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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第一章:大学受験
2/80

2.王子の恋人

新連載を読んでくださり、ありがとうございます。

 咲良は悪魔の囁きに導かれるように、そのままインターネットで大学の偏差値を調べ始めた。

 咲良の希望している地元国立大学の文学部と、Q大の文学部。


 (はぁ~、やっぱりねぇ)


 学部によっては地方の国立大学と言ってもQ大よりも偏差値が高かったりするが、どうやら文学部に関してはそうではないようだ。

 頑張らないと入れない地元国立大学の文学部。さらに頑張らないと入れないQ大の文学部。

 おまけにQ大は東京だ。自宅からは通えるはずがない。


 (両親が許すはず無いよね)


 咲良は大きく溜息を吐いた。それでもまた悪魔の囁きが聞こえた。


 (家から通える大学にしなさいって言われた事無いじゃない)


 そう言えば兄も県外の大学だったと思い直す。

 咲良はまた思い描いてみた。広い階段教室で、王子の背中を見つめながら、憧れの作家の講義を聞いている自分を。


 (やっぱり、いいよなぁ~)


 何にしても、学力をアップさせなければ、ただの妄想で終わってしまうのだから。

 咲良は自分に言い聞かせると、今は勉強あるのみとテキストを開いたのだった。


         *****


 10月の中頃、咲良の通う大凪北(おおなぎきた)高校の文化祭があり、1日目はクラス対抗の合唱祭だった。夏休み明けから、咲良のクラスでも合唱祭に向けて練習を重ねて来た。最後の文化祭だからか、3年生のどのクラスも気合が入っている。


「王子のピアノを弾く姿を見るのも最後だね」

 咲良の友達の森嶋柚子(もりしまゆず)が王子のクラスの合唱を見ながら、感慨深げに言った。

 合唱の伴奏をするのも生徒なので、各クラスそれぞれ伴奏のピアノ係がいる。1年の時、王子のピアノを弾く姿を初めて見て、女生徒の間に衝撃が走ったのは言うまでもない。


「私、しっかりと目に焼き付けておく」

 瞬きもせず王子の姿を見つめ続ける咲良を、柚子は「咲良は王子一筋だね」と言って笑った。


 (一筋で悪かったわね)


 そう、咲良だって分かっているのだ。

 皆、王子、王子と騒いでも、単なるアイドル扱いで、現実の恋は別にきちんとキープしている事を。

 咲良だけが、現実に追いついていない。

 

「咲良、見て、見て、神崎かんざきさんよ。いつ見ても綺麗よねぇ」

 王子のクラスの合唱が終わって、次のクラスがスタンバイしたその一番前に立ち、一礼したのが神崎茉莉江(まりえ)。頭を上げると彼女は、後ろのクラスの仲間の方へ向き直おり、(おもむろ)に手を振り上げ指揮をし出した。

 柚子はそんな様子を見ながら再び感嘆の声を上げた。


「やっぱり神崎さんはカッコイイよねぇ。王子とお似合いだよ」

 そう、皆が王子の事をアイドルとして甘んじているのは、1年の時から神崎茉莉江と言う美人で頭もいい恋人がいたからだ。王子の横に並ぶ茉莉江を見てしまったら、誰だって勝ち目がないと思うだろう。

 咲良は小さく嘆息しながら「そうね」と答えた。


「まあ、咲良も大学へ入ったら、憧れを卒業して、本当の恋をしなさいよ」

 柚子はいつもの咲良の様子に呆れながらも、励ますように背中を叩いた。


 王子と茉莉江は本当に王子様とお姫様のように似合っていた。二人が並ぶ姿はまるでファッション誌のカリスマ読者モデルのようで、目を引き付けずにいられない程だ。

 咲良などはさしずめ名前もない村娘Aと言ったところか。

 だから無謀な夢は最初から見る事もなかった。

 遠くから見つめるだけで、咲良は幸せな気分になれたのだから。


 それなのに、と咲良は思う。

 どうしてこんな無謀な妄想を見るようになったのか?

 先日、塾での模擬試験の結果が予想以上に上がっていて、咲良は思わず塾の講師に『Q大は無理でしょうか?』と訊いてしまったのだ。講師は驚いて『M大(地元国立大学)じゃなかったの?』と反対に訊き返され、どぎまぎしたけれど『Q大レベルでも、手が届くのかなぁって、思って……』と誤魔化したつもりだった。

 けれど、そんな咲良を見て講師は何かを感じたのか、『この調子で頑張ればQ大も夢じゃないですよ』とニッコリと笑ってくれたのだ。

 それ以後、咲良の妄想は、益々暴走していった。




「ねぇ、ねぇ、王子がQ大を志望しているって、知っている?」

 文化祭が終わったある日、柚子がとっておきの情報だと言わんばかりに問いかけて来た。咲良は咄嗟に驚いた表情で首を横に振って見せたけれど、特ダネ情報に興奮している柚子には咲良の演技は見破られなかった。

 咲良は自分が無謀な夢を見ているので、柚子にもずっと以前に知った王子のQ大情報は言えなかったのだ。


「それもね、指定校推薦なんだって。もう、Q大確定だね。でもね、木村君は怒っていたよ。王子なら自力で入れるのに、推薦の枠を取るなって」


「え? 木村君って、内申点Q大の指定校推薦のレベルあるの?」


「まっさか。ある訳ないじゃん。あれは、妬みよ。でも、王子なら自力で入れるのは本当だと思う」

 確かにと咲良は思った。同意の印に頷いて見せた咲良に柚子はニヤリと笑って言葉を続けた。


「まあ、これで、王子も東京へ行っちゃうし、咲良も王子から卒業だね」

 咲良は心の中を見透かされたような気になった。


「卒業って、なによ」


「だから、いつまでも夢ばかり見ていないで、現実の恋をしなさいって事よ。ねぇ、いっその事、卒業式に王子に告れば? 『私は今日、王子からも卒業します』って」


「なに、それ? そんなの告白じゃないじゃない。柚子は彼氏いると思って、いじわる言うんだから」


「違うよ。咲良の事、心配しているんだよ。結局咲良ったら、3年間王子一筋でさ。彼の友達で紹介して欲しいって言う人いたんだよ? それなのに咲良は、紹介なんて嫌だって贅沢言うし、いつも王子王子って……」


 (いや、柚子だって、王子王子って騒いでいたじゃない)


 咲良は心の中で的外れな突っ込みを入れる。

 お互いに遠慮の無い会話をしているが、柚子が本気で心配してくれているのは、咲良だってずっと分かっていた。けれど、咲良には彼氏とか恋愛とか、どこか未知のものに対する恐れを感じてしまい、現実味がないのだ。


 それはおそらく咲良の兄大樹(ひろき)の言葉が影響しているのだろう。

 大樹は咲良の5歳上で、今年の春から就職した社会人1年生だった。

 大樹は咲良が中学校へ入ったあたりから、言って聞かせていた事があった。

『咲良、男は狼だから必要以上に近づくな。それでなくても、お前はぼんやりしていて押しの強い奴に流されやすい。じっくり男を見る目を養ってからでいいんだ。彼氏を作るのは』

 これは単なるシスコン兄の、妹を溺愛している故の牽制である。その上、押しの強い奴に流されやすいと言いながら、一番押しの強い奴がこの兄である。兄の目論見(もくろみ)通り、兄の言葉に流された咲良は、恋愛と言うより、彼氏と言う存在そのものが苦手になってしまったのだ。

 

「そう言えば、神崎さんもQ大へ行くのかなぁ? 彼女の成績なら、指定校推薦も大丈夫だろうしね。いいよね、恋人と同じ大学なんて」

 柚子の口からこんな言葉が出るのは、柚子と彼は同じ大学へ行かないからだ。柚子は咲良の第二希望の私立大学で、彼の方は咲良の第一希望の国立大学だった。柚子は指定校推薦なので、殆どその私立大学へ行く事が決まっているようなもので、彼の方も国立大学へ合格圏だと言われている。


「柚子達だって、地元にいるんだから、会おうと思えばいつだって会えるでしょ?」


「それはそうだけど……やっぱり大学が違うと、彼の周りにどんな女性がいるか分からないし、不安だよ。だから、咲良が頼りなの。頑張ってM大(地元国立大学)へ合格してよ。本当は咲良も私と同じS大(地元私立大学)へ行って欲しかったけど、咲良がM大へ入ったら、少しは彼の情報が聞けるでしょ?」

 咲良が『私はスパイか』と言うツッコミを飲み込んだのは、心のどこかでQ大へ行きたいと言う気持ちがあったからだ。

 咲良は曖昧に微笑むと、「勉強頑張ります」と答える事しかできなかった。




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