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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
43/80

43:胸キュン王子

『咲良ちゃん、今度ゆっくり詳しい事を聞かせてください』

 彩菜からのメールにギャーと叫びそうになったのを何とか耐えた咲良は、目の前の現実にこのまま気を失いたくなった。


「本当に山野さんが来た。いらっしゃい。山野さん、やっぱり本当なの?」

 (何が本当なの?)

 咲良は驚きながら迎えてくれた村上の問いかけに首を傾げた。

「だから、言ったとおりだから」 

 王子が横から咲良の代りに答える。

 これがさっき王子が言っていた『本当の事』なのだろうか?

 でも、本当の事って、兄と姉の事以外って言ってたけど……。


 咲良達を迎えてくれたのは、工学部の学食に居た男子3人。周りにも人が居て、チラチラとこちらの様子を窺っているのを感じる。

 村上以外の2人を咲良に紹介した王子は「文学部の山野さん。サークルも一緒で、出身高校も同じなんだ」と咲良の事も友達らしい男子達に紹介した。

 (これは何のための紹介?)

 村上を含む3人はニヤニヤと「俺達もよろしくね」とフレンドリーな挨拶をした。咲良も慌てて「こちらこそ宜しくお願いします」と頭を下げたが、どうにもこの現況が理解できない。

 周りからの強い好奇の視線も感じ、咲良は珍獣にでもなったような気分に戸惑いながら、王子の隣に座らされた。ここへ来る前につないでいた手は、学食へ入る前にお願いして離してもらっていた。


「ふ~ん、石川君って、外見より中身重視なんだ」

 すぐ傍のテーブルの目の化粧バッチリの美人系女子が咲良をジロジロ見た後、呟くように言った。

 (聞こえてますよ。私が一番わかっています。でも、中身も重視するほどの物はございません)

「やだ~」と女子達がドッと笑う。

 居た堪れない。

 (ここは私のいるべき場所じゃないよ)

「咲良、気にする事無いよ。言いたい奴には言わせとけば良いから」

 俯く咲良の耳元で、王子が優しく言った。

(そんな優しくしないで。勘違いしちゃうよ~)


 実験や研究の話で盛り上がっている王子達のそばで、咲良はどんな顔をしていれば良いか分からず、とりあえず笑顔を貼り付けたまま拷問のような時間を過ごした。

 (私、お邪魔なんじゃ……)

 明らかに部外者だ。なぜこんな所に王子は連れてきたのか。

 咲良は王子の考えている事が分からず、途方に暮れた。



「じゃあ、僕達はこの後予定があるから、この辺で行くね」

 王子は3時半を過ぎた頃、そう言って立ち上がった。咲良も慌てて立ち上がる。

 男子達から「デートか」とか「石川ばかりいい思いして」とか野次が飛ぶ。

 咲良は拷問を耐え抜いて、皆から離れた所でようやく息を吐いた。

「咲良、ごめんね。気疲れさせちゃったね。村上達が本当なら連れて来いってうるさかったから」

「あの……皆にどんな風に話をしたの?」

「ん……向こうへ行ってから話すよ」

 まあ、歩きながら話す事でもないかと咲良も納得して、あの高層マンションへと向かう。今度はもう王子は手を繋ごうとしなかった。その事を少し残念に思ったが、すぐに打ち消した。

 マンションのエントランスまで来ると、いつもは部屋番号を押してインターホンに相手を呼び出していたが、今回はインターホンのセンサーに王子が鍵をかざしただけで自動ドアがするすると開き驚いた。

「今日は先生はいらっしゃらないの?」

「まだ、大学だと思うよ」

「もしかして、二人だけ?」

 咲良がギョッとして恐る恐る尋ねると、王子はクスクス笑いながら「今日なんで来たか、分かってる?」と。

「あ、お姉さん」

「そう……でも、姉が来るまでは二人きりだけどね」

 エレベーターのボタンを押してこちらを振り返った王子の笑顔がどこか黒く見えて、咲良は怯んだ。

「大丈夫。狼にはならないよ」

 笑顔の王子の言う『大丈夫』はどこか胡散臭いと思いながらも、その笑顔に見惚れる自分を自覚せざるを得ない咲良だった。


 リビングに通され、ソファーに落ち着くと、王子が「何飲む?」と流し台の方へ歩いて行った。ここは私もと咲良は「何か手伝おうか?」と後を追う。

「咲良は紅茶の方が良かった?」と王子が振り返る。

 今更ながらに名前を呼ばれ、二人きりだと意識した途端、心臓がドキドキと高鳴る。

 (これ、何のドッキリ?)

 真綿で首を絞めるように、甘く優しい言葉で心臓をキリキリと締め上げる。

 王子にとって、こんな演技はたいした事もない日常スパイスなのか。単なる作戦のための一部でしかないのか。

「石川君と同じもので良いよ」

 違うものを用意するのは面倒だろうと言ってみたが、「僕も咲良と同じものにするつもりだから……」と言われ、恋愛未熟者の咲良は盛大に胸キュンと言うときめきを感じたのだった。

 王子が戸棚を開けると、いろいろな紅茶や緑茶のティーバッグや挽いたコーヒー豆、ココアなどもあった。咲良は引き寄せられるようにある一つのティーバッグの入ったパッケージに手を伸ばした。

「ハーブティが良かった?」

 ここにあるカモミールティーのパッケージは、日曜の夜に葉菜ちゃんに貰ったものと同じだ。

「これ、気分が落ち着くの」

 今落ち着きの無い心臓も落ち着くかもと内心咲良は期待し、カモミールティーを飲む事に決めた。

 王子がやかんに水を入れてコンロに火をつけた。

「好きなカップを選んで良いよ」

 王子の言葉に嬉しくなって大きな食器棚を見つめる。食器棚の中は一客ずつカップとソーサーがセットされ綺麗に並べられている。普段手に出来そうも無い、とても高級そうなカップ&ソーサーだ。淡い色調の綺麗な花柄のティーカップを選び、取り出した。

「石川君はどれがいい?」

「咲良のとペアの奴」

 その言葉に咲良は心臓をズキュンと撃ち抜かれた。

 (王子の傍は、心臓に悪る過ぎる!)

 震える手でペアになった同じカップ&ソーサーも取り出し、流し台に並べる。王子が沸騰したお湯をカップに入れて暖めた後、お湯を捨てた。

 咲良がティーバッグをパッケージから出しカップへ入れると、王子がそっとお湯を注いだ。

 こんな些細な共同作業も、意識をするとドキドキの連続で、王子の顔をまともに見られない。

 咲良が意識しすぎて戸惑っている内に、王子がお盆にカップを載せて運んで行ってしまった。


 リビングのテーブルにカップ&ソーサーを置き、王子は三人がけのソファーに座る。慌てて追い掛けた咲良が、王子とテーブルを挟んで向かいにある一人がけ用ソファーに座ろうとしたら、王子が自分の横においでと言うようにソファーをポンポンと叩いた。

 その意味は分かったが、咲良は恥ずかしさのため躊躇した。

「姉が来たら向かい側へ座るから、咲良はこちらへおいで」

 またもや胸キュン発言と両手で胸を押さえ、一息ついてから王子の横へ移動する。50cmほど開けて隣に座れば、益々王子の顔が見られなくなってしまった。

 これは王子姉が来た時のための予行練習。咲良はそう言い聞かせて、何とか胸の高鳴りを押さえる。

 (王子はきっとこう言う事に慣れてるんだ)

 高校の時の神埼茉莉江と並ぶ王子を思い出し、胸が痛む。

 (私には胸を痛める資格など無いのに……)


「ホントだ。だんだん気分が落ち着いてきた気がするよ」

 カモミールティーを飲みほした王子が咲良の方を見て微笑む。その笑顔をまともに見てしまい、クラっと目眩さえ感じた咲良も、慌てて飲み干す。少しは落ち着いた気がしないでも無いが、王子と二人きりと言う現実が、やはり咲良を落ち着かなくさせる。


「咲良、一つお願いがあるんだ」

 えっ? このお願いって甘い言葉で誘い出した後騙すパターンじゃ……咲良は兄に言われ続けて来たことを思い出した。

 ―――――――これだから咲良は世間知らずって言うんだよ。

 こんな兄の言葉まで聞こえて来そうだ。

「な、何かな?」

 恐る恐る咲良が尋ねると、王子は苦笑した。

「そんなに警戒しなくてもいいよ。別に変な事お願いする訳じゃないから。この後、姉が来て咲良がお兄さんの妹だと気付いたら、『この前は兄が酷い事を言って、すいませんでした』って謝って欲しいんだ。もちろんお兄さんが悪いと思ってるわけじゃなくて、姉の反応を見たいだけなんだけど。誰でも先に謝られると、怒りや意地を張る気持ちが小さくなると思うから、もしかすると姉の方から当時の事を話してくれるかも知れないと思ってさ。どんな出来事があって、何を二人が誤解しあっているのかをまずは突き止めたいと思ってるんだよ」

 (ああ、王子は本気でお姉さんのために誤解を解こうと思ってるんだ)

 王子の本気を疑う気持ちがあった訳じゃないけれど、咲良はなんとなく自分をからかって楽しんでいるような気もしたりしたのだ。

 共犯を了解したからには、とことん付き合わなくてはと思い直した咲良は、浮かれていた気分が一気に普通レベルまで下降した。

 王子が余りに甘い雰囲気を出すから、演技だとわかっていても浮かれてしまったと、内心反省する。そして、これからが演技本番だと自分に活を入れる。

 咲良はやっと王子に笑顔で向き合い、「わかった。頑張ってみるね」と答える事ができたのだった。







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