29.一歩前へ
更新が遅くなってすいませんでした。
何とか年内に更新する事が出来て、ホッとしています。
今回もどうぞよろしくお願いします。
篠田のクスッと言う笑い声で我に返った咲良は、からかわれたのだと少しムッとした。
「篠田さん、からかわないでください」
「別にからかってる訳じゃないよ。咲良ちゃんと付き合ったら面白いだろうなぁって思ってさ」
「面白いって……それがからかってるんじゃないですか。それに、私はそんな簡単に付き合うとかできないです」
咲良が上目遣いでにらむと、篠田はハハッと笑った。
「あー、咲良ちゃんに振られてしまった。やっぱり石川には勝てないなぁ」
「何言ってるんですか? 篠田さんなら、選り取り見取りでしょう?」
「たった今咲良ちゃんに振られたばかりなのに?」
反対に訊き返されて、咲良は言葉に詰まった。
なんだかこんな会話をしていると兄と話している様な気になってきた咲良は、ふと閃いてニコッと笑った。
「篠田さん、妹はいかがですか? 仕方ないので、私が妹になってあげましょう」
咲良の言葉に呆気に取られた篠田は、今度は盛大に笑い出した。
「全く君は何を言い出すかと思えば……でも、それもいいね。俺は男兄弟しかいないから、妹は欲しかったんだよ」
「私のお兄ちゃんは今関西にいるので、篠田さんは東のお兄ちゃんと言う事で……」
咲良がここまで言った途端、また篠田は吹き出した。
「咲良ちゃん……相撲の番付けじゃないんだから……まったく面白いなぁ、君は」
自分でもバカな事言ったなぁと思った咲良は、篠田の笑いにつられるように苦笑した。
兄の大樹とは全く似ていないのに、だんだんと篠田に兄と話している様な気やすさや安心感を感じ始めた咲良だった。
「ところでさ、合コンの話を断ったとして、咲良ちゃんは友達になんて説明するの?」
「そのまま断られましたって言うつもりだけど……」
「でもさ、その友達、今度は別の人に合コンを申し込むかもしれないよ? 咲良ちゃんは友達には好きな人にぶつかって欲しいんだよね?」
「それは、そうだけど……」
咲良は、自分が告白しないと由香も告白しないと言われているので、どうやって説得したらいいか分からなかった。
「一ついい方法があるけど、やってみる?」
篠田は何の邪心もない様に親しげに笑った。
なんだかその笑顔が神様の様で、咲良はウンウンと頷いていた。
「どんな方法なんですか?」
咲良は期待に胸を膨らませて訊き返した。
「君が石川に告白する事だよ」
「な、何言ってんですか? それが出来ないから、篠田さんに合コン申し込んだんでしょう?」
篠田のとぼけた様な提案に、咲良の期待の風船は一気に萎んでしまった。
がっかりして肩を落とした咲良は、そんな提案をした篠田に腹が立つような、拍子抜けする様な気分になった。
「でもね、君が勇気を出したら、お友達も好きな人に告る勇気がわくと思うよ」
「そんな事……」
わかってるわよと心の中で咲良は呟いた。
「ねぇ、咲良ちゃんは石川と付き合いたいとか、思わないの?」
「そ、そんな、おそれ多い!!」
こちらの気分などおかまい無しに篠田が問いかけてくるから、思わず咲良は本音が出てしまった。
「咲良ちゃん、おそれ多いって……石川は王子様じゃないんだから……そう言えばアイツ、何とか王子って呼ばれてたっけ? でも石川はたとえ王子と呼ばれていたって、庶民なんだから」
(いや、いや、いや、王子は王子なんですぅ)
そう、王子の実家は酒造会社を経営するお金持ちらしい。所謂お坊ちゃまなのだと、そのくらいの噂は咲良も聞いている。最低限の彼のプロフィールは、高校の時に彼のファンから嫌という程聞かされてきたのだ。ただ見つめるだけで幸せだった咲良には、どうでもいい情報だったけれど、付き合うとか考えると(今まで考えた事もないが)そんな事まで気になってしまう。
「彼はセレブなんです」
咲良が小さな声で言うと、またまた篠田は笑い出した。
「咲良ちゃん、もしかして身分違いだとか思ってる? SP付く程のお金持ちじゃないだろ? 結婚する訳じゃなし、そんな事気にしなくても良いんじゃないの? それとも付き合うのなら結婚まで考えないととか思ってるの?」
篠田の鋭いツッコミに思わずプルプルと首を横に振った咲良は、心の中で結婚なんて……妄想の範ちゅうにも無かったと思っていた。
「あのさ、咲良ちゃん。君は高校の時にずっと石川の事を見ているだけの片思いをしていた訳だ。でも、せっかく石川と同じ大学にはいったんだから、少しは今までより前に進もうと思ってもいいんじゃないの?」
篠田に言われた言葉で、卒業式の時に思った事を思い出した。
――――――見つめるだけの恋から、一歩前へ。
それでも天の邪鬼な咲良は素直になれなかった。
「だから、石川君とはお友達になれたから……それで充分なの」
「同じサークルに入るところまでは頑張ったと思うけど……」
「同じサークルなのは、偶然だから!」
まるで咲良が狙ったように王子と同じサークルに入ったみたいに思われては堪らないと、咲良は篠田の言葉を断つように口を挟んだ。
「へぇ~、沢山あるサークルやクラブの中から、同じサークルを選ぶ確率って、すごい事だと思うよ。これって、神様も味方してるんじゃない? だったら、頑張ってみても良いと思うけど? このまま石川だけを片想いで4年間過ごすつもりなの?」
篠田にそんな風に言われると、そんな気もして来て、咲良の心は揺れた。
(4年間片想いだけって、やっぱりちょっと淋し過ぎるかな?)
「でも……告白なんかしたら、もうサークルに行けないよ」
「大丈夫。安くて美味しいお店は、俺が教えてあげるから。それに、まだ駄目だとは決まってないだろ? もしもダメだったら、俺がイケメンをそろえて合コンを企画してあげるよ」
篠田の励ましているのか、慰めているのか、分からない言葉でも、咲良の心は揺れ続けた。
「もう十分片想いはしてきただろ? そろそろ次のステージに進んでも良いんじゃない? ダメなら新しい恋を目指せばいいんだから。せっかく親元を離れて東京の大学へ来たのに、楽しい思いもしなきゃ」
「そうだよね……今までは遠くから見てるだけだったから、それだけで幸せだったけど、今は距離が近いから、いろいろな事が見えて苦しい事もあって……そろそろ踏ん切りつけてもいいのかもしれない」
王子との距離が近づいた分、見ているだけの時の様な気持ちとは、少しづつ自分の気持ちも変化している事を咲良は何となく自覚していた。
「そうそう、片想いに踏ん切りを付けるためにも告らなきゃ。友達もきっと、誰かに背中を押して欲しいんだよ。君の勇気が友達の背中を押す事になるから。二人一緒なら勇気も倍になるよ。頑張れよ。どんな結果になっても、後は俺が引き受けてやるから」
(お兄ちゃん……)
本物のお兄ちゃんなら言いそうにない事なのに、どこか頼もしく感じて兄を思い出した。あんなお兄ちゃんだけど、やっぱりどこか頼りにしているのだ。
咲良はウルウルしながら「ありがとう」と篠田に言った。
*****
その日の夜、咲良は由香にいつ話そうかとタイミングを計っていた。
篠田の『君の勇気が友達の背中を押す事になるから』と言う言葉に煽られ、どこか気持ちは高揚している。
「由香、あのね。私、石川君に告白する事にしたの。だから由香も幼馴染に思いを伝えてね」
咲良は暗記したセリフのように、一気に言いきった。目の前の由香の表情が驚きの物に変わっていく様を見つめながら、咲良は彼女の反応を待った。
「咲良、本気なの?」
由香はいぶかしむ様な表情で、咲良の気持ちを探るように問いかけて来た。咲良は想定内の由香の反応に、大きく頷いた。
「どうして急に気持ちが変わったの? なんだか信じられない。もしかして、石川君に何か言われて、上手くいきそうだから?」
由香は不審げに立て続けに質問をぶつけてきた。けれどそれは、有り得ない憶測だ。
「そんな訳無いでしょう? 石川君には彼女がいるのに」
「じゃあ、どうして?」
由香の強い調子の問いかけに、咲良は怯みながらも、彼女を説得しなければと焦る。
「振られるの分かってても、告白して目の前で振られないと、踏ん切りがつかないと思うの。このまま何も言わずに諦めようと思っても、ずっと片思いだったから、このままずるずる片思いを続けてしまいそうで……でも、今の状態はあまりにも彼に近づきすぎたから辛いのよ。それに、せめて思いを告げなきゃ、3年も片思いを続けてきた自分が可哀想かなって……」
咲良は篠田に言われて告白する事を決めてから、自分の中で何度も由香への言い訳をシュミレーションして来た。どう言えば彼女の背中を押せるのか……。結局咲良は、ありのままの気持ちを伝えていた。
咲良の言葉を聞いた由香は、どこか共感する物があったのか、辛そうな顔をした。
「私は逃げたのよ。告白する事で、決定的な拒絶をされるのが怖くて……でも、他の人に気持ちを向けて諦めようと思ってもダメだった。咲良の言う通りかもしれない」
「じゃあ、由香も思いきって告白しよう? ダメだった時は篠田さんがイケメンをそろえて合コンしてくれるって」
「えっ? 篠田さん? 篠田さんと話をしたの?」
咲良は由香の背中を押せたと喜び、黙っていようと思っていた篠田の事を、つい口にしてしまった。咲良は思わず「あっ」と言うと口を手で押さえた。
「どう言う事よ? 咲良」
「あ……、だから、合コンの話をしたら、石川君の事を諦めるのかって言われちゃって……いろいろ突っ込まれて、いつの間にか合コンに誘った理由を説明させられてて……で、でも、友達がとは言ったけど、由香の事だとは言って無いからね」
由香が睨んでいる様な気がして、咲良は焦って説明した。
「わかったわ。結局篠田さんは、咲良より何枚も上手だったと言う事ね。……って、篠田さんは咲良が石川君の事好きだって知ってたの?」
由香にあらためてその事を指摘され、咲良が情けない顔で「バレバレなんだって……」と言うと、由香は「やっぱり?」と笑い出したのだった。
次回から新章になります。




