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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第二章:憧れのその先
22/80

22.王子のいたぶり?

「山野さん、渡辺さん、君達も行くでしょ?」

 ゴールデンウィーク明けの最初のサークルの日、咲良と由香が部室を訪れると、賑やかに歓談していた一群のなかの中心人物が、二人に気付くと笑顔で挨拶を返し、そして、微笑んだまま盛り上がっていた話を簡単に説明すると、冒頭の誘い文句を言ったのだった。

 今までと変わらぬはずの王子の笑顔が、ゴールデンウィークで近づいた距離のせいか、今までよりも親しみがこもっているように見えるのは、浮かれすぎだろうか。

 一瞬ポーっと見惚みとれて、王子の話を聞き逃しそうになったが、どうやら、巷で人気のイタリアンのチェーン店が大学内に出店していて、そこへ明日のランチを食べに行こうと言う事らしい。


 ニコニコとしている王子が、周りの誰にも相談する事なく二人を誘った時、彼の傍にいた女子二人の視線に不満の色がこもっていた事を、王子は気付かないのだろうか。この女子二人は、GW前に新しく入部した王子と同じ学科の女子らしかった。


「もちろん行きまーす。行くよね? 咲良」

 テンション高く了解の返事をした由香は、嬉しそうに咲良を見て首をかしげた。

 行かざるを得ない展開に、サクラが遠慮がちに微笑んで頷くと、二人に向けられていた視線の不満の色が濃くなったような気がした。

 (王子、空気読んで~)

 王子のお誘いは嬉しいけれど、周りの女子達との摩擦は避けたい咲良は、王子のいつものマイペースぶりに、心の中で小さく溜息を吐いたのだった。


 由香のテンションの高さは、GWの話をしたからだと思う。

 女子ってどうしてこう、人の恋愛話を喜ぶかな。

 自分も女子である事を棚に上げて、咲良が心の中でぼやくのは、由香に散々帰省での王子との話を根掘り葉掘りと訊かれ、しゃべらされたからだ。

 そして最後に由香が言ったのは「やっぱり私の思った通り石川君は咲良の事気になっているんだよ。やっぱり恋人とは別れたんじゃないの?」という結論だった。

 恋愛事になると妙にテンション高くなる由香に、もう何を言っても聞いてくれないのは、この短い同室生活で学習した。好奇心が半分以上を占めていたとしても、たとえそれが咲良にとってお節介でも、由香が咲良の事を思って親身になっていてくれる事は、咲良にも十分わかっていたから、もう何も言わなかった。


               ***


 次の日、咲良達はランチタイムに出遅れた。と言うのも、文学部棟からそのイタリアンのお店までが遠かったからだ。

 もう満席かもしれないねと話しながらも、どこかのんびりしていたのは、3時限目が休講で少しぐらいランチタイムがずれ込んでも構わないと言う余裕があったから。


「山野さん、渡辺さん、こっち」

 予想通り満席の上待っている人までいるので、二人で見合わせて溜息を吐いた時名前を呼ばれ、そちらを見れば、王子が笑顔で手を振っている。


「席を取ってくれていたみたいよ」

 由香が嬉しそうに王子達のテーブルへ歩いて行った。

 4人がけのテーブルに王子と村上が座り、向かい側の席を咲良と由香のために取って置いてくれたようだった。すぐ傍の隣のテーブルに目を向ければ、綺麗に化粧をした大人っぽい女子が4人。その内の2人は、王子と同じ学科の子達だ。そのテーブルからの睨むような視線に咲良は冷やりとした。

 (ううっ、視線が痛いよ)

 咲良は怖々と席に着く。やはり今回も村上の前だ。

 もう皆は注文済みだったので、急いで注文するべくメニューを見た。

 パスタにしようとメニューを見るが、ナポリタンかミートソースかカルボナーラぐらいしか知らない咲良は、冒険もできなくて、結局一番好きなカルボナーラにした。由香が、パンチェッタとルッコラのペペロンチーノを注文しているのを見て、どんなパスタか想像も出来ない咲良は、何となく自分が子供っぽい様な気がして恥ずかしかった。

 そうしている内に、先に注文した人達の分が届いた。王子達が自分達に気を使って食べずに待つといけないと思った咲良は、「どうぞ先に食べて?」と勧めた。


「このピザ、皆で食べようと思って注文したんだ。よかったら食べてみて?」

 ニッコリ笑った王子に反対に勧められてしまった。王子はパスタの他にピザを注文していたのだ。

 そんな王子の気遣いに、やっぱりいい人だなと咲良は心の中でニンマリした。


「わーいいの? いただきまーす」

 由香がさっそくに手を出している。

 (あー、少しぐらい遠慮してよぉ)


「ほら、山野さんもどうぞ?」

 王子に勧められ、咲良も「あ、ありがとう」と礼お言いながら、おずおずと6つ切りにされた一つに手を伸ばした。


「ねー、石川君。山野さんと同じ高校って、ホント?」

 突然、隣のテーブルの女子が訊いてきた。王子と同じ学科の内の一人だ。

 王子が席を取って置いてくれたりするから、彼女達を刺激してしまったのかもしれない。

 しかし、この後王子がとんでもない爆弾を落とすなんて、咲良は思いもしなかった。


「そうだよ。このゴールデンウィークも一緒に地元に帰ったんだ。ねっ、山野さん」

 咲良は血の気が引くと言うのを初めて体感し、それでもその場を取り繕うために「あ、そう、たまたま一緒のバスになって……」と無理に笑った。


「ふーん、たまたま、ね」

 そんな冷えた相槌が入って、咲良の肝も冷えた。

 (絶対、私が王子の乗るバスにわざと合わせたと思われている)


「ねーねー、石川君と山野さんって、高校の時から仲良かったの?」

 今度は、先程の彼女の隣の女子が声を上げた。

 (高校の時からって……今も仲良くないって!)

 その質問に咲良が唖然としている間に、王子は「高校の時は交流なかったんだけど、共通の友達がいたりするから。ねっ、山野さん」と答えてしまった。

 (それって……加藤君の事?)

 何気に皆の誤解を招いているような……。

 先程はこちらが誤魔化したから、王子の微妙な間違いを訂正できずに、咲良は曖昧に頷いた。

 相変わらず、由香と村上は面白そうにこの様子を傍観している。

 (助けてよ! 二人とも)

 その時、咲良と由香の注文のパスタが届き、隣のテーブルからの攻撃が止んだ。

 (あー助かった)

 咲良は心の中で安堵の息を吐いた。



 咲良と由香は届いたパスタを食べ、お互いのパスタも味見し合いながら、感想を述べ合っていると、前では王子と村上がアルバイトの話をしていた。


「村上君って、ピザ屋さんでバイトしているんだ? ここのピザとどちらが美味しい?」

 二人の話を耳にはさんだ由香が、興味深げに訊いた。


「そりゃ……」と言いかけた村上はにやりと笑うと「……どちらも美味しいと思うよ」と答えた。由香が「何よ、それ」と言って笑ったのに合わせて、咲良も笑った。

 どうも調子が狂う。上手く他の3人の会話に入って行けず、お愛想のように笑ってはみるが、本調子ではない。

 王子が傍にいるだけでいつもの自分じゃいられないのに、さっきの隣のテーブルの女子達との会話を、王子はどう言うつもりで言ったのか、咲良は気になって仕方が無かった。そして、他の3人がアルバイト話で盛り上がっている間考え続けていた。

 (私と仲が良いフリして、彼女達のアプローチを牽制しているのだろうか)

 高校の時とは違い、ここには恋人がいなくて牽制できないからか、隙あらばと狙う女子が多くて困っているからか、体よく虫除けにされているのかもしれない。

 咲良はここまで考えて、あり得ないと思った。

 自分では何の牽制にもならない。

 神崎さんの代りになれるはずもないのだから。

 じゃあ、いったいどう言うつもりなんだろう?


「山野さんは何かアルバイトしているの?」

 王子にそう問いかけられ、まださっきのアルバイト話が続いていた事に気付いた。


「咲良はね、お兄さんに止められているのよ」

 またまた由香が先に答えてしまう。最初の頃は、どうして先に答えてしまうのかとムッとしたが、結局は考え過ぎてすぐに返事が出来ない咲良のせいなのだ。せっかちな由香にとって、会話はポンポンとリズム良く返らないとイライラとしてしまうのだから。

 今では咲良の方も、由香が先に答えてしまう事に慣れてしまって、返答に困る時など半分ありがたいと思っているぐらいだから、お互い様なのだろう。


 そして、そう、あの兄はアルバイトまで規制してきたのだ。

 咲良は数日前にかかって来た兄から電話を思い出した。

 東京出張が延期になったと言う連絡は、咲良には嬉しい事だったが、その後の兄の言葉にウンザリした。

『男と一緒にバイトなんかしていると気安くなって、咲良みたいな田舎娘は簡単に騙されるんだぞ。バイトよりも勉強しっかりしろよ。小遣いが欲しかったら、俺に言えよ』

 そんな事言われて、兄にお小遣いを頼んだら、絶対に交換条件を出してくるのだ。


 ゴールデンウィーク前からアルバイトをしていた由香に、一緒にしないかと誘われていた矢先のことだった。離れているから分からないわよと由香は言うけれど、今度東京出張の時に会って問われたら、あの兄の目をごまかせる程の自信は無かった。


「ひぇ~、なに? 咲良ちゃんのお兄さんってシスコン?」

 由香の説明に、村上は声を上げた。気安く咲良ちゃんなんて呼ばれた事にも気付かず、咲良は忌々しそうに「シスコンって言うより、私をいたぶって楽しんでいるのよ」と言い返した。


「お兄さんと仲が良いんだね」

 (仲が良いですって!?)

 咲良が驚いて王子の方を見ると、王子はクスリと笑っている。


「妹が可愛くって、虐めたくなるんだよ」


「おまえ、それがシスコンだろ」

 村上のツッコミをスルーすると、王子は尚も言い募った。


「山野さんは虐めたくなるタイプなんだと思うよ」

 (虐めたくなるタイプ?!!!!)

 咲良はギャーと叫んで逃げ出したくなった。頬が熱い。絶対に真っ赤になっている。

 隣のテーブルなんて、見るのも怖い。

 由香なんて笑いをこらえるように肩を震わせている。


「そう言われたら、そうかもね。咲良ちゃんはすぐに赤くなるし。俺の妹なんか、何か言えば10倍ぐらい言い返されるから、怖くて何も言えないからなぁ」

 村上が納得したように笑っている。


 王子! この居た堪れなさ、どうにかして!!

 もしかして……王子も私をいたぶろうとしている?




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