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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第二章:憧れのその先
21/80

21.GWの終宴

 どうして二人ともついてくるかな。

 咲良は、ニコニコ顔の母親といつもより機嫌の悪そうな父親が、見送りたいからと、わざわざ車をコインパーキングに停めて、バス乗り場までついて来た事に溜息を吐いた。

 王子はまだ来ていないようで、3人は駅前のロータリーに面したバス乗り場で待つ事にした。真昼の太陽をさえぎるように(ひさし)があるので、早く着き過ぎて後20分程あるけれど、ここで待っていても大丈夫だろう。


 数日前に王子が去って行った方向へ目をやる。きっとあちらの方に自宅があるんだろうけれど、詳しい事は知らない。見つめるだけだった咲良には、たいした王子情報は入手できなかったし、積極的に知ろうともしなかった。いつも沙織なんかが仕入れて来た王子情報を教えてもらう側だったのだ。

 (それが、私が皆に教える側になるなんて……)

 人生って不思議なものだ。どこでどう人生の線路が切り替わるか分からない。

 咲良にとって分岐点は、あの王子の進路を知ったあの瞬間だったのだろう。あの瞬間、運命の神様がレバーを引いて、線路を切り替えたに違いない。

 そんな事をつらつらと考えていた咲良は、名前を呼ばれて振り向くと、母親が笑顔でレジ袋を差し出した。いつの間にか駅の横のコンビニへ買い物に行っていたようだ。


「これ、お菓子とジュース、買っておいたから、その同級生の子と食べなさい」

 中を見てみると、どれも二つずつ入っている。

 それを見た咲良は、自分はあまりにも浮かれ過ぎて、バスの中での事、なにも考えていなかった事に気付いた。「ありがとう」と言いながら、母親の心遣いに感謝した。


「咲良、あいつと隣同士で座って行くのか?」


「いいじゃないの。全然知らない人より、知っている人の方が安心でしょう?」

 不機嫌な父親を母親がまたしても諌める。咲良は苦笑するしかなかった。



 近づいてくる足音が聞こえて振り向くと、王子がニコリと笑った。頬が緩みそうになるのを必死で耐えて、いつもの控えめな笑顔で小さく会釈する。


「咲良、彼なの?」

 母親が小さな声で囁いた。咲良が横目でちらりと母親を見て頷くと、母親は「こんにちは」と王子に挨拶をした。

 こんな時でも王子は慌てないのか、いつもの王子スマイルで「こんにちは」と挨拶を返している。


「両親が見送りに来てくれて……」

 咲良がそう言うと、王子は分かっているよとでも言うように頷くと、「僕は山野さんと同じ高校の同級生だった石川です」と自己紹介した。


「君もQ大らしいね?」

 父親がぞんざいに訊く。それでも王子は怯まず、笑顔のままで「そうです」と答えている。


「咲良は、友達もいないQ大へ進学して、心細いと思うの。これからも同郷同士として、仲良くしてやって頂戴ね」

 母親はそう言うと頭を下げた。王子も慌てて「僕の方こそ、同じ高校出身の山野さんがいて心強かったです。こちらこそ、これからも宜しくお願いします」と頭を下げている。



 そうしている内にバスがやって行きた。両親は身体に気を付けて、がんばるようにと言うと並んで見送ってくれた。咲良は窓際の席に座らせてもらって、両親に手を振る。両親の笑顔がいつもより淋しそうに見えた。


「いいご両親だね」

 バスが駅前から遠ざかった頃、王子がポツリと話しかけて来た。

 両親を褒められるなんて、何となく照れ臭い。咲良は王子の顔を見ずに小さく「ありがとう」と返す。

 そして、先程の父親の彼に対する態度を思い出す。

 いい年してお父さん、不機嫌を隠していなかったっけ……。


「さっきは、お父さんの態度が悪くてごめんね」 

 咲良が謝ると、王子はクスッと笑うと「父親って、娘バカになっちゃうんだよね。僕の事、悪い虫だとか思ったのかもね」と言った。


「いや、そんな事無いと思うけど、ごめんね」

 咲良は恥ずかしかった。王子に向かってあの態度、疑うなんて恐れ多い。間違っても王子が自分なんて相手にする筈ないのに。

 そう思うと、悲しくなってしまった。

 それでも王子はいつものマイペースさで「山野さんも大変だねぇ」と言った。咲良が「えっ?」と訊き返すと、王子は「彼氏でも連れてきたら、お父さん、威嚇して追い返しちゃうんじゃないの?」と言って笑った。

 咲良は王子の言った彼氏と言う言葉にショックを受けながらも、苦笑しながら「そうかも」と返した。


「あの、これ、母が石川君の分も買ってくれたから……」

 咲良は母親の買ってくれた飲み物と飴やガムと言ったお菓子を渡す。王子は驚いた顔をした後、「ありがとう」と破顔した。その笑顔に心臓がドキリと飛び跳ねたけれど、すぐに窓の方を見て頬が熱くなるのをやり過ごす。

 (近い、近過ぎるぅ)

 バスの隣の席なんて、50cmも離れていない。今からこれじゃあ、先が思いやられる。東京まで何時間かかると思っているんだ。咲良は心の中で念仏のように『彼はただの同級生』と言い聞かせ、暗示に掛けた。

 それから、ポツリポツリと話しをしながら、これなら寝て過ごせる夜行バスの方がましだっただろうかと思ってみたりするけれど、王子と話ができる事は、本当は凄く嬉しい。知らなかった彼を知る事が出来るのは、何物にも代えがたかった。

 新しい彼を知る度に、心の中に小さなときめきが積もって行く。それは咲良も気づかない内に、咲良の心を埋め尽くしていった。



「山野さんって、加藤晴臣(かとうはるおみ)覚えている?」


「ああ、加藤君。2年生の時に同じクラスだったよ」


「今回帰った時、3年の時同じクラスで仲良かった奴らと集まったんだよ。その時、山野さんの事話したら、加藤が知っているって言っていたから」


「えー!! 私の事、話したの?」

 いや~、なんて言ったんだろ?

 加藤君って、私が友達と王子の事騒いでいたの、知っているかも。


「皆驚いていたよ。山野さんがQ大へ入ったって言ったら……」

 いや、あの、それ誰にも言って無いから。


「私なんかがQ大なんて、意外だったんだろうね」


「ん……でも、飯島彼方の講義を受けたくてQ大へ入ったらしいって言ったら、加藤が山野さんらしいって言っていたよ。結構仲良かったんだって? 加藤と」

 加藤君……何話したのよぉ~。


「加藤君も飯島彼方の小説が好きだったから、本貸したり、感想を話し合ったりしたぐらいで……別にそんな、仲がいいとは……」


「加藤がさ、今度会ったら、飯島彼方の講義の話を聞きたいって言っていたよ」

 なんだろう? これ。

 王子はただ、加藤君から聞いた話を言っているだけだよね?

 でも、なんだか、加藤君との仲を勧められている?


「そ、そうなんだ。今度って会う時あるのかなぁ」


「夏休みに帰った時にでも、連絡取れば?」

 何? そんなに加藤君に会わせたいのは、加藤君に頼まれたの? 


「夏休みは自動車学校へ行こうと思っているし……」

 自動車学校が連絡とれない言い訳にはならないけど。


「自動車学校?」


「そう、地元へ帰って、自動車学校へ行こうと思って……。高校の時の友達と約束しているの」

 咲良の地元は車が生活必需品だから、殆ど皆が18歳になると免許を取得する。王子はどうするのだろう?


「へぇ、そうなんだ。そう言えば、地元の奴らが夏休みは込むといけないからって、このゴールデンウィークが終わったら、自動車学校へ行くとか言っていたな。他にも、宿泊して短期で免許を取る自動車学校へ行くつもりだって言っている奴もいたよ」


「石川君は?」


「え? 僕? 泊りこみで短期に取るのもいいなって思うけど、まだ具体的には考えてないよ」

 咲良は、上手く加藤君の話しをそらせられたと内心安堵しながら、王子の話を聞いていた。

 憧れの人から、別の人との取り次ぎをされるのは、やっぱり嫌だなと咲良は心の中で嘆息した。

 王子には恋人がいる事も、振り向く事が無い事も、分かって入るけれど。



 その後、何度か高速のサービスエリアに停まり、その度にアイスとか、名物のお菓子とかを王子は買って来てくれた。どうやら、母親が用意した食べ物のお返しらしい。

 王子にしたらほんの些細なことだろうけれど、咲良は心の中で母親に感謝した。

 そして、今回の帰省の奇跡の様な幸せは、咲良の記憶のページにしっかりと刻みつけられ、ゴールデンウィークは終わりを告げたのだった。

 



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