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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
35/80

35:秘密のアルバイト

遅くなってすいません。

10ヶ月ぶりの更新です。

どうぞよろしくお願いします。

「山野さん、山野さん、大丈夫?」

 王子に名前を呼ばれて我に返ると、目の前の王子が覗き込むようにして咲良を見ていた。

 (ち、近いです)

 思わず咲良は後ずさりしてしまった。


「あ、あ、ご、ごめんなさい。ちょっと意識飛んでました」

 咲良が焦ったせいでポロリと本音をこぼしてしまうと、王子はクスッと笑った。


「お兄さんの事、心配?」

 王子は笑った後で真顔になると、また咲良と目を合わせるて尋ねた。

 (心配って……)

 

「あの二人の事、どう思った?」

 いったいどういう意味の心配なのかと咲良が思案していると、王子は続けて尋ねてきた。けれど、咲良は益々困惑するばかりだ。

 あの二人と言うのが、兄と王子の彼女の事だとは分かっていたけれど、それをわざわざ聞いて来る王子の真意が咲良にはよく分からなかった。


「どう、って?」

 咲良は尋ね返しながら、王子は兄に嫉妬しているのだろうかと、あまり認めたくない考えに至った。

 王子に恋人がいると言うのはデフォルトだけれど、こんな目の前で嫉妬している姿を見るのは、やっぱり辛い。


「だから、あの二人の雰囲気、ただの高校の同級生って感じじゃなかっただろう? 山野さんの話って、その事じゃなかったの?」

 王子の言っている事が明日の約束の事だと分かった時、咲良は又頭が固まりそうになった。そして、手放しそうになった思考をぐっと引き寄せると、わずかの間にどういい訳しようかと頭を巡らせた。


「そ、そうなの。あんなお兄ちゃん初めて見たから、驚いちゃって……」

 結局、王子に話を合わせると言う、一番楽な方向へ咲良は流されてしまった。

 (ああ、明日、どうしたらいいんだろう?)

 咲良の心配をよそに、王子はさらに、「明日約束してるけど、せっかく今日会ったから、今からその話をしようか?」と言い出すではないか。


「で、でも、資料の整理をしないと……」

「ああ、そうだね。要人さんの手前何もしていないと言うのは不味いかな?」

 王子は苦笑すると、資料の整理について説明し出した。

「僕もまだ始めたばかりなんだけど……要人さんは一つの作品が終わると使った資料を分類もせずにここへ詰め込んでたんだ。それがこんなに溜まってしまって……。同じ資料を使うのに探し出せないからまた新たに手に入れたりして重複している資料もかなりあるみたいなんだよ。だから、分類して重複しているものや、古くて使えない物を処分し、資料リストを作ると言うのが今回の仕事なんだけど……」

 王子は説明すると咲良を真っ直ぐに見た。彼のその目は「どう? できそう?」と訊ねている。

 大量の資料を目の前にしながら説明を聞いていた咲良は目眩(めまい)がしそうだったが、王子のその眼差しにコクリと頷くと、「頑張ります」と答えた。


 まずはこの沢山の書籍や冊子等をジャンル分けする事から始めた。

 「哲学・思想」「政治」「歴史」「地理」「経済」「 科学・テクノロジー」「医療」 等等……あらかじめ王子が大まかに決めたジャンルに合わせ、それぞれ色分けした付箋が用意してあった。

 こんなにカラフルな付箋があるのかと驚きながら、ジャンルに合わせた色の付箋を貼り、それぞれのジャンルごとに山を作っていく。付箋はチェック済みの表示とそれぞれの山が混じってしまった時の対策のためらしい。

 

 本棚と資料に埋め尽くされた空間で、ページをめくる音と、紙が擦れる音、本を置く音と時折本棚へと移動する足音……まるで図書館の様な静けさの中、咲良は与えられた仕事に集中する事で王子を意識から追い出した。

 そんな風に時間も忘れて集中していた二人意識を途切らせたのは、休憩しようと声をかけに来た飯島だった。 


「二人とも真面目なんだな。無駄話もせずに集中して」

 リビングへ戻るとすでにお茶とお菓子が用意してある事に驚いた咲良と、普段とは違い憮然としている王子に向かって、飯島は笑いながらそんな事を言った。


「あたりまえだろ、アルバイトなんだから。それより、山野さんが来ただけでアルバイトの待遇が一気に向上するのはどうしてかな?」

 王子が飯島にツッコミを入れているのを見ながら、咲良はやはりこの二人は伯父と甥なんだと今更ながらに感じた。特に王子の遠慮のない物言いと雰囲気は、何度見ても驚いてしまう。でも、そんな今まで知らなかった王子を見る事ができたのは、咲良には嬉しい事だった。


「おまえは身内なんだから、気を遣う必要ないだろ?」

 飯島の返答を聞いて王子は「じゃあ、俺もアルバイトは山野さんが来る時だけにしようかな」と返している。


「そんな事言って、山野さんに無理させたらダメだぞ」

「大丈夫。山野さんはさすが文学部だね。一人でやっているよりずっと進むから、回数を減らしても進度は早くなると思うよ」

 二人の会話を聞いていた咲良は、王子が自分の事を褒める様な言い方をしたのが嬉しい様な恥ずかしい様な、お尻がむずむずして座り心地が悪い様な気分になった。


「山野さんは、何曜日ならここへ来られるの?」

 突然王子が咲良の方へ向くと、いつもの王子スマイルで優しく尋ねる。

 先程までの不機嫌ぽい王子とのギャップに咲良は目を丸くした。

 そして、王子の質問に答えようとして、咲良はハタと思い至った。

 これから毎週アルバイトに行く事と言う事は、由香に隠し続けなければいけないと言う事に。

 (どうしよう……)


「あ、あの……飯島先生、このアルバイトの事、寮の同室の友人に話してもいいでしょうか?」

「ああ、そうですね。これからも来て頂くのに同室のお友達に黙っているのは辛いですね。他に広めないようにして頂けるのなら、いいですよ」

「ありがとうございます。……あ、先生と石川君の関係は言わない方がいいですよね?」

 咲良は一つ心配事が減りホッとしながらも、新たに知った秘密がまだあった事を思い出した。

「同室って渡辺さんの事だよね? ん……彼女には言わない方が良いかな? 他の人には言わなくても、僕に対していろいろ言ってきそうだし……それから、僕と一緒にアルバイトをしてる事も黙っていた方がいいよ」

 飯島への質問を引き取って答えたのは王子だった。どうやら王子は由香にバレるのは嫌らしい。由香にどう話していいか分からない咲良は少しホッとしながら、「わかりました」と答えた。

 しかし、やっぱり咲良心配になった。果たして由香に黙ったままいられるだろうか、と。

 アルバイトの話はするとして、一人きりだと言うのも変な誤解を生みそうだから、もう一人アルバイトがいると言えば、どんな人と一緒なのか尋ねられたら、誤魔化しきれるだろうか?

 (私、そんなスキル無いよ)

 そして、もっと大きな問題は、明日の告白の事だと、咲良はさっきまでわざと避けていた問題を思い返して目眩がしそうになった。

 告白してしまったら、もうこのアルバイトは続けられない。

 振られた自分も気まずいけど、振った方も気まずいだろう。

 これじゃあ、由香に王子とのアルバイトを黙っている以前の問題だ。

 アルバイトは絶対に続けたい。けれど……由香との約束も破れないよね?

 (あー!! 友情を取るか、アルバイトを取るか……)

 咲良は両手で顔を覆うと、一人身悶えた。


「山野さん、どうしたの?」

 王子の言葉に、我に返った咲良は慌てた。

 (王子の前で、なんて事……) 


「いえ……い、石川君と一緒にバイトしてる事、由香に誤魔化しきれるかなと思って……」

 いくら誤魔化すのが下手だと言っても、本人目の前にして明日の告白の話など出来る訳も無く、咲良のギリギリのスキルで何とか言い訳したのは、最初の心配事だった。


「あー、そうだね。山野さんは嘘や誤魔化しは苦手そうだものね。渡辺さんに話してしまった方が、心置きなくバイトにも来れるよね。それじゃあ、渡辺さん限定で話してください。その代わり、くれぐれも他言無用でと釘を刺してね。僕と要人さんの関係は余り知られたくないんだ」

 王子が前言を撤回した事には驚いたけれど、もう必要ないかも……と咲良は心の中でしょんぼりしながらも、とりあえず「ありがとう」と返した。

 告白するんだったら、もう言う必要無いよね。

 それとも何もかも由香に話して、もう一度告白するのを待ってもらおうか……。

 せめてアルバイトが終わるまで……って、このアルバイトはいつまで続くのだろう?

 咲良は先程まで格闘していた資料を思い出し、とても早く終わりそうにない事に嘆息した。


「山野さん、時間まだよかったら、もう少し資料の整理をお願いできるかな?」

 またぼんやりしていた咲良に飯島が優しく声をかけた。

「は、はい。大丈夫です」

 慌てて背筋を伸ばし返事をした咲良を見て、王子はプッと吹き出し笑い出した。

 王子に笑われた咲良は羞恥心で頬が熱くなり、(うつむ)く。

「こら、山野さんに失礼だぞ」

 飯島が咎めるように王子の頭を叩く。王子は「痛っ」と言って手で頭を押さえると、俯いた咲良を首をかしげて覗き込んだ。

「山野さん、笑ったりしてごめんね。そろそろ仕事に戻ろうか?」

 余りに至近距離に王子の顔があり、咲良は驚いて身体を少し引き、「は、はい。そうですね」と答えると、慌てて立ち上がった。

 





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