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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
37/80

37:咲良の告白

「おかえりー」

 先に寮へ戻った咲良は、部屋に入って来た由香に明るく声をかけた。

「あ、ただいま」

 声をかけられてハッとした由香は、ぎこちない作り笑顔で挨拶を返した。どこかいつもの由香とは違う元気の無さが、咲良は気になった。

「由香、どうかしたの?」

「え? ど、どうして?」

 明らかに挙動不審だ。

「なんだか元気ないみたいだから」

「そ、そんな事無いよ。元気だよ」

 やはり、動揺しているように見える。いくら鈍い咲良でも気付く程に。

 (もしかして、私と同じで、明日の事で悩んでる?)

 いつも強気な由香が思い悩む程だから、咲良の現状を話してしまうと、やっぱり告白はやめようと言い出しそうで、咲良は戸惑った。それに、自分から言い出した事を自分の方からやめたいとは、とても言えないと咲良は思っていた。

由香の告白は実現させたい。けれど、自分の告白はできそうにない。だからと言って、自分だけ告白にチャレンジしないまま、やっぱり無理だったと嘘を吐くなんて、咲良は考えもしなかった。

 このまま由香に何も言わなければ、明日の告白は実行あるのみ。

 (できるのか? この状態で、できるのか?)

 アルバイトもサークルも続けられないかもしれない。

 (それでも、やれるのか?)

 咲良は何度も自分にツッコミを入れる。

 しかし、良いアイデアが浮かぶ事もなく、咲良は途方に暮れるしかなかった。

 その後由香と咲良は、時々お互いが相手の様子を窺うようにチラリと見るが、結局その日は二人共相手への心配より自分の心配の方が勝ったのか、言葉少ないまま夜は更けて行った。


    *****


 翌朝、咲良は遅くまで眠れなかったせいか、由香に起こされるまで目覚めなかった。

「咲良、いつまで寝てるつもり」

 由香の怒気を含んだ声に、咲良は飛び起きた。

「こんな日にぐーぐー寝ていられるなんて、呆れた」

 由香の心底呆れたような声に咲良は、今日がどう言う日だったかよりも何時もの由香に戻っている事が嬉しくなった。

「由香、元気になった?」

 咲良が勢い込んで言うと、由香は驚いた顔をした後、顔をしかめた。

「なによ、咲良の方こそ元気の無い顔してたわよ。それより、覚悟は出来てるんでしょうね」

 天邪鬼な由香のツン発言に咲良は『やっぱり由香はこうでなくっちゃ』と心の中で呟いた。嬉しそうに由香を見つめる咲良は、すっかりM体質にされてしまったようだ。

 そんな咲良を怪訝そうに見た由香は「本当に覚悟出来てるの?」と尚もツッコミを入れる。その言葉にハッとした咲良の心の中に、昨日の葛藤がじんわりと広がり始めた。

「咲良まさか、やっぱり止めたいなんて言わないでしょうね」

 咲良の表情に現れた葛藤を読み取ったのか、由香は探るように念を押す。怯んだ咲良は慌てて「言わない。言わない」と答えた。


 その後咲良は、由香に追い立てられる様に、今日着て行く服選びを始めた。なかなか決められない咲良に「あの彼女に負けないような大人っぽい服は無いの?」と由香は文句を言った。

 (そんな事言ったって、そんな服は私に似合うはず無いよ)

 咲良の持っている服は、高校の時からの延長で可愛らしい感じの服ばかりだ。彼女自身の好みもそうだし、それが一番自分には合っていると思っている。それに、実家を出て進学させてもらった手前、もっと服を買って欲しいとは言えないと思っていた。

 由香は咲良のクローゼットの中を見て溜息を吐くと、咲良もお気に入りのカットソーとスカートを出して来た。「これが一番咲良に似合ってたわよ」と。

 冷たい様な口調でも、由香はお節介焼きなのだと咲良は心の中でニンマリする。咲良ならきっと決められなかっただろうから、彼女のお節介はありがたかった。


 咲良は王子の彼女に勝つつもりもないし、勝てるとも思っていない。本当なら、彼女の居る人に告白すること自体、どうかと思っている。それでも決意したのは、王子に近づき過ぎて苦しくなった気持ちを、踏ん切りつけるために告白しろと由香と篠田に勧められたからだ。それに咲良が告白した所で、王子の気持ちが揺るぐはず無いと分かっていたから。

 ただ、告げたこちらの方が恥ずかしくて顔を合わせられなくなると言うのが、咲良にとっては辛かった。

 (サークルも、あの最高に幸運なアルバイトも、諦めなきゃダメだよね)

 咲良には平気な顔してサークルもアルバイトも続ける度胸は無かった。


「咲良、本当に大丈夫なの?」

 つい今日の事を思うと考え込んでしまった咲良は、由香の言葉にハッとし顔を上げた。由香の眼差しが心配そうに揺れているのに気付き、咲良は一生懸命に口角を上げた。

「大丈夫、大丈夫。今日はお互いに頑張ろうね」

 咲良がニッコリ笑って見せると、由香は口をとがらせ「なによ、石川君からも話があるからって、咲良は余裕ね」と拗ねたように言う。

「と、とんでもない。余裕なんかないよ」

 王子の話が兄と彼女の事だと分かっている咲良にとって、由香の指摘はまったくの的外れだ。だからと言って今更話せるはずも無かった。


 結局胸の内に葛藤を押し込めたまま、咲良は昼食の後、出かける時間になった。

「じゃあ咲良、今まで溜めに溜めた想いをしっかり伝えてくるのよ」

 由香に見送られて咲良は寮を出た。由香はもう少ししてから出かけるらしい。今日は幼馴染に入学祝用のプレゼントを買ってもらい、一緒に夕食を食べるそうだ。

 (由香の方がずっと可能性があって、余裕あるよね)

 咲良は飯島のマンションへと歩きながら、由香の告白について想像していた。自分の告白については全く具体案も無く、現実逃避のごとく考える事を避けていた。

 それでもマンションが近づいて来ると、どうしようと言う思いが頭の中でグルグル回る。

 どのタイミングで告白するのか?

 何と言って告白するのか?

 今後のアルバイトはどうするか?

 やっぱりなにも思いつかず、咲良はマンションを見上げて溜息を吐いた。



 マンションのエントランスで飯島の部屋の番号を押すと、インターホンから王子の声が聞こえて来た。

「山野です」

「いらっしゃい、どうぞ」

 言葉と共に入口の自動ドアのロックが解除される。咲良は自動ドアをくぐり抜け、エレベーターに乗ると、心臓がドキドキと打ち始めた。

 いよいよなのだ。ここまで来て、やっと現実を実感した。

 (本当に告白なんて出来るの?)

 咲良は自分に今更ながらのツッコミを入れる。

 (約束は守らなきゃ)

 自分に言い聞かせて、ドアの所のインターホンを押した。


「いらっしゃい」

 ドアを開けた王子を見た途端、咲良は緊張で固まった。「山野さん?」と呼びかけられて我に返ると、やっと「こ、こんにちは」と噛みながら挨拶をした。

「昨日も来たのに、憧れの作家の仕事部屋だと思うと緊張するの?」

 王子はクスクス笑いながら中へ招き入れた。

「そ、そうなんです」

 王子の言葉に乗っかるように返事をすると、「山野さんって、面白いね」と笑われてしまった。


「今日は要人さん仕事部屋で缶詰だから、そんなに緊張しなくても良いよ」

 王子の思い違いに少し救われた気持ちになりながら、咲良は王子に続いてリビングに入った。

「今日は山野さんと、普段大学ではゆっくり話せない高校時代の話をしたいから、少し時間が欲しいと要人さんに頼んであるんだ。だから、アルバイトの事心配しなくても良いよ」

 王子は咲良にソファーに座るよう勧めながら、一方的に話をする。ソファーに座った咲良は驚いて「高校時代の話?」と訊き返した。

 兄と彼女の話ではなかったのかと咲良が王子へ視線を向けると、意味深に微笑まれた。

 咲良は王子が出してくれた紅茶とクッキーを見つめながら、王子の真意を考えあぐねる。けして告白の事を忘れたわけではない。けれど、王子が次に何を言い出すかと、そちらが気になって仕方がない。


「それにしても、不思議だね」

 紅茶のカップを手に取った王子は一言つぶやくと、カップに口を付けた。何が不思議なんだろうと咲良は顔を上げる。テーブルを挟んで正面に座る王子をまともに見る事もできなかった咲良の目に、王子の柔らかい微笑みが映る。

「3年間も同じ高校に居たのに、地元から遠く離れた場所で初めて言葉を交わし、こうして一緒にアルバイトをしてるなんて」

 感慨深気な表情の王子と目が合い、咲良は思わず(うつむ)いた。

 (なんだか顔が熱いよぉ)

 今更ながら咲良は、憧れ続けた王子が目の前に居る事を自覚した。早くなった鼓動を落ち着かせるために、カップに残った紅茶を飲み干す。そして、よみがえって来る高校時代に想いを馳せた。

「そう言えば、高校の時に石川君と言葉を交わした事あります」

 そうだったと咲良は思い返す。3年間で一番王子に近づいたあの出来事。

「えっ? ホント?」

「あ、いや、言葉を交わしたと言う程じゃないけど……1年の時に職員室から出てきた石川君が、両手のふさがっていた私のために、閉めたドアをもう一度明けてくれて……その時『どうぞ』って言ってくれて、『ありがとう』って言ったぐらいだけど……」

 話ながら、どんどん恥ずかしくなった咲良は、こんなの言葉を交わした内に入らないよと、こんな話を出した自分を責めた。そして、こんなに恥ずかしくてドキドキするのに告白なんて出来るのだろうかと改めて思い直す。

「えー、そうだったんだ。覚えて無くて、ごめんね」

 王子の謝罪に咲良は首を横に振って「謝ってもらう程の事じゃないので……」と言った。

 こんな些細な事も覚えてるなんて、王子の事が気になるって言っているようなものじゃないのだろうかと咲良の頭の中は、羞恥でグルグルしていた。

「それじゃあ、山野さんは1年の時から僕の事知ってたんだね」

 まだこの話題が続くのかと思いながらも、王子を初めて知った入学式を思い出した。新入生の挨拶の代表と言う事で壇上に上がったのが王子だった。おそらく会場中の女子が王子に見惚れたと思う。その人が目の前に居るなんて、これは夢かもしれない。もういっそ、ここで告白してしまえば……。

 咲良は緊張のあまりだったのかもしれない。いや、そもそもQ大を目指した事でも分かるように、思い詰めると自分でも思いもよらない行動に出るのが咲良だった。

 

「あの……入学式の時に初めて見てから、憧れていました」

 王子を真っ直ぐに見て言ったけれど、目があった途端に又咲良は俯いた。

 (言ってしまった。これで約束は守れたよね)

「えっ? 僕に? もしかして、それでQ大に?」

 王子は驚いて、少し慌てたように尋ねて来た。告白できた達成感を噛み締めていた咲良は、王子の問いかけに顔を上げる。

「それもあるけど、飯島先生の講義を受けたくて……」

「ああ、そう言えばそんな事言っていたね。……それじゃあ、サークルは僕がいたから?」

「いえ、偶然です。私も石川君がいたから驚いてしまって……」

「そうなんだ……」

 なんとなくガッカリしたように王子は視線を下に落とす。考え込んでいる様子に、咲良はこの反応はどう言う事だろうと考えていた。

 (それよりこの後、どうしたらいいの?)

 咲良のシュミレーションでは、告白した後王子に『ごめん』と気持ちに答えられない事謝られ、自分はその場を去ると言うものだった。

 (私、帰った方がいいのかな? 迷惑だよね? いつまでも居たら……)


「山野さん」

 名前を呼ばれて驚いて顔を上げると、王子はニッコリと笑った。その笑顔の意味が分からず咲良は怯んでしまった。

「高校の時の事はさて置き、こうして話をするようになって今僕に対してどんな印象を持っているかは聞かないでおくよ。でも、嫌われていないようだから一つ提案があるんだけど……」

 王子の言葉の意味が分からず、その表情から読み取ろうと王子の顔を見つめたが、相変わらずの微笑みで、鈍い咲良には読み取る事など出来るはずもなかった。

 (え? どんな印象を持ってるか聞かないで置くって? 嫌われてないって? 提案って?)

 咲良の頭の中はパニックになり、ただ唖然と王子を見つめていた。




1/31 次話のタイトルにあわせてタイトルを変更しました。

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