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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
45/80

45:言えない真実

「一応彼女を紹介したから、もういいだろ」

 王子はそう言うと、咲良を促してマンションを後にした。

 綾はきっと反対したかったはずなのに、(だって神崎さんよりはるかに劣っている私が相手だよ)兄の事を話題にしたばかりに言い出しそびれたのだろうと、咲良は小さく嘆息する。

 寮まで送ると言う王子を、噂が余計に広まるのを恐れた咲良は、まだ明るいからと断った。しかし……。


「作戦会議がしたいから、どこかお店に入って少しだけ話をしよう」

 そう言われると咲良も断れず、王子の後を付いて行く。今、雨は降っていないが、どんよりとしていて蒸し暑い。立ち話をしているよりも冷房の効いたお店のほうがありがたい。


「さっきはいろいろと姉から聞き出してくれて、ありがとう」


「いえ、兄が関わっている事だから、聞き出すと言うより、気になって聞いてしまっただけ。だからお礼を言われるような事じゃないの」


「でも、咲良のおかげで詳しい事が分かったから、今後の対策が出来るよ」

 ここで注文したオレンジジュースとアイスコーヒーが届き、話が中断した。咲良はオレンジジュースを飲むと冷たくてスッキリしていたので、重苦しかった気分が軽くなったような気がした。

 目の前でアイスコーヒーを飲む王子をジュースのグラス越しに見つめる。こんな風に二人きりで過ごす時間が増えて、だんだんと王子に馴染んでいく自分を不思議な気持ちで認識する。

 3年間あこがれ続けた人が、目の前にいるって、これはすごい事なのじゃないだろうか。でもこれは期間限定の夢。時々自分を戒めないと、浮かれすぎて周りが見えなくなりそうだ。

 

「姉の話を聞く限りでは、咲良のお兄さんに二股の件は、直接確認していないみたいだよね。ただ状況判断だけで、全てを諦めた感じだし。たしかあの時、咲良のお兄さんも裏切られたような言い方していただろ? やっぱり双方の話を聞かないと、真実はわからないね」


「じゃあ、私訊いてみる」


「いや、兄弟同士だと本当の事は言ってくれないと思うよ。姉の場合も咲良が訊いたから答えてくれたけど、僕だったらはぐらかされただろうな」


「だったら、どうしたら……」


「僕が訊くよ。咲良にはお兄さんを呼び出して欲しいんだ。後は僕に任せて欲しい」

 王子の真っ直ぐな瞳に引き込まれるように咲良は頷いた。今日何度目かのときめきに胸がキュンとする。

 高校の頃からリーダーシップがあって、教師からも生徒からも信頼のあった王子の言葉に、咲良は全てを任せようと思っていた。


     *****


『今度の土曜か日曜にランチに行きませんか?』

 咲良は寮に戻って、早速に兄にメールをした。


『珍しいお誘いだね。おねだり? 行きたいお店は決まっているのか?』

 仕事中だと言うのに相変わらず兄からのメールのレスポンスは早い。


『お店は【ソラーレ】って言うイタリアンのお店です。美味しいって聞いたから行ってみたいの。友達も一緒だけど、いいかな? 友達がお兄ちゃんに会いたいんだって。』


『友達も一緒って、二人で俺にたかるつもりか? それなら、日曜日がいいな。予約して、場所と時間をメールして。ちなみに友達は可愛い娘か?』


『お兄ちゃん、何期待しているの? 場所と時間のメールの件、了解しました。』

 兄との約束を取り付け、咲良は安堵の息を吐いた。友達を女だと思わせるのは作戦の内だ。いろいろ心配な事もあるけれど、後は王子に任せておけばいい。


 その後、兄との約束を取り付けた事をメールで王子に伝えると、『楽しみにしている』と返事が返り、王子はこの作戦を楽しんでいるのだろうかと、咲良は余裕のある様子が悔しく感じた。



 アルバイトから帰って来た由香と夕食を食べるために食堂へ向かったのは7時過ぎだった。寮の夕食の時間は6時から8時で、頼んでおけば取り置きもしてくれる。

 食堂へ行くと真紀がいたので、由香が声を掛けた。


「真紀ちゃん、葉奈ちゃんはどうしたの?」

 真紀と同室の葉奈はいつも一緒に食事をしている。それなのに今日は一人だった。


「葉奈ちゃん、遅くなるから先に食べててって」

 まあ、こういう事はよくある事なので、余り気に留めずに由香も咲良も同じテーブルに着いた。


 しばらくおしゃべりしながら食べ、そろそろ食べ終わろうかと言う頃、葉奈が少し慌てたように食堂へ入ってきた。テーブルまでやって来た葉奈を皆が見上げる。


「葉奈ちゃん、お帰り。早かったね」

 真紀がのんびりと声を掛けると、由香も咲良も「お帰り」と声を掛ける。どこか落ち着か無げな葉奈は「あっ、ただいま」となおざりに挨拶を返すと、咲良をじっと見つめた。


「咲良ちゃん、石川君と付き合っているって、ホント?」

 葉奈が勢い込んで放った言葉を聞いた途端、驚いた由香と真紀の視線も咲良に向けられた。咲良も質問の意味を認識した途端、頭の中はパニックに陥った。


「ええっ? どう言う事なの? 咲良」

 由香が追い討ちを掛けるように詰め寄る。

 咲良の頭の中はどう言い訳しようかと高速で回っているが、回答が見当たらない。


「ち、違うの! これには深い訳があって……」

 咲良は上手い言い訳も思いつかず、ただ否定する事ばかり考えていたが、詳しい訳は言わない約束をしたのだったと思い至り、オロオロとしてしまった。


「その深い訳とやらを聞かせてもらおうじゃないの」

 またまた由香が怒気を含んだ声で詰め寄る。咲良が報告した告白の結果と、葉奈がもたらした噂の内容が正反対なのだ。由香が怒るのも仕方が無いと言えるだろう。

 それにしても咲良は、このような事態になる事を想定できたはずだったのに、やはり浮かれていたとしか言えない。


「ごめんなさい。言えないの。言わない約束しているから……」

 咲良がぺこぺこと謝る姿を見て、由香は大きく溜息を吐いた。


「葉奈ちゃん、その話、どこで聞いてきたの?」

 由香は今度、葉奈に向き直り、真相を確かめるべく質問を始めた。


「今日、応化ではその噂で持ちきりだったの。石川君が咲良ちゃんを彼女だと皆に紹介したとかって」

 真紀の隣に座った葉菜は、周りの好奇心の目や耳を配慮して、小さな声で説明する。


「石川君って、ホホエミ王子の事でしょう? 彼は確か年上の彼女がいたんじゃなかったの?」

 真紀も葉奈に合わせて小さな声で疑問を投げかける。咲良を除く3人はテーブルの真ん中に頭を寄せて、内緒話でもする様にひそひそと話し込む。


「それがね、年上の彼女と思っていた人は実のお姉さんで、お姉さんのストーカーを撃退するために恋人のフリをしていただけなんだって」


 3人がひそひそと話す様子を見ながら、咲良は思い出した。王子に噂が広まるのは嫌なのかと聞かれた事を。その質問にいいえと首を横に振ったのは咲良自身だったじゃないか。

 どう言えば由香は納得してくれるだろう。

 咲良は途方にくれながら、葉奈の噂話が続いているのを止める事もできず呆然と見つめていた。


 その後、噂話が尽きたのか、葉奈も食事を始めたので、由香と咲良は部屋へ戻る事にした。真実を聞きたそうにしていた葉奈と真紀に、言えるようになったら必ず話すと約束して、食堂を後にした。

 あの二人には当ての無い約束で無理やり納得を押し付けたが、いろいろな事情を知っている由香をどこまで納得させられるだろう。咲良はまた小さく嘆息する。


「それで、その言えない事情とやらは、私にも言えない訳?」

 部屋に戻ってすぐに由香と向き合った。


「ごめんなさい」

 今の咲良は謝る事しかできない。


「あの告白がダメだったと言うのは嘘なの?」


「嘘じゃない。嘘じゃないけど……」


「じゃあ、石川君の彼女と言うのは本当なの?」


「本当の意味では違うけど、彼女と言うのは本当……かな?」


「何、それ!」

 由香は咲良の曖昧な説明に、苛立ったように声を荒げた。


「ご、ごめん、今はこれしか言えない」

 咲良はひたすら謝るしかなかった。そんな咲良に溜息を吐いた由香は、何かを思いついて再び咲良を見つめた。


「咲良、まさか……石川君にカモフラージュの彼女にってお願いされたんじゃ……」


「カモフラージュ?」


「だから、石川君が本当にお姉さんと付き合っていて、それは禁断の愛だから、人の目を誤魔化すために咲良に彼女のフリをお願いしたとか……」

 咲良は由香の憶測を聞いてプッと吹き出した。


「そんな訳ないでしょ」

 ドラマや映画じゃないんだから。でも、彼女のフリと言うのは当っている。由香の妄想も侮れないなと咲良は思案する。


「ねぇ、結局石川君と付き合っているの? 付き合っていないの? どっちなの?」

 由香はイライラして結論を急かせた。けれど咲良はまだ上手い回答を見つけられていない。


「私も何て言えばいいか分からなくて……」


「もうー、明日サークルだから、本人に聞くよ」

 由香はそう言って話を打ちきってしまった。咲良もこれ以上何も言えなくて、もう全てを王子に任せてしまおうと放り投げる事にしたのだった。


     




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