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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
39/80

39:恋人(仮)達の作戦会議

「でも、でも、石川君には本当の恋人がいるでしょう?」

 咲良はさっきから気になっていた神崎さんの事を出してみた。けれど、以前に神崎さんの名前を出してはぐらかされたのを思い出し、曖昧な表現しか出来なかった。

「だから、あれは姉はなんだよ。本当に恋人がいたら、付き合おうなんて言わないよ」

 お姉さんの事じゃなくて、と言いたかった咲良だが、やはり神崎さんとは別れてしまったんだと思い直すと、これ以上別離の傷心に触れる事ができなくなってしまった。

 (もしかして、私の告白って、王子の傷心に付け込んだ事になる?)

 だから、好きでもないのに付き合おうなんて言うのだろうかと、咲良は考えれば考えるほど胸が苦しくなった。

「山野さん、やっぱりこうして話すようになって、僕の事幻滅した?」

 少し不安げに問いかけた王子の言葉は、咲良には想像もしないもので、一瞬呆けた後、「とんでもない」と否定のために首を横に振る。

 どうしてこんな話になっているのかと、咲良はどれだけ考えてもわからなかった。

 要はそれぞれの姉と兄のために一芝居打とうと言う事じゃなかったのか。

 どうしてそれが本当に付き合う事になるのか。

 それに、あのパーフェクトな神崎さんを恋人にしていた王子が、どうして自分のような平凡な村娘に目を留めるというのか。

 こんな事妄想さえもできないと咲良はグルグルと考え考えあぐねるばかりだった。


「山野さん、じゃぁ、いいよね?」

 考え込む咲良に痺れを切らしたように王子が尋ねる。これはやはり、お付き合いの返事を催促されているのだろうかと、信じられない思いで咲良は王子を見つめた。

「あの……、お友達から……」

 こんな時何と答えればいいか、咲良の頭の中では今までに無い程の超高速で記憶の中を検索する。そして、高校の時に友達から聞いた、交際を申し込まれた時の返事なるものを引き出し口にする。

 途端に王子がプッと噴出す。

「山野さん、僕たちもう友達じゃなかったの?」

 そう言われて咲良はハッとした。

 (そうだ、これって好きでもない人から告られた時の断り文句じゃなかったか)

「い、いえ、そういうわけじゃ……じ、じゃあ、友達以上恋人未満で」

 これは咲良が最近読んだネット小説のタイトルだ。頭の片隅に残っていたのか、友達、恋人というキーワードで検索に引っかかった言葉を咄嗟に出してしまった。

 一瞬王子は呆けた顔をした後、爆発したように笑い出した。そして、おなかを押さえて笑いながら「やっぱり山野さんって、いいな」と言う。 

 咲良は恥ずかしさで居た堪れなくなった。いいなってどう言う事と、又頭の中がグルグルする。

 王子は一頻(ひとしき)り笑うと急にまじめな顔になり、咲良をまっすぐに見つめた。

「山野さん、僕の恋人にはなれない?」

「そ、そんな……こ、恋人とか、恐れ多いです」

 もう咲良の頭の中は真っ白だった。王子にこんな風に迫られるなんて、なんだか悪い夢でも見ているようだ。

「恐れ多いって、王子様じゃないんだから」

 そう言って王子はにやりと笑った。

 (もしかして、皆で王子って呼んでたの、知ってるの?)

「いえ、そんな……」

「まあ、今は恋人未満でもいいから、付き合うのはオッケーと言う事だね」

 えっと咲良は顔を上げ、確かに恋人未満と言ったのは自分だけれどと、思案する。

「私なんかでいいの?」

「姉とお兄さんの事があるのに、山野さんじゃなきゃダメだろ?」

 なんだやっぱりそうかと、咲良はすとんと腑に落ちた。

 好きだから付き合おうと言ったんじゃないことぐらい分かっていたけど、やっぱり兄と姉のためのお芝居だと分かって、そんなに慌てる事はないのだと、咲良は幾分安堵した。と同時に空しい気持ちにもなった。

 きっと王子は芝居だと言うとボロが出そうな咲良のために、本当にお付き合いしようなんて言ってくれたのだと、咲良はやっと自分を納得させた。

「わかった」

 一言承諾の言葉を発した咲良に、王子はいつものプリンススマイルで右手を差し出した。

「じゃあ、よろしくね、彼女さん」

 咲良が恐る恐る右手を差し出すと、王子は優しくその手を握った。そして、「僕達は今から共犯だからね。姉達の事は誰にも内緒だよ」と、意味深な笑顔で言ったのだった。 



「まずは、作戦会議だね。咲良のお兄さんは今彼女いるの?」

 いきなり呼び捨てにされ、咲良はぎょっとする。そんな咲良の様子に王子は「どうしたの?」と首を傾げる。

「だって、名前……」

「ああ、彼女なら苗字じゃなくて名前で呼ばないとね。咲良も駿って呼んでくれていいよ」

「む、無理です」

 咲良は慌てて首を横に振る。

「どうして?」

「どうしてって……恥ずかしいです」

「仕方ないなぁ。徐々に慣れて言ってね」

 そう言ってにっこり笑う王子を見て、咲良の心臓はさらに鼓動を早めた。 


「それで、お兄さんに彼女がいるか、知ってる?」

「お兄ちゃんは、私のプライベートにはいちいち口を出すのに、自分のプライベートは一切悟らせないです」

 兄の事を訊かれると、つい愚痴が出てしまう咲良だった。

「そうか……じゃあ、高校時代の彼女とかは知ってる?」

 兄弟なのに兄の事は何も知らないのだと、今更ながらに気付き、咲良はしょんぼりして首を横に振る。

 考えてみれば兄の事は余り興味が無かったからだと、僅かに反省の気持ちも芽生えた。


「僕も姉の恋愛関係は何も知らないけど、あの二人が再会した日の後、ちょっと調べてみたんだ。僕の兄もよく知らないらしいけど、姉が高校の途中ぐらいから急に優しくなったとか言ってたよ。それが、高3の終わり頃に以前より怖くなったとか。おそらく姉が恋をした頃に優しくなって、失恋して怖くなったんだと思うんだ」

 王子は先ほどまでの微笑みを抑えて、真面目な顔で説明する。どうやら王子はあの二人の再会の時の様子が気になって、いろいろ調べていたようだ。反対に咲良は、兄に『おまえには関係ない』と切り捨てられ、必要以上に兄の事を詮索してはいけないと言う無意識の刷り込みからか、その事を記憶の片隅へと押しやった。

 (お兄ちゃんが、この事を知ったら、どう思うだろ?)

 確か王子の事は諦めろと言われたはずだと、あの時の記憶を呼び起こす。それが、付き合う事になったと言ったら、兄は反対するだろうか? 

 そこまで考えて、咲良はあれっとある事に思い至った。

「じゃあ、お兄ちゃんにあの時の彼女さんはお姉さんだと話すの?」

「何を今更……。話さない事には、付き合う事にしたって言えないでしょう?」

 王子の呆れたような物言いに、咲良は少し混乱する。

「……でも、お姉さん、バラされたくないんじゃないかな?」

 もしも昔二人が付き合っていて、別れた相手の前で恋人がいると見栄を張ったなら知られたくないはずと、普段鈍い咲良でも想像がついた。

「だから先に姉に僕達の事を話して、その反応を見るつもりなんだ。それで、どんな誤解をしているか、その誤解はどうすれば解けるのか探りたいと思ってる。咲良のお兄さんの方はあまり会えない様だから、僕と一緒に話すまで言わないでね」

 王子の言葉に、咲良は理解する前にコクコクと頷いた。再び名前を呼び捨てにするのを聞いてドキドキしてしまい、よく考えられない。でも、「まあ、僕に任せておいて」と笑う王子を見て、全ては王子の言う通りにしておけば大丈夫だと、咲良は自分に言い聞かせていた。


「そう言えば、お兄さんって大学はどこだった?」

「兄はR大だけど」

 それが何か関係あるのだろうかと咲良は疑問のまま首を傾げると、「やっぱり」と王子は言いながら、ウンウンと頷いている。

「姉は最初R大を志望してたんだ。それが、際になってからK大に変えたらしい。これは母からの情報なんだけど、何か様子が変だと思っていたら急にK大も受験したいって言い出して、結局R大は受験すらしなかったらしい。これってやっぱり咲良のお兄さんとの事が関係してるって思わないか?」

 急にそんな事訊かれても兄と関係あるとも思えなくて、咲良は再び首を傾げる。

「まあ、もう少しいろいろ調べてみようと思うから、咲良も調べてみてくれないか?」

 王子が咲良の名前を口にする度に、正直な心臓はドキッと飛び跳ねる。でもそれを知られたくなくて、咲良は王子の言葉をよく考えもせずにウンウンと了解の頷きを繰り返していた。

 

 その後も王子は兄達の事を話していたようだが、咲良の頭には残っていなかった。ただ、フリとは言え王子と本当に付き合うのだと言う事が、じわじわと胸に広がり始めた。それでもまだ咲良は本当の実感には追いついていなかった。


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