36:気になる王子の話
1年ぶりの更新です。
年に1回の更新だなんて、情けないです。
長い長いお待たせで、本当にすいません。
再び王子の後をついて資料部屋へ向かった咲良は、王子が大きく開けたドアを無意識に閉めそうになって、慌てて手を離した。その際に「あっ」と声をあげてしまったせいで、振り返った王子にまた笑われる事となった。
先程の続きを始めると、二人とも黙々と作業を続けた。咲良は作業に集中することによって、再び王子の存在を頭の中から閉め出した。
手元に積み上げていた資料を全て選別したところで、咲良は顔を上げた。その途端王子と目が合い、慌てて俯いた咲良だった。
「山野さん、そこにあるの全部終わった?」
「は、はい。後はそれぞれの場所に置くだけです」
咲良の手元には、選別されそれぞれの色の付箋が付けられた資料があった。近づいて来た王子が「手伝うよ」と咲良の手元から半分持って行く。咲良も慌てて立ち上がると、残り半分を掴み、それぞれの山に振り分けたのだった。
「山野さん、まだ時間はいい?」
そう尋ねられて初めて咲良は時間の事を思い出した。すぐに壁の時計に目を向ける。時計は4時を少し過ぎていた。
「はい、大丈夫です」
由香も確か夕方までアルバイトだったはずだと思い出した咲良は、もう少しだけ作業を続けてもいいなと思っていた。
このアルバイトをいつまで続けられるかわからない。もしかすると今日で終わりかも知れない。咲良のそんな無意識な気持ちが、もう少しだけと思わせたのか、王子とこうして過ごす時間を少しでも長引かせたいと思ったのか、咲良には自覚は無かった。
「じゃあさ、明日の話、今からしようか?」
(えええっー、明日の話って……)
「で、でも、資料の整理が……」
「山野さんのおかげで、随分捗ったから大丈夫だよ」
ニッコリ笑う王子に、咲良は何故か追い詰められた小動物のような気分になった。
王子にとっては、明日の話は咲良の兄と自分の彼女の事についてだろう。いったい王子はあの二人について何を話したいのだろう。咲良はもう一度兄と王子の彼女の事を思い出した。
(確かにあの時のお兄ちゃんは、何時ものお兄ちゃんとは違ったけど…)
「で、でも……飯島先生に悪いし……」
咲良はそう言いながら、開け放されたドアの方を見た。廊下を挟んで飯島の仕事部屋のドアが見える。こんな所で話していたら、うるさいんじゃないだろうかと言う思いが咲良の頭の中に過ぎった。
「え? 要人さん? 大丈夫。大丈夫。要人さんはヘッドホンでクラッシックを聞きながら仕事してるから、僕達の声なんて聞こえないから」
王子も咲良の視線に合わせてドアの方を見ると、咲良の心配を読みとったかのように軽い調子で言った。
(どうしよう……)
どうにも逃れる術を無くしてしまった咲良はただ途方に暮れた。そんな咲良を見て王子は少し思案すると、急にニッコリと笑った。
「そんなに心配なら、リビングへ行って話をしようか?」
王子は余程今話がしたいのだろうか。そこまで言われると咲良は王子の話が気になり出した。そしてついコクリと頷いてしまったのだった。
「山野さん、さっきも 訊いたけど、この間のお兄さんと同級生の彼女の雰囲気見て、どう思った?」
リビングのソファーに向かい合って座ると、王子はすぐに切り出した。
「あんなお兄ちゃん見るのは初めてで……何か、喧嘩してるのかなって……」
咲良はもう一度あの日の光景を頭の中で再生する。でも、王子の質問の意図がイマイチ分からなくて困惑するばかりだ。
「そう、あの喧嘩の様な言い合いは、ただの高校の頃の同級生と言う雰囲気じゃなかっただろ? お互いが裏切り者と罵っているような感じで……」
「あ、そう言えば、お兄ちゃんの事、二股してるって……どう言う事だろう?」
咲良はあの日の二人の言い合っている様子が強烈過ぎて、話していた内容まで詳しく思いだせずにいたが、少しずつ記憶が蘇って来た。
「二股って言えば、二人と同時に付き合う事じゃないかな?」
言葉の意味は分かっていても、兄と結びつかなかった咲良は、王子の端的な説明に驚き、思わず王子に向かって「お兄ちゃんはそんな事しない」と言い返していた。
咲良のあまりの勢いに怯んだ王子はすぐに「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」と謝ってきたが、咲良には王子が兄を見下げているように思えてしまった。
「お兄さんが二股していたとは思っていないけど、あの二人は昔、付き合っていたんじゃないのかな? それで、お互い誤解したまま別れてしまったんじゃないだろうか」
続けて王子が言い訳のように言った言葉に、咲良は驚いた。
(はぁ? 付き合っていた?)
王子の言葉は、咲良には思ってもみないものだった。あの日のあの二人の様子は全く真逆の雰囲気に思えたからだ。
(もしかして王子は兄にヤキモチを焼いてる?)
そう思った途端、胸にチクリと痛みが走った。王子に彼女がいるのはいつもの事だけれど、目の前でヤキモチを焼く姿を見るのは、やはり辛い。
唖然として王子を見た咲良は、近い距離で見つめ合う事に慣れず、すぐに視線を外した。
その時、リビングのドアが開く音がし、二人は驚いたように入口の方を見た。
「もう終わったのか? 終わったら山野さんをいつまでも引きとめたらダメだろ。山野さん、ありがとう。資料の整理はどうですか? 続けられそうですか?」
リビングに入って来た飯島は、王子に砕けた口調で文句を言った後、咲良の方に優しい微笑みを見せた。
「はい、ありがとうございます。とても楽しかったです」
咲良は恥ずかしそうに微笑み返した。その時の咲良の頭の中は、続けられるかどうか分からない事情を無意識に排除していた。
「そうですか。それは良かった。では、次はいつ来れそうですか?」
「あ、山野さんと明日また続きをしようと話してた所なんだよ」
飯島の問いかけに、王子が割り込むように答える。その覚えの無い話に咲良は驚きを隠せなかったが、王子の眼差しが「同意してくれ」と言っているの感じ、「そ、そうなんです」と慌てて言い添えた。
「駿、山野さんの都合も考えずに言っているんじゃないだろうな」
怪訝な顔をした飯島が念を押すように王子に言う。そんな二人の雰囲気を見て咲良は居たたまれず「本当に大丈夫なんです」と言いきった。
「それじゃあ下まで送ってくるよ」
王子は飯島にそう言うと、咲良を玄関へと促した。
「山野さん、さっきは勝手にあんな事言ってごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「まあ、元々明日は約束していたんだし、場所がここに変更と言う事でいいかな?」
(そうだった。明日だ…)
咲良は無意識に嫌な事を頭の中から追い出す癖があった。
王子の言葉で再び明日の約束の事を思い出した咲良は、もうどうしていいか分からなかった。
「はい、わかりました」
とりあえず約束の場所の変更を了解するが、明日の約束の本来の目的を思うと、咲良は途方に暮れた。
「さっき、話途中になっちゃったけど、明日また資料整理の合間にでも続き話そうか?」
一体あれ以上何を話すのかと思っても、気の弱い咲良は「そ、そうですね」と了解する事しか出来なかった。
「告白なんて…」
出来るわけ無いと、咲良はため息を吐いた。
目の前で、恋人の過去の恋愛にまでヤキモチを焼く相手に、どうして告白できようか。
いよいよ追い詰められた咲良は、由香に正直に全て話してしまおうかと、自分が楽になれる方向へ流されかけた。
(ダメダメ、本来の目的を忘れてはダメ)
咲良がアルバイトが終わるまで待って欲しいと言えば、由香も延期すると言うだろう。いつ終わるとも分からないアルバイトの終わりまで延期してしまえば、告白しようと思った決意も鈍ってしまうかもしれない。
やはり、それではダメだと咲良は自分に言い聞かす。由香の場合は幼馴染と再会した今がチャンスなんだ。
咲良は寮までの道のりを、脳内会議を続けながら帰った。それでも結局結論は出るはずもなく、ただ、由香の告白が一番の優先事項だと、それだけは心に決めていた。




