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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第二章:憧れのその先
23/80

23.王子の噂

お待たせしました。

どうぞよろしくお願いします。

 (もう! 何が苛めたくなるタイプよ!)

 あの日のランチの事を思い出すと、カッと顔が熱くなって、心の中で悪態をついてしまう。今は王子のキラキラスマイルも皮肉な笑みに思えてしまう。

 高校の頃の爽やか王子がとても遠く感じるなんて……。

 咲良は溜息を吐くと、あの日の夜の由香の言葉を思い出した。


『咲良は、石川君に憧れすぎて、理想化しているだけじゃないの?』


 あれは、由香が『石川君って、咲良の気持ち分かっていてわざとからかっているんじゃないの?』なんて言いだしたから、『石川君はそんな人じゃない』と咲良が言い返したからだ。

 自分でも薄々感じていた。王子に近づけば近づく程、遠くから見ていたイメージから少しずつずれていくリアル王子。

 咲良はハーと大きく息を吐き出すと、ある事に気付いた。

 (私、最近、妄想していない!)

 王子の妄想で受験を乗り越えた。それなのに今は、妄想が出来なくなっている。

 今まで妄想の中でもなかなか王子に近づけなかったのに、現実でこんなに近付いてしまうと、妄想する事さえできなくなってしまった。今のこの現実以上の妄想なんて、恐れ多くて……。


『咲良は、今まで見ているだけで満足していたから、現実の石川君の接近に困っているんでしょ?』


 由香の言う通りだ。王子の前に出るとドキドキするのに、その上にあの微笑み付きで話しかけられるなんて、自分の妄想にもなかった事だし、自分なんかに王子が親しく接してくれるなんて有り得ない事だったから、困るのだ。

 それ以上に困るのは、この現実を喜んでいる自分がいる事だ。この現実に慣れて、この現実が当たり前になると、もっと近づきたいと欲が出て来そうで怖い。


『石川君って、小学生が好きな子を苛めるように、わざと咲良を困らせて苛めているんじゃないのかな?』


 由香がそう言った時、あり得ないと思ったけれど、どこか浮かれている自分がいる。

 自分の想いのストッパーだった王子の彼女は、今はここにいないから……。

 

 

*****


 5月も終わりに近づいた頃、衝撃の噂を聞かされた。

「今日ね、ホホエミ王子が学食で修羅場だったらしいの」

 平和な気分で夕食を食べていた時、少し遅れてやって来た工学部の葉奈が、夕食のトレーをテーブルに置いて座るなり、テーブルのメンバー全員を見やりながら、(おもむろ)に言った。


「ええっ?! 石川君が?!!」

 真っ先に反応したのは、やはり由香だった。

 修羅場? 咲良は王子に一番似合わない言葉だと思ったが、思い直した。

 牽制していた神崎さんがいない今、王子を争って修羅場になってもおかしくない!!

 皆の目が少し興奮気味に次の言葉を期待して葉奈に集中した。


「工学部の院生の年上美人が、彼女を追いかけ回していた男にこの人と付き合っているからって、石川君を紹介したんだって。でもその男が信じられないって、こんな年下の頼りないのが良いのかって言い返して、修羅場になったらしいよ」

 えっ……年上美人? 付き合っている? じゃあ、神崎さんは?


「えー!! 石川君を巡る修羅場じゃないの? いきなり出て来た年上美人って何者?」


「私もよく知らないんだけど、別の大学院から今年ここの大学院へ入りなおしたらしいよ。それに、彼女は石川君の遠縁に当たるらしくて、同じ石川さんって言うんだって。だから以前から知り合いみたい」

 以前から知り合いって……でも、王子には彼女がいたのに。別れてその人と付き合う事にしたのだろうか? やはり遠距離は難しかったのだろうか?

 咲良がグルグルと考え続けている内に、皆が次々と質問していく。その度に葉奈は淡々と答えていった。


「ええっ? 知り合いだったって、まさか、石川君に合わせて移って来たとか?」


「そんな噂も出ているね。それに、そのストーカー男は前の大学で一緒だったみたいで、逃げるためだとか……」


「葉奈ちゃん、やけに詳しいね」


「友達がその時学食にいて、一部始終を見ていたのよ」


「そんなに美人なんだ?」


「私は見ていないけど、そうらしい」


「石川君って年上好みなのね」


「やっぱり美男美女がカップルになるのね」


「良い男はやっぱりすぐに誰かのものになるのね」


 皆が言いたい事、訊きたい事をひとしきり言った後、少し興奮が収まったのか夕食の続きを食べだした。けれど、咲良は一気に食欲が無くなってしまった。



 その夜、由香は少し気の毒そうに咲良に言った。

「やっぱり石川君、別れていたんだね。咲良、気を落とさずに……今までも彼女がいるって思っていたんだし、彼女が変わっただけだから……って、慰めにならないか……。でもさ、こんなに大きな大学なんだから、素敵な人は他にもいるよ」

 そう、由香の言う通りなんだろう。いつまでも実らない恋を続けるより、新しい恋をした方がいいのだろう。


「由香、ありがとう。大丈夫だから」

 皆どんなふうに、心の中の想いを消して、次のドキドキを見つけるのだろう?

 でも、由香の言うように、せっかく大学生になったのに、不毛な片想いだけで終わるのは寂しいかもと最近思うようになってきた。由香に感化されてきたかな。

 咲良は心の中で苦笑した。

 ショックだけど、彼女がいる事は分かっていた事だから……。

 ううん、本当は、どこか浮かれていた自分が、情けなかったのだ。

 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせると、咲良は辛い気持ちにそっと蓋をした。


        *****



 衝撃の噂を聞いてから最初のサークルの日、少しだけ行く事に躊躇した。咲良は噂を知らなかった時のように王子と接する自信が無かった。それでも休む理由もないし、由香にも心配をかけたくなくて、いつものように部室へ向かった。


「石川、お前修羅場だったんだって?」


「そうそう、すごい年上美人と付き合っているんだって?」

 部室ではやはりあの噂を皆知っているのか、先輩達が王子にからかい気味に声をかけた。それでも王子は照れも焦りもせず、何を言われても否定も肯定もしなかった。ただ、「噂のネタを提供するつもりはありませんよ」と微笑んでいる。

 その姿が王子らしいのか、そうでないのか、咲良にはよく分からなかったが、王子が知らない男の人の様に見えてしまった。



「山野さん、飯島彼方の講義はどう?」

 困惑している咲良の心情などお構いなしに、王子はいつもの調子で話しかけて来た。

 あんな噂を聞いた後なのに、いつもと変わらず話しかけられた事に、心のどこかで喜んでいる自分がいるのに気付いて、咲良は舌打ちしたい気分だった。

 どう? と言われて、どう答えればいいのか……咲良が考え込んでいると、王子は続けて「やっぱり若くてイケメンだとダメだった?」と微笑みながら訊いて来た。

 またその話……早く忘れて欲しいのに。

 

「飯島先生は外見も素敵だけど、講義も素晴らしいの」

 咲良は、いつものようにマイペースな王子にイライラして、少し八つ当たり気味に反発するように答えた。それでも王子は相変わらず微笑んだまま、「そうなんだ。良かったね」と返してくる。そんな王子見ていると、余計にイライラする咲良だった。



 その日のサークルの終わる頃、篠田が部室にやって来た。

「なんだ、篠田、今頃やって来て。バイトは良かったのか?」

 部長の菊地の問いかけに、篠田は綺麗な笑顔で「ああ、バイトは休み。今日は咲良ちゃんに用があってね」と答えている。

 咲良は驚きを通り越して、皆の視線に背中がゾゾッと凍るような思いをした。

 (な、なぜ、私に用が?)


「咲良ちゃん? ああ、山野か。なんだよ、おまえの方から女の子に会いに来るなんて珍しい」

 菊地が言っている傍で、咲良と目があった篠田は嬉しそうに笑った。


「菊地、もう終わりだろ?」


「ああ、そうだな。じゃあ、これで解散」

 菊地は篠田に返事をすると、皆の方を向いて定例会の終わりを告げた。

 皆がガタガタと音をさせて椅子から立ち上がると、次々に部室を出ていく。出ていく前に皆が咲良の方へ視線を向けていくのだから、なんとも居心地が悪い。


「咲良ったら、すっかり篠田さんに気に入られちゃって」

 他人事だと思って能天気なセリフを言う由香に、ムッとしたが、これが由香だからと自分の気持ちを静める。

 (こんなにイライラするのは、王子のせいだ)

 咲良は、心の中で篠田の事まで王子に八つ当たりしてしまった。


「篠田さん、こんにちは」

 早速に由香は篠田に挨拶をしている。咲良も仕方なく挨拶をすると、篠田も二人の方を見て綺麗な笑顔で挨拶を返してきた。


「咲良ちゃん、今日は時間があるから、約束していた写真を撮ってあげようと思って……」

 篠田の言葉を聞いて、この間言っていたのは社交辞令だと思っていた咲良は驚いた。

 そもそも、約束などしていない。それに、写真など誰にでも撮ってもらえるのだから。


「篠田さん、私も一緒に撮ってもらってもいいですか?」

 すかさず由香が口を挟んできたので、咲良は断り文句を言うタイミングを逃してしまった。


「ああ、咲良ちゃんさえ良いのなら」


「咲良、良いよね? 一緒にとってもらおう」

 由香の問いかけに、咲良はもう断れない事を悟り、戸惑いながら頷いたのだった。


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