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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第二章:憧れのその先
25/80

25.咲良の心情、友の事情

 分かっていた事なのに……どうしてこんなに苦しいの?


 王子が帰って行った後、由香が突然『私達も寮で夕食を用意してもらってあるので、この辺で帰ります』と言い出し帰って来た。いきなりで申し訳ないと思ったが、正直助かったと咲良は帰り道に、やっと胸のつかえを吐き出すように息を吐いた。

 いつもなら絶対にさっきの王子の話をしそうな由香が、寮に着いてからも一切触れてこない。なんだか返ってそれが、気を使わせているようで辛かった。


 後は寝るだけとなり、ベッドに腰掛けて、咲良は又小さく息を吐いた。

「石川君って、意外と無神経だよね?」

 向かいのベッドに座って爪の手入れをしていた由香が、今まで口にしなかった王子の話を出した。

 我慢しきれなかったのだろうか。

 咲良が驚いて顔を上げると、由香は少し怒ったような表情で話しを続けた。

「だって、想像に任せますなんて、彼女にしたら存在を否定されてるみたいじゃない?」

 確かにそうかもしれない。彼女だったら皆の前でも彼女だと認めて欲しいはずだ。ましてやモテモテの彼氏なら余計に。それでも……。

「で、でも、石川君はからかわれるのが嫌なだけなんじゃないかな?」

 思わず王子を庇うような事を言ってしまうのは、もはや条件反射だろうか?

 言ってしまった後でグルグルと悩む咲良を見て、由香は大げさに溜息をついて見せた。

「咲良ってば、石川君の事になると、どんな事でも良い風に考えるんだね?」

「そんなこと……」

 由香の言葉に勢い込んで顔を上げ反論しかけた咲良は、「ない」と言葉を続けられなかった。

 さっき条件反射だと自分でツッコミを入れたばかりじゃないか。


「ねぇ、咲良。咲良は本当に石川君の事が好きなの? やっぱり自分の想いを伝えようとか、彼女になりたいとか思わないの?」

 いつもと違う真面目な顔で真っ直ぐに咲良を見る由香は、嘘やごまかしは許さないと瞳が語っている。だから、いい加減には流せなかった。

 (私、王子の事、どう思っているんだろう?)

 憧れの人である事は間違いない。見ているだけで良かった。見ているだけで幸せだった。

 でもそれって、芸能人を憧れるのと変わらないのじゃないだろうか?

 王子と話をするようになって、ぐっと距離が近づいて、今まで知らなかった王子を知って、やっぱり素敵な人だなと何度も思った。

 でも、この想いを告げたいとか、彼女になりたいとかって……それはダメだと思う。

 彼女のいる人に想いを告げるなんてダメだと思っている。横恋慕だけはしたくない。

 こんな想いは本気の好きじゃないのかな?


「私、本気で好きな訳じゃないかも……」

「はぁ? 本気で好きじゃないって……じゃあ、どうしてそんなに辛そうなの?」

「えっ? ………」

「咲良、居酒屋で石川君が帰ってしまった後、とても辛そうな顔してたよ」

「辛そうって……」

「石川君の事が好きだから、辛いんでしょ?」

「そうなの?」

「そうなのって……自分で分からないの?」

「………あの時、胸が苦しかった」

 咲良は又今日の事を思い出して、顔を歪めた。

「咲良……」

 由香はもうそれ以上何も云わなかった。


        *****


 翌日、いつもと違う学食でランチを済ませた後、次の講義のある文学部棟へと戻ろうと歩き出した時、「由香」と呼ぶ声に、咲良と由香は立ち止った。見れば長身のキリリとした眉が印象的な硬派な感じの男性が驚いたような顔をして、足早にこちらへ近づいてくる。一方の由香の方を見れば、同じく驚いた顔をして茫然とその人を見ている。

「知り合い?」

 咲良は二人の驚いた顔を不思議に思い、思わず尋ねていた。しかし、由香が答える前にその人は由香に近づきながら怒ったように言葉を発した。

「やっぱり、由香だ……おまえ、Q大へ入った事、どうして俺に言わないんだよ」

 彼の言葉に由香はハッと我に返り、一瞬バツの悪そうな顔をしたかと思うと、フッと顔そそらして「別に。(きょう)ちゃんに言わなくちゃいけない訳でもないでしょ。今、分かったんだから良いじゃない。時間が無いから行くわね」

 由香は顔を(そむ)けたまま一気にそれだけ言うと、くるりと背を向け歩き出してしまった。

 訳が分からないと言う風に茫然としていた彼が、背を向けた由香の名を呼んだが、由香は振り返らない。

 咲良は慌てた。由香の名を呼んでいるこの人を放ったまま、由香を追いかけていっていいものかと考えたが、どうしようもないので、咲良はその人にペコリと頭を下げると由香を追いかけた。

 彼の方も連れがいたせいか、由香を追いかけてくる事はなかった。

 咲良は由香を追いかけながら、あれはいったい誰だろう? と考えていた。

 どう見ても年上の様な気がする。彼もQ大生の様だし……。

 確か、由香は恭ちゃんって呼んだから、知り合いだよね?

 

「由香、待ってってば」

 何とか追いついて呼びかけると、由香は驚いたように振り返った。

「あ、ごめん」

 バツが悪そうに小さな声で謝る由香は、いつもの元気が無くて彼女らしくない。

「さっきの人、知り合い?」

「うん、まあ。実家の隣の幼馴染って奴」

「あの人もQ大生なんでしょ?」

「Q大生と言っても、法科大学院だけどね」

 こんな由香は初めてだと思いながら、咲良は由香と彼の関係について考えていた。

「ねぇ、もしかして、会いたくない相手だったの?」

 咲良の問いかけに、由香は驚いたような顔をしたが、すぐに小さく苦笑すると「Q大に入った事話してなかったから、バツが悪かっただけ」と答えた。

 咲良はなーんだと思いながら、「そうだったんだ」と安心したように笑った。

 由香の態度が余りにいつもと違ったから、卒業と同時に別れたと言う人だろうかとか、好きな人だろうかとか考えていたので、正直少しがっかり感もあった。

 いつも自分ばかりが王子の事で言われっぱなしだから、反撃のチャンスかと咲良が内心思った事は、内緒だ。


 

 いつもの由香に戻った事で、この出来事は咲良の頭の片隅に押しやられ、翌日その幼馴染に声をかけられるまで、その存在を咲良はすっかり忘れていた。

「君、昨日由香と一緒にいた人だよね?」

 その日の講義の後、図書館でレポートのための資料を探していた時、いきなり声をかけられた咲良は、驚いて声の方を向いた。その日、由香はアルバイトがあるため帰ってしまい、咲良は一人きりだった。

「えっ、ええ、そうですけど……」

 (この人、由香の幼馴染さんだよね?)

「今日は由香と一緒じゃないの?」

「由香はアルバイトで……」

「アイツ、アルバイトしてるんだ。どこで?」

「あ、駅前の書店で……」

 咲良は言ってしまってから、勝手に由香の事を話しても良かっただろうかと、思案した。

「ふ~ん、そうか……あの、昨日あれから、由香は何か言ってた?」

「えっ? あ、あの、幼馴染だって……Q大へ入った事言って無かったから、バツが悪かったって……」

 さっき由香の事を話しても良かったかと思案したのに、問われると上手く誤魔化せない咲良は、結局正直に話してしまう。

 咲良の返事を聞いた彼は、一つ息を吐き出すと、小さく「そっか」とつぶやいた。そして咲良の方を見て、少し苦笑いをした。

「俺は由香が中三から高二まで家庭教師をしてたんだよ。アイツが高三になった時、予備校へ行くからって家庭教師を断って来て、俺も丁度法科大学院の受験があったから遠慮したんだと思うんだ。でもそれっきり、アイツと会う事も話す事もなくなってしまって……ずっとQ大へ行きたいって言ってたから、4月になっても何も言ってこないから、心配してたんだよ」

 彼は少し沈んだ様子で話すと、最後に独り言のように「合格したのなら、どうして言ってくれなかったのかな」と呟いた。

 咲良は、目の前の彼が気の毒になってしまった。どうして由香は、お世話になった幼馴染に何も言わなかったのだろう。

「ごめん。君を巻き込んで。今話した事、由香には黙っていてくれるかな? ……えっと、俺は橘恭兵(たちばなきょうへい)って言うんだけど君の名前は?」

「わ、私は、山野咲良です」

「山野さん、か。ごめんね。今日、俺と会った事も由香には内緒にしておいてくれる?」

「わかりました」

「本当にごめんね。じゃあ、由香の事よろしくね」

 去って行く彼の後姿が淋しそうに見えた。

 由香と彼の間に何かあったのだろうかと、咲良はしばらくその場に立ちつくして考え込んでいた。





 



 

 




 

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