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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
33/80

33:日曜の恐怖と土曜の幸運

「由香、ごめん。日本文学史のグループ研究の打ち合わせが急に入っちゃって、今日のサークルに行けそうにないの」

 本当は今日は都合悪いと言えば別の日に変えてくれたけれど、咲良は言いださなかった。

「えー、しかたないなぁ。じゃあ、私が代りに石川君の都合を聞いて誘っておくね」

「う、うん。お願い」

「了解」


 昨日の今日でやっぱり顔を合わせづらくて、ドタキャンをしてしまった。

 咲良は心の中で由香に手を合わせながら、王子は由香の誘いをどう思うだろうとまた新たな不安が頭をもたげる。

 (あー!! 何もかも無かった事にしたい!)

 こんなウジウジしている自分が嫌だと思った咲良は、とりあえず今日は王子との顔合わせを回避できたのだから、後はどうにでもなれと開き直る事にした。



 その日の夜、由香が意味深な笑みを浮かべて王子の件を報告してきた。

「石川君ね、彼も咲良に話があるんですって」

 (……はぁ?)

 由香の言葉に一瞬呆けたような顔をした咲良は、「話しって、何の?」と思わず尋ね返した。

「そんなの分からないわよ。咲良が話したい事があるらしいから日曜日に会いたいって言ってたよって言ったらね、石川君の方も咲良に話したい事があったから丁度良かったって言うのよ。なんだか、面白い展開になって来たじゃない?」

 由香が茶化すように言う。それでも今の咲良には由香の様子に構っていられず、王子がしたいと言う話について考え込んだ。

 いったいなんの話があると言うのだろうか?

 やはり昨日の事だろうか?

 昨日の出来事の中で咲良が一番心に引っかかっているのは、高校の同級生だと言う王子の彼女と咲良の兄のあの辛辣な舌戦だ。王子にしたら自分の彼女が高校の同級生とは言え、他の男とあんな風に言い合う姿は、気になるだろう。

 しかし、咲良には兄の事は何も分からないから、二人が言い合う理由を訊かれても答えようがない。


「咲良、何神妙な顔してるのよ。期待大なんだから、もっと喜んで。それでね、咲良の方から時間と場所をメールして欲しいって言ってたよ」

「え、ええ? メール?」

「もう、聞いてなかったの? 石川君がね、日曜日の時間と場所をメールしてくれって」

「ええっ? 私が?」

「咲良がしなくて誰がするの? もうぉ、シッカリしてよね。嬉しさで頭がぼーっとしちゃってるの?」

 咲良は『とんでもない!』と思わず心の中で叫んだけれど、どうにか口に出すのは留められた。

 嬉しいどころか、王子の口から彼女の事を聞かされ、兄の事を責められるんじゃないかと、咲良は恐怖に似た予感に胸が震えていた。


 その夜は何とか誤魔化して話を終えたけれど、咲良は何度も由香に本当の事を話してしまおうかと思い悩んだ。だけどそれによって由香の告白まで中止になってしまってはどうしようもない。

 やはり、由香の告白が済んでから本当の事を言おうと決心した。けれど、自分自身の告白についてはすっかり頭の中から飛んでいた咲良だった。

 と言うのも、王子の話の内容にばかり気を取られていたからだ。

 王子の話が兄達の事じゃないかと思ったら、咲良にはそれ以外無いように思えて、どういう対応をすればいいかと思案した。

 (とにかく、先手必勝で、謝ったらどうだろう?)

 『愚兄が彼女さんに失礼な態度をとってすいません』

 咲良は頭の中で何度も謝罪のシュミレーションをしてみる。

 『山野さんには関係ない事だから、謝らなくていいよ』と言ってくれたらいいけど、『山野兄弟は今後僕達に近づかないでくれる?』って言われたら……。

 咲良の頭の中はネガティブ妄想がグルグルと回り続けていた。


 王子の話が怖いと思いつつも、由香にせっつかれて咲良は王子に、日曜日の待ち合わせ時間と場所をメールする事にした。

 時間はやはり落ち着いて話せるよう午後の方がいいだろう。場所は由香お薦めの最寄駅の向こう側にあるカフェ。駅の向こう側まで行くと知り合いに会う確率がぐんと減る。

 誰かに見られたらと思うと、それも怖い事の一つだった。別に王子にファンクラブとか親衛隊とかある訳じゃないけど、あんなさえない子が一緒にいるのは許せないと思っちゃう女子に意地悪されないとも限らない。

 マンガかラノベの読み過ぎじゃないかと言う程のネガティブ妄想に、やはり咲良は囚われているのだった。


 王子から了解の返信が来て、ホッとしたような、日曜日の事を思うと変に緊張をする様な複雑な心境のまま、金曜日を迎えていた。

 今日は飯島彼方の講義のある日。一番前の席から見上げるようにして飯島の講義に聞き入る。咲良にとって、この時間はがんばってQ大に入って良かったと思える時間だった。

「課題のレポートは……山野さん、君が集めて私の部屋まで持ってくるように」

 そう言うと飯島はさっさと教室を後にした。

 いきなり指名された咲良は、唖然としたまま彼が教室を去るまでその後ろ姿を見るともなしに見ていた。

 そうしている間に、皆が次々にレポートを咲良の机の上に置いて行く。

「咲良ちゃん、大丈夫? 一緒に行こうか?」

 彩菜が呆けた咲良に声をかけた。咲良は我に返ると「大丈夫。彩菜ちゃんは由香と一緒に先に学食の席を取っておいて」と微笑んだ。学食もお昼時は早くいかないとすぐに満席になるからだ。

「わかった。じゃあ、先に行ってるね」

 去って行く彩菜を見送って、咲良は小さく息を吐き出すと、積み上げられたレポートに視線を向けた。

「先生の目の前の席って、こんな仕事も付いてたのか……」

 いつも特等席で飯島彼方の講義を聞けて幸せだと思っていたけれど、やはりそれなりの代償はあるようだ。


 全員のレポートを両手で持ち、教授の部屋が並ぶ一角へと向かった咲良は、ドアをノックした。

 いつもより低い声の「どうぞ」が返って来て、咲良はドアを開けて「失礼します」と頭を下げると中へ入って行った。

「山野さん、ご苦労様。そこへ置いてくれるかな?」

 飯島の指示(さししめ)した机の上に咲良がレポートを置くと、飯島はクルリと椅子を回転させ、咲良の方へ向き直った。

「山野さんは、私の小説を読んだ事はあるのかな?」

「もちろんです。先生の大ファンで、出版されている本は全て揃えています。先生の講義が聞きたくて、ここへ来た様なものですから」

 咲良は飯島彼方の事になると、すぐに興奮してしまう。本人を目の前にしてファン宣言をしてしまうほどだ。

「それは、光栄だなぁ。でも、こんな若造でショックだったんじゃないかな?」

 (えっ? どうして……)

 飯島彼方が若いと知ってショックだった事を、本人が知る筈はないと思ったけれど、咲良は激しく動揺した。

「い、いえ、そんな事無いです。せ、先生はお若いのにとても、す、素敵な文章で……」

 咲良が噛みながら答えていると、飯島はぷっと吹き出し、笑いだした。

「山野さん、そんなに無理する事無いよ。私は素顔を公表していないから、だいたいがもっと年上だと思われているよ。でも、たいていの女性は若いと知って喜ぶらしいんだよ。可笑しなものだね」

「いえ、そんな……年齢は関係ないです。ただ、先生の書かれる文章が好きなだけですから」

「ははは、君は正直だね。ところでね、いつも熱心に講義を聞いてくれる君が私の小説も良く読んでくれているのなら、一つお願いできないだろうか?」

「え? お願いですか?」

「そう、私は小説のために膨大な資料を保管しているんだが、上手く整理できていなくてね。その整理を手伝ってもらえないだろうか? もちろんアルバイト料も出すから。どうだろう?」

 突然の申し出に咲良は驚いた。大ファンの飯島彼方の小説の資料の整理なんて、願っても出来るものじゃない。

「是非、お手伝いさせてください」

 咲良は余りの興奮に後先考えずに返事をしていた。咲良には夢のような話だ。

「それは良かった。でも、特定の学生にだけこんなお願いをしていると知れると、他の学生の手前贔屓(ひいき)していると思われるといけないので、この件は他の学生には内緒にしておいてくれるかな? もちろんご両親に話をするのは構わないんだよ。それに、もう一人お願いしている学生がいるから、心配しなくてもいいよ。場所は仕事と資料保管用に借りているマンションなんだが、大学から割合近いんだ。ここに地図を書いたから、もしよかったら明日の土曜日の午後に来てくれるかな?」

 にこやかな笑顔で飯島は説明した。咲良は夢に浮かれたようにただ頷くだけだった。


 咲良は夢心地で学食へ向かった。

 (こんなラッキーな事、私、運の全てを使い果たしたんじゃないだろうか)

 緩んだ顔で突然な幸せに浮かれていた咲良を、待っていた由香と彩菜が不思議そうに見る。

「咲良、飯島彼方先生の所で何かいい事でもあったの?」

「あ、あの、飯島先生とお話しできたから、ちょっと浮かれちゃって……」

 由香の問いかけに動揺しかけた咲良は、なんとか言い繕う事が出来てホッと息を吐く。

「どんな話をしたの?」

「先生の本を読んだ事があるかって訊かれて……それで、大ファンですって言ったのよ」

「へぇ? 飯島彼方目当てで入ってくる学生が多いの知ってるだろうに……」

「あっ、そうだ。飯島先生が若いと知ってショック受けた事、由香が皆に言いふらすから、先生の所まで広まってるかも知れないんだよ。先生にこんな若くてショックだったかって訊かれたんだから。由香のせいだからね」

 咲良の言葉に由香と彩菜は目を丸くした。そして「ごめん、ごめん。でも、先生、そんな事言ったんだ?」と可笑しそうにクスクス笑うので、咲良は余計に頬を膨らませた。

 笑う二人にムッとした咲良だったけれど、頭の中は幸せが溢れていた。出来れば二人に自慢しまくりたい咲良だったけれど、飯島に釘を刺されているので、ぐっと我慢をした。

 午後からの授業中もその日眠るまで咲良は明日の事を想像してはニマニマと顔が緩んで仕方なかった。由香に「そんなに飯島先生と話できた事が嬉しかったんだ?」と呆れられるほど咲良は呆けていた。

 もう一人一緒にアルバイトをするという学生はどんな人だろうと想像する。きっと、文学部の上級生で飯島彼方の大ファンに違いない。お友達になれるといいなと思った咲良は、優しそうな女子学生と飯島彼方の話で盛り上がっている所を妄想しては、込み上げる喜びの笑みを押さえきれなかった。

 


    




 

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