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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第二章:憧れのその先
18/80

18.ドキドキの帰省

 5月2日午後9時半、都内某所、咲良は心細さと、一緒に帰る同郷の同級生達との再会にドキドキしていた。

 誰が来るんだろう。

 高校の同級生と言っても、半分ぐらいの人しか分からないと思うし、誰がどの大学へ進学したかもわからない。Q大へ進学した同級生も王子しか知らなかった。

 王子は他の同級生たちとも交流があるのだろう。その上、同じ東京の他の大学へ進学した人達とも……。

 もちろん、神崎さんだって……。

 咲良は王子の恋人の神崎茉莉江(かんざきまりえ)のあの美しい姿を頭の中で再生する。そして、小さく息を吐き出した。

 王子と神崎さんのツーショット、間近で見ても平気かな?

 

 この場所で王子達との待ち合わせ時間は9時40分だった。先程まで真紀ちゃんと一緒にいたが、彼女の乗る高速バスの集合時間の方が早く、先程別れたばかりだった。

 王子との約束した時間まで、後10分。

 咲良はただでさえ、こんな時間に都心のこんな場所にいる事が初めてで、ドキドキはさらに上回った。

 こんな時間でも昼間のように人が多い。咲良はビルの入り口付近の壁を背にして立って、目の前を行きかう人達を見つめながら、これから起こる事を想像していた。



「山野さん、もう来ていたんだ」

 いきなり斜め上から声がして、驚いてそちらを見上げる。建物の灯りは零れているが、やはり夜なので周りは薄暗く、声がするまで近づいてきた事に気付けなかった。


「あっ、お……い、石川君」

 危ない、危ない。思わず王子と言いそうになってしまった。

 目の前でいつもの王子スマイルに見惚れそうになりながら、王子の背後に視線を彷徨わせる。

 (まだ誰も来てないのかな?)


「早かったんだね。迷わずに来られた?」


「あ、友達と一緒に来たから……」


「そっか。もう少し時間あるけど、移動している時間はなさそうだから、ここで待ってようか?」

 王子の提案に頷きながら、他の人達の事が気になった。


「あの……他の人は?」


「えっ? 他の人って?」


「えっ? 他の人も一緒に帰るんでしょう?」


「僕、そんな事言ったかな?」


「えっ? だって……じ、じゃあ、神崎さんは?」


「神崎さん? もしかして、茉莉江の事?」

 王子が何気なく彼女の名を呼び捨てるのを聞いて、胸の奥にキュッと痛みが走った。

 彼女なんだから、当り前でしょと言い聞かせ、何とか平静を保ちながら、王子の問いかけに(うなず)く。


「どうして茉莉江が一緒だと思うの?」


「だって、彼女もこちらの大学なんでしょう?」


「誰かそんな事言っていたの? 茉莉江の大学は関西の方だよ」


「えっ? じゃあ、遠距離なんですか?」


「遠距離? ……ああ、山野さんはそんな風に思っているんだ?」


「えっ? 違うの?」

 すると王子はとても魅惑的な表情でニヤリと笑い、「想像に任せるよ」と言った。

 咲良は何か()に落ちない気持ちで王子の笑顔に見惚れていた。



「じゃ、じゃあ、他の人は?」


「まだそんな事言っているの? 山野さんと僕の二人だけだよ」


「えー!! 二人だけなんですか?」


「何か問題あるの? あ、僕が隣では不安? 僕も一応男だから。でも、もう少し信用して欲しいな。山野さんの許可なく触ったりしないよ」


「いや、あの……そう言う訳じゃなくて……石川君の事を信用していない訳じゃなくて、あの、女性一人の場合は、バス会社が配慮して隣に男の人が座らないようにしてくれるって聞きました。それに、3列の独立シートって言うのもあるって……石川君に余計な心配をかけたみたいで……」

 咲良は彼女を差し置いて、王子の隣の席に長時間座る事に申し訳なく思った。でも、王子の心遣いを無にしたくないし……一人葛藤していると、斜め上からクスッと笑う声がこぼれて来た。


「あーバレちゃったか。本当はね、僕が隣に知らないおじさんに座られるのが嫌だったんだ。入試の時も高速バスを使ったんだけど、帰りに隣に座ったおじさんのいびきがすごくてね。全然眠れなかったんだよ。だから、隣が女の子なら、そんな心配無いだろ? ごめんね。山野さんを騙した様な事になって……。僕の隣じゃ嫌かな?」

 王子の種明かしは、咲良の想像を超えていて、驚き過ぎてしばらく何も言えなかった。

 騙したって……ズルイよ。そんな言い方。

 心配な振りして誘うなんてと腹を立ててもいいのに、このがっかり感はなんだろう?

 王子の隣に座るなんて……夢みたいだけど、その理由がいびきを掻かないからって……。

 (私、いびき掻かないよね?)

 それにしても、神崎さんが関西の大学って……知らなかった。

 王子は遠距離でも平気なのかな? 


「山野さん、怒っている?」

 咲良が黙っていたからか、王子は怒っていると思ったみたいで、申し訳なさそうに訊いて来た。

 そんな王子を見てしまうと、いろいろな事、もうどうでもいいやと言う気持ちになって、いつものように控えめに微笑むと「ううん。驚いただけで、怒ってないよ」と答えた。

 王子はホッとしたように笑うと「本当にごめんね」と謝って来た。咲良は首を横に振って「こちらこそ、今回のバスの予約とか頼ってしまって、ごめんなさい」と謝った。


「じゃあ、仲直り」

 王子はあの花ほころぶような笑顔を見せ、右手を差し出した。

 咲良はその笑顔に見惚れ、王子の差し出した手の意味に気付けなかった。「山野さん」と首をかしげて呼ばれ、初めて自分の状態に気付いた咲良は、熱くなった顔を俯かせ、おずおずと右手を王子の手の傍まで差し出した。王子はすかさず咲良の手を握ると「よろしくね」とまた笑った。

 (ああ神様。私、数年分の幸運を使い果たしたのでしょうか?)


「山野さんの手って、小さいんだね」

 (ぎゃー!!)

 王子の落とした爆弾に慌てる咲良は、『ボン』と音でもしそうなぐらいの早さで、体中の熱が一気に上昇し、頭上で爆発したような気がした。

 咲良は自分の右手を取り返そうと引っ張ったが、意外と強く握られていてびくともしない。すると頭上からクスクスと言う笑い声が落ちて来た。


「山野さんって、楽しい人だね」

 王子はそう言うと咲良の右手を解放した。そして、高校の時に咲良の事を知らなかったのは残念だったと言った。

 咲良が王子の言葉に驚き混乱していると、「高校の分もこれからよろしくね」と又心をかき乱す様な爆弾を落としニッコリと笑った。

 (神様! 私、心臓が持ちそうにありません)

 バスに乗る前に咲良がすっかり疲れ果てたのは、言うまでもなかった。


        *****


「山野さん、山野さん」

 魅惑のボイスが咲良の耳に届くと、うっとりとした。

 (ああ、この声は王子の声……いい夢……もう少し聞きたいなぁ)


「山野さん、もうすぐ着くよ」

 もうすぐ着く? と聞いて、咲良は一気に現実に引き戻された。倒されたリクライニングシート上で、ガバリと体を起こすと、「おはよう」と微笑んだ王子を見て固まった。

 (ギャー、王子に寝顔見られた!!)

 思わず顔をそむけて、ぼそぼそと「おはよう」と挨拶を返すと、王子はプッと吹き出した。

 咲良は何を笑われたのだろうと慌てた。髪の毛が跳ねていたのだろうかと、髪の毛を撫でつけたり、涎が垂れていないだろうかと、口元をぬぐったりとしていると、王子は益々笑い出し、咲良はムッとして王子を睨んだ。


「ごめん、ごめん。別に山野さんの寝起きの姿を笑ったんじゃなくて、気にしている姿が可愛くて、つい笑ってしまったんだ。ごめんね」

 (可愛い、ですと……?)

 そんなに簡単に可愛いなんて言わないでよ!

 王子の言葉には威力があるんだから!!

 咲良は真っ赤になりながらも、王子のその能天気さにイライラした。

 (人の気も知らないで!!)

 ……って、王子には罪は無い。あるとしたら、その人懐っこい性格と素敵過ぎる容姿。

 咲良のテンションは一気に下がってしまった。そして、「私の方こそ、気を使わせてごめんね」と謝った。

 余計な気を使わせているよね?

 そんな自分が咲良は酷く情けなかった。


「山野さん、ほら、もうすぐだよ」

 王子は咲良の沈んだ雰囲気を破るかのように、明るい声で外を指さした。バスはちょうど駅前通りへと曲がったところだった。

 バスの停まる予定の駅前は、この地方都市のメインの駅で、咲良の自宅の最寄り駅は、この駅から3つ向こうの各駅停車しか停まらない様なところだった。今日はこの駅まで父親が迎えに来てくれている。王子の方はこの駅から徒歩圏内らしく、迎えは無いとの事。

 バスが駅前ロータリーに入って行く。とうとう着いたんだと小さく息を吐き出して、バスの乗降場の方を見ると、父親が立っているのが見えた。

 ここで何人かが下りるらしく、通路に人が並んでいる。「山野さん、忘れ物ない?」と王子に声を掛けられ、周りを見回し「大丈夫」と笑って返すと、王子も微笑んでこちらを見ていた。

 (ここでお別れなんだ)

 心臓に悪い数時間だったけれど、ある意味幸せな数時間だった。



 バスから降りると、父親がこちらに向かって手を振った。


「じゃあ、山野さん、またね」


「いろいろありがとう」

 王子は咲良と言葉を交わした後、咲良の父親に会釈して、自宅へ向かって歩いて行った。


「咲良、おまえ、あの男と一緒に帰って来たのか?」

 父親がお帰りの前にそんな事を言うから、ムッときた気持ちを飲み込んで咲良は微笑んだ。


「お父さん、ただいま。さっきの彼は、たまたま一緒のバスになっただけ。高校も大学も一緒なの」


「ああ、お帰り。それより、あいつもQ大なのか?」


「そう、彼の方は成績が良かったから、指定校推薦だったけどね」


「咲良だって、試験に受かったんだから、そんなに卑下する事無いぞ」


「まあね」

 咲良は変に誤解されずに済んで良かったと、安堵の息を吐いた。


王子……天然なのか、策士なのか……


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