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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
32/80

32:事態急変

「恋人よ」

 噂ですでに知っていたはずの事なのに、あらためて目の前で言われた衝撃に咲良は顔が強張った。思わず顔をそむけた先にいた兄を見ると、大樹も驚愕したような表情をしている。


「こんなところで、やめろよ」

 王子は咲良が初めて聞く様な冷たい声で言うと、絡められた腕を振りほどいた。咲良は王子のそんな態度に驚いていてしまった。

 恋人にそんな冷たい態度をとるなんて……でも、王子は人前でべたべたされるのが嫌なのかもしれない。結局は王子の擁護をしてしまう。


「それでも、そいつも石川だろ? 本当は兄弟なんじゃないのか? 確か弟がいたよな?」

 大樹は納得がいかないのか、尚も質問を重ねた。


「彼は遠い親戚なのよ。それで知り合ったの。彼がこの大学へ入ると言うから、私もこの大学の院へ変わって来たわけ」

 綾の説明は筋が通っていて、大樹は反論できなかった。そして、眉間にしわを寄せると綾を睨むように見た。


「綾、そいつは5つも年下だろ。趣味が悪いな」


「ヒロにだけは言われたくない。以前の趣味が悪かったから、反省したのよ」


「へぇ~、俺も同じだよ。以前は趣味が悪かったんだ。まっ、君もせいぜい裏切られないように気を付けるんだな」

 大樹は、綾に言い返すと、後半は王子の方を向いて言った。


「誰が裏切るっていうのよ。ヒロの方こそ二股も平気なくせに無責任な事言わないでよ。妹さん、こんなお兄さんを持ってお気の毒ね」

 二人の舌戦を唖然としながら聞いていた咲良に、綾が言葉をかける。

 (この二人、どういう関係? 何で言い合いしているの?)


「おまえな、妹にいい加減な事吹き込むなよ」


「あら、本当の事を言ったまでよ」


「何が本当の事だよ。俺が二股なんてする訳ないだろ」


「口ではなんとでも言えるものね。自分の胸に手を当ててよぉーく考えてみたら?」


「なんだと?!」

 (みら)み合って言い合う二人の張りつめた空気に、王子が「あの……」と切り込んだ。その途端、二人が王子の方へ鋭い視線を向けた。


「あの、二人はどう言う関係なんですか?」

 この状態であまりにもKY発言だが、咲良も同じ疑問を持っていたので、よく訊いてくれたと心の中で拍手をしていた。


「高校の同級生よ」

「高校の同級生だよ」

 殆ど二人同時に言い捨てると、また睨み合っている。

 (高校の同級生で、なぜこんな言い合いをしているの?)

 咲良の頭の中は、見た事のない兄の姿への驚きと、王子の恋人だと言う女性との酷い舌戦への疑問がグルグルと回っていた。


「もう、気分悪いから、駿、行きましょ」

 綾は王子の腕を掴むと、引っ張るようにしながら背を向けた。その時、王子は一瞬咲良の方を見たが、すぐに引っ張られて背を向けてしまった。


「こっちこそ気分悪いよ。早く行け」

 大樹がそう言い捨てた時には、綾と王子はもう聞こえない所まで去っていたのだった。



「お兄ちゃん、あの女の人と何かあったの?」

 遠ざかる二人の後ろ姿をしばし茫然と見つめていた咲良は、我に返るとさっきから頭を占めていた疑問を兄にぶつけた。


「おまえには関係ない」

 兄にそう云い捨てられてしまっては、それ以上訊いてはいけないと言う事だと、咲良は今までの兄との関係の中で学習していた。その事に不満はあるけれど、口で兄に勝てる訳もないので、いつもここで諦めてしまう。


「それより、咲良。おまえ、アイツの事が好きだろ?」

 ………えっ? どうして……?


「もしかして、Q大受験したのもアイツが行くからか?」

 大樹の鋭いツッコミに、咲良は何も言えずに俯いてしまった。


「諦めろ。あんなイケメンは咲良には手に負えないだろ。それに、おまえでは綾に勝てる訳ないしな」


「わ、わかっているわよ」

 余りの言い様に、咲良はムッとして言い返したが、すかさず大樹に「認めたな」と返され、唇を噛んだ。


「私は……身の程知らずなのは分かっているけど、見ているだけでいいんだもん」

 兄の前なせいか、妙に甘えた口調になっている事に咲良は気付いていなかった。


「咲良、お兄ちゃんは咲良にそんな悲しそうな顔していて欲しくないんだよ。見ているだけでいいって言っても向こうに恋人がいるのは辛いんだろ? そんなのは止めた方がいいよ。もうアイツには近づくな。サークルにも行くな」

 咲良には兄が自分を心配して言ってくれている事はよく分かっていた。目の前で恋人がいると言われたのだから、告白なんて迷惑なだけだろう。でも……、咲良が告白を止めるなどと言ったら、由香も止めてしまうだろう。

 咲良がこれほど由香の事を気にかけるのも、由香の思い人の幼馴染は由香の事を想っている様な気がしてならないからだ。だけど、由香が素直にならなければ、上手くいかないだろう事も分かっていた。


「お兄ちゃんには関係ないでしょ」

 咲良は兄と同じように突っぱねた。


「関係無い事ない。俺は咲良があの二人と関わりを持って欲しくないんだ。同じ高校出身だから咲良を構って来るかも知れないけど、勘違いしたらダメだ。悪い事は言わないから、もう近付かない方がいいよ」


「勘違いなんかしていないもん。わかっているよ」

 自分が自覚している事をあえて指摘されると、ますます反発したくなる。それでも、小さな頃から兄の言葉はいつでも正しいと刷り込まれている咲良には、それ以上何も言えなかった。


「まあ、これからしばらく週一でQ大へ来るから、俺の目を誤魔化そう思っても無駄だぞ」


「ええっ?! 週一って……まさか、お兄ちゃん、転勤になったの?」


「転勤までは無理だったけど、長期出張だ。しばらくこっちの会社の寮に入る事になったから、休みの日にご飯でも食べに行こうか? 美味しいものでも奢ってやるよ」

 急な展開に咲良は何がどうなっているのか、訳が分からなかった。


 大樹はこれから仕事でお世話になる篠原教授に会う時間だからと、行ってしまった。咲良は兄の後姿を見送りながら、先程の嵐のようなひと時の出来事を思い返した。

 (やっぱり、恋人なんだ……)

 彼女が『恋人よ』と言って腕を組んだ二人の姿を思い出すと、胸が詰まった。

 じゃあ、神崎さんとは別れてしまったのだろうかと咲良の頭の中は次々に疑問が浮かんではグルグルと回り出す。

 (でも、そんな事より、お兄ちゃんよ。しばらくこっちにいるって……どうしよう)

 咲良には、兄の来訪がこんなに事態を急変させるなどと思いもしなかった。



          *****


「お兄さん、どうだった?」

 兄が来た日の夜、由香が好奇心の眼差しを咲良に向けた。


「どう、って?」


「ほら、身辺調査とか、言っていたじゃない?」

 (あれはある意味身辺調査になってしまったかも……)

 咲良の頭の中は、瞬時に王子や彼女との遭遇が駆け巡った。


「それは、村上君が言った事でしょ。何もないよ」

 結局、由香に話すのをためらってしまった。


「なんだ、つまんない」

 (つまんないって……面白がっているんだから……)

 咲良がムッとして顔をしかめると、由香は笑った。



「咲良、あのね、告白は今度の日曜日だから」

 突然の由香の宣言に、咲良は唖然とした。


「……こ、今度の日曜日って……」


「咲良、この間言っていたでしょう? 同じ日に告白するって。前から恭ちゃんに入学のお祝いに美味しい物を奢ってやるって言われていて、今度の日曜日に逢う事にしたから、その時に告白するつもりなの。すると決めたら、さっさとしてしまわないとね」

 由香の決断力に驚きながら、咲良は内心途方に暮れた。

 ……どうしよう。告白は自分から言い出した事だから、今更止めるとは言えない。


「あ、あのね、お兄ちゃんの出張って今日だけじゃなくて、しばらくこちらにいるんだって。それでね、工学部のなんとかっていう教授と共同開発するらしくて、仕事で毎週来るらしいの」


「ダメダメ、お兄さんを恐れて何も出来なかったら、ずっと恋愛出来ないよ。それとも、お兄さんの言いなりになるの?」


「そんな………」

 そんな事無いと言いかけて、咲良は口をつぐんだ。

 由香の言う通りだ。

 お兄ちゃんの言う通りにしていたら、いつまでたっても恋愛なんてできない。心配してくれているのは分かるけど、辛い事も経験しないと成長できないのだから。


「わかった。頑張る」


「じゃあ、明日のサークルの時、誘ってみる? 咲良が言い辛いんだったら、私から誘ってみようか?」

 明日がサークルだと言う事をすっかり忘れていた咲良は、今日の王子を思い出すと、正直顔を合わせるのが辛かった。

 

 『もうアイツには近づくな。サークルにも行くな』

 兄の言葉が蘇る。流されてはいけないと思いながらも、サークルに行くのが怖い。

 どんな顔して王子に対峙すればいいのか。

 やっぱり逃げ出したい。

 

 



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