん、ちょっとふっくらした?」

 彩菜の言葉は甘い考えでいた咲良にはグサリと来た。

「や、やっぱり、わかる?」

「ん……その位だったら普通だと思うけど……」

「まあ、そこで止めないと、坂を転げ落ちるように太るわよ」

 彩菜のフォローの言葉を断つように、由香が言い切った。

 咲良はしおしおと追加のスイーツは諦めたけれど、由香のきつい物言いは調子が戻ってきたようで、内心嬉しかった。デレる由香は調子が狂うのだ。フフッと笑った咲良を二人は怪訝な目で見ていた。


 最後の楽しみにと取っておいたスイーツを食べ始めた頃、食べ終わって出て行った隣のテーブルに3人の女性がトレーに2つずつスイーツをのせてやって来た。

 デザートだけ食べに来たんだと横目で羨まし気な視線を向ける咲良に、由香と彩菜は苦笑する。彩菜も咲良に付き合って追加は諦めたけれど、咲良ほど気持ちを引きずってはいなかった。


 それぞれのスイーツの感想を話し合いながら食べていると、隣の3人の会話が聞こえ、ギョッとしてこちらの3人は顔を見合わせる。


「ねぇ、ねぇ、サークルの後輩から聞いたんだけど、昨日工学部の王子様が彼女を連れて来てたんだって」

「工学部の王子様って篠田さん?」

「いやいや、篠田2世の方」

「ああ、今年工学部に入った中で一番のイケメン君の事だね」

「じゃあ、彼女って年上の院生でしょ。美人だと言う」

「いや、それが違うらしいのよ。何でも、その院生は実の姉で、ストーカーを撃退するために弟に恋人のフリをさせたらしいよ」

「へぇ~、美人姉を守るイケメン弟か」

「イケメンなんだから彼女がいるぐらい普通でしょ。そんなに騒ぐほどの事でもないでしょ」

「それはそうだけど、後輩が言うにはね、王子様の彼女だからすごい美人かアイドル並みの可愛いタイプだと思っていたんだって」

「まぁねぇ。違ったとか?」

「そう、普通の娘だったから、ちょっとガッカリしたとか言ってた」

「別に人それぞれ好みがあるんだから、いいのにね」

「そうなんだけど、なんだかその後輩の友達が本気で狙ってたらしくて、年上の院生の時は美人だったから諦めようと思ったらしいんだけど、今回の彼女を見て、やっぱり諦めないって言ってたんだって」

「自分なら勝てるって?」

「そう言うことでしょ」

「自信あるのね」

「その彼女よりはずっと美人だって言ってたよ」

「略奪って言う事ね」

「肉食系女子は怖いね」

「私なら篠田さんの方がいいなぁ」

「私も年下よりも年上の方がいいから、篠田さんに一票」

「私は、イケメンは観賞用だからどちらもOK」


 咲良達は隣のテーブルから視線をそむけ、無言のまま耳だけ隣に向けていた。ここまで聞いた時、由香が小さな声で「帰ろうか」と言うのに、彩菜と咲良も無言のまま頷き、音を立てずに立ち上がった。

 隣の3人は、イケメン談義へと話が変わっていったが、その後はもう咲良たちの耳には入らなかった。


 表へ出ると相変わらずのどんよりとした梅雨空に、咲良の気分は益々重苦しい。3人はしばらく無言で歩いていると、彩菜が耐え切れないとばかりに立ち止まって咲良の名を呼んだ。

「咲良ちゃん、さっきの人達が言ってた事、気にしなくてもいいよ。咲良ちゃんは可愛いと思うし、ホホエミ王子が咲良ちゃんを選んだんだから、自信を持てばいいの」

 彩菜の言葉に、咲良は再びギョッとして固まった。

「そうよ、勝手な事ばかり言ってたけど、負けちゃダメよ。あんなの気にしちゃダメ」

 由香まで怒ったように言葉を荒げる。そして二人して「何がガッカリしたよ!」「何が諦めないよ!」と悪態を吐く。

 咲良にしてみれば、隣のテーブルの3人が言っていた事はもっともだと思ったのだ。王子の彼女が自分ではガッカリだろう。それ故、王子に対する申し訳なさと、余りに早い噂の広まりに誤解を解くすべも無い咲良は落ち込んでいたのだった。

 咲良の思いとは裏腹に、怒る友人達はどんどんとテンションが高まり、いつの間にやら咲良が王子の彼女であると確定されている。「違うから」「誤解だから」と言う咲良の必死の訴えも、友人達の怒りの前にはね返されてしまった。

 

 どうして兄と王子の姉の誤解を解くという話が、こんな事になってしまったのか。

 咲良は再び今日の梅雨空を見上げ、途方に暮れた。

 






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