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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第一章:大学受験
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3.驚きの真実

 12月に入ると、推薦入試の結果が次々と出て、咲良は自己推薦で受けた私立S大学の合格を手にした。柚子も、もちろん合格だった。

 一つ合格を手にした事で、少し安堵の気持ちが芽生えたが、咲良はまだ両親にも担任にも、ましてや親友の柚子にさえも、Q大の話は出来ていなかった。唯一Q大の名を出した塾では、模試の結果がいい方向へ向いているせいか、講師がさりげなくQ大のアドバイスもしてくれるようになった。センターとは違い、Q大は3教科での受験で、苦手な数学が無い事に、咲良は内心ほくそ笑んだ。



「ねぇ、お母さん。大学から家を出るって、どう思う?」

 クリスマスが近づいたある日、咲良は思い切って母親に尋ねてみた。


「えっ? M大(地元国立大学)もS大(地元私立大学)も家から通えるじゃない? 一人暮らしがしてみたいの?」

 母親のもっともな切り返しに、咲良は内心慌てた。


「いや、あの……県外の大学なんかだったら、どうかな……とか?」

 先読みのできない咲良は、自分の計画性の無さに途方に暮れた。


「ええっ?! 咲良、M大を受けるんじゃなかったの?」

 この時期になってこんな事を娘が言い出したら、親としては驚くのは無理もない。

 咲良は母親の驚きの声に(ひる)み、「もしもの話よ、もしもの話」と言葉を濁して自室へ逃げ込んだ。


 前途多難である。

 これではQ大を受験する事さえ難しそうだ。

 受験しない事にはこの妄想は妄想のままだ。

 咲良は自問し続けた。

 本当にQ大へ行きたいのか?

 家を出て東京の大学へ行く覚悟はあるのか?

 飯島彼方の講義、大学生の王子の妄想が脳内を駆け巡る。

 (咲良、このまま両親に言い出せず、Q大を受験しなかったら、この大きくなりすぎた妄想を諦め切れる?)

 思い返せば、自分の進路に関して、何の考えも持っていなかった咲良だった。

 初めて進路希望を提出する事になった2年生の時、柚子に『一緒にS大へ行こう』と誘われたのが、S大を志望する事になった発端だった。そして、3年生の夏休み前の3者懇談の時に、『山野なら、M大も狙えるんじゃないか?』と担任に言われ、それを聞いた母親が強くM大を勧めて来た事がM大を第一希望にした切っ掛けだった。

 やはり流されやすい性格は、自分の進路を決める時でさえ発揮されていたのかと、今更ながら気づいた咲良は、Q大は流された訳じゃ……と思いかけて(にが)い気持ちになった。

 (結局Q大だって王子の事がなければ、考えもしなかったじゃないか)

 それでも! と、咲良は思い直す。

 (飯島彼方の講義を受けたいと言う想いが無ければ、ここまで本気で考えなかったよ)

 咲良は自分の心の叫びに、あらためて自分の気持ちの本気さを自覚した。

 (こうなったら、当たって砕けろ! だよね)

 咲良は思い立ったら吉日とばかりに、父親の帰宅を待って、両親に頼みこむ事にしたのだった。


        *****


「お父さん、お母さん、私……もう一つ受けたい大学があるの」

 21時前に帰宅した父親が夕食を済ますのを待って、話があるとリビングで両親と向かい合った咲良は、早速に切り出した。


「えっ? 咲良はM大を目指していたんじゃないのか?」

「そうよ。それにもうS大も受かっているし……」

 両親の反応は、想像通りのものだった。でも、言い包める様な策を講じる頭が働く訳もなく、咲良は真っ直ぐにぶつかるだけだった。それでもすぐにQ大の名前を出せないのは、やはり東京の大学だったから。


「うん、そうなんだけど……、あのね、あの……作家の飯島彼方っているでしょ? その飯島彼方が講師をしている大学があって、講義を受けたいなぁって思って……」

 咲良は、しどろもどろな自分が情けなくなりながら受験理由を説明した。すると急に父親の目が見開かれた。


「飯島彼方って……おまえ、Q大か?!」

 (えー!! どうしてお父さんが知っているの?!)

 今度は咲良の方が驚いた。「どうして……」知っているのと問いかけた言葉を断つように、母親も声を上げた。


「Q大って、お父さんの母校じゃないの」

 (ええっ!!!)


「そうだよ。咲良、本当にQ大を受けたいのか?」

 父親は咲良を真っ直ぐに見つめて問いかけた。しかし咲良の頭の中はパニックだった。


「そ、そんな事より、お父さん、母校って、まさかQ大へ行っていたの?」


「何を今更……今まで話した事、あっただろう? それより、Q大へ行きたいのか?」

 父親は呆れたように言うと、質問が「受けたいのか」から「行きたいのか」に代わっている。

 頭がまだ現状を受け入れられずにいる咲良は、返す言葉が出てこず、父親の質問に何度も大きく頷いた。


 それにしても、咲良はどうして父親の出身大学を知らなかったのか?

 それは、単に興味がなかったから。

 父親は大卒で、母親は短大卒と言うぐらいしか、咲良には認識が無かった。

 自分の進路でさえ、人に流されている咲良だから、それは仕方の無い事かも知れない。


「本当か? 本当に行きたいのか? 俺の母校へ行ってくれるのか?」

 父親の目が何やらキラキラと輝いている。

 (お父さん、もしかして嬉しそう?)


「お父さん、母校へ子供が入るのが夢だったものねぇ」

 母親は感慨深げに言う。

 (えっ? そうなの?)

 咲良は驚いて母親を見た後、父親の方へ視線を向けた。父親は少し照れたように笑っている。


「大樹の時も、お父さんはQ大を勧めていたんだけどね。大樹は関西の大学しか考えてなかったからねぇ。あの時、お父さんったら、がっかりしちゃってねぇ」


「えっ? 私はQ大を勧められてないけど……」

 (もっと以前だったら、勧められてもQ大なんて考えられなかっただろうけど)


「咲良は2年生の時からS大って言っていたから、家から通える所がいいのかと思っていたのよ。それに女の子だから、私もその方が安心だったしね」

 母親の苦笑交じりの言葉を聞いて、やはり家にいて欲しいのかな? と咲良は不安になった。


「じゃあ私、Q大を受験してもいいの?」


「いいも何も、受験しなけりゃ、Q大に入れないだろう?」


「うん、そうなんだけど……東京なんだよ? いいの? 家から出ても?」

 父親は今更と言わんばかりに、呆れたように笑った。


「咲良、それで夕方、あんな事を聞いて来たのね? Q大へ行くなら、仕方ないでしょ」

 母親も呆れたように笑っている。咲良は目の前の両親の様子を見て、やっと安堵の息を吐いた。


「それより咲良、Q大に合格できそうなのか?」

 急に心配そうに父親が問いかけた。


「そんなの受けてみなきゃ分からないわよ。でも、塾では夢じゃないって言われたよ」

 咲良の言葉を聞いて、父親は何とも言えない表情をした。


「そんなので大丈夫なのか?」

 

「咲良は最近とっても頑張っているんですよ。Q大の事があったから、余計に頑張っていたのね。でも、お母さん、ちょっと安心したわ。咲良って大学進学の目的ってあまり考えてなかったでしょう? たとえそれが好きな作家の講義を聞きたいって事でもいいの。自分の意思で決めた進路ならね」

 母親の言葉は素直に嬉しかった咲良だけれど、何となく後ろめたい気持ちがあるせいで、誤魔化すように微笑むしかなかった。




 



 


ここまで読んでくださった方、お気に入り登録してくださった方、ありがとうございます。

この後も、よろしくお願いします。

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