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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第二章:憧れのその先
16/80

16.思い出した?

2015.4.5 13話~16話の中身を時系列に沿って入れ替えました。大筋は変わっていませんが、少し説明を追加した部分があります。

 登録した講義を一週間受けてみて、王子と時間割が被る講義が一切なかった。各学部合同の一般教養の講義もあるから、講義中に後ろの席から王子を見つめて……なんて妄想していた咲良だが、実現する事がないとわかりガッカリした。また、各学部共通の講義が行われる合同棟をうろついていても、王子を見かける事すらなかった。だから、数多くあるサークルの中から同じサークルを選ぶなんて、まさに奇跡だと改めて咲良は感動した。

 そんな王子に会える唯一のサークルの日、咲良は又皆の注目を集める事となった。

 それは試食会の翌日のサークルでの事で、いつものようにサークルでの王子はそつなく誰とでもフレンドリーに会話をする。そして、毎回必ず咲良にも何か声をかけてくれる。見ているだけでいいと思っていた咲良も、毎回少しずつ会話をするようになって、少し欲が出て来た。それでも、王子に恋人がいる事を忘れた訳じゃない。ただ、友達のように気軽に会話のできる立場になれたらと望むようになってしまった。

 だから、その日も、部室に入った途端、視線は王子を探す。狭い部室なので探すまでもなく、王子は一番に目に入る。いつも先輩や同級生の女子に囲まれて話をしているから。

 咲良と由香が「こんにちは」と入って行くと、王子がいつもの王子スマイルで挨拶を返してくれる。


「山野さん、渡辺さん、こんにちは」

 (ああ、今日も王子の笑顔が見られた)

 咲良は緩みそうになる口元を堪えながら、控えめに微笑んだ。部室にいる他の人も会釈してくれ、一番奥にいた部長の菊地と話していた人が振り返った。


「あっ、篠田さん、こんにちは」

 部室にいる篠田を初めて見て驚いている咲良のその横で、嬉しそうに由香が挨拶の声を上げた。

 いきなりテンション高く挨拶されてたじろぐ篠田は、二・三度瞬きすると、「あ、こんにちは」と返した。咲良も由香のテンションにたじろいだが、慌てて篠田に向かって挨拶した。


「山野さん、思い出した?」

 身体ごとこちらを向けた篠田が、目を細めて咲良を見ると、いきなり記憶の確認をして来た。咲良は何の事か分からず、「えっ?」と声を上げると、首をかしげた。

 咲良にとっては何の事だが見当がつかず、頭の中が真っ白になる。隣の由香が「咲良、なんなの?」と怪訝な顔で訊いてくるけど、こっちが知りたいよと咲良は心の中でぼやいた。


「山野さん、俺と入学前に会っているでしょ? 覚えてない?」

 篠田にそう言われて初めて咲良は、篠田からどこかで会った事がないかと尋ねられた事を思い出した。

 前日の試食会では篠田も咲良も参加していたけれど、会釈しただけで、特に会話はしなかったし、咲良にとってはサークルでの集まりが、唯一王子と会えるチャンスなので、篠田の言った事などすっかり忘れていたのだ。

 どうやら篠田は思い出したらしい。

 入学前って……会う訳ないと思いながらも、咲良は記憶を(さかのぼ)って行った。


「あっ! もしかして……入試前日!」

 

「そう、思い出した?」

 嬉しそうに笑った篠田の顔が、あの日の彼と重なる。咲良は頷くと、まさかもう一度会う事になるなんてと思いながら、照れたように微笑んだ。


「合格したんだね。おめでとう。写真はもう撮った?」


「あ、ありがとうございます。写真は、入学式の時人が多くて撮れなくて、まだです」

 写真の事なんてすっかり忘れていた。


「あの時、俺の事、ナンパかなんかだと思ったでしょ? 凄く警戒していたよね」

 篠田は楽しそうに話を続けているが、咲良は隣の由香の視線が痛い。それ以上に部室内がいつの間にか静まり返って、皆がこちらを窺っているのに気づいた。


「いや、その……」

 周りの空気の変化に気付いてしまうと、咲良は内心焦り、口ごもってしまった。

 そんな咲良の様子に篠田は楽しそうな笑い声を上げた。

 (篠田さんが声を上げて笑っているよ)

 

「あの時、今度会ったら名前を教えてくれるって言っていたけど、山野さんの下の名前はなんと言うの?」

 楽しそうに会話を続ける篠田の問いかけに、咲良は辛うじて「咲良です」と答えたが、周りの空気がどんどん居た堪れなくなる。


「咲良ちゃん、今度、写真撮ってあげるよ。約束だからね」

 篠田はそう言うと立ち上がり、「じゃあ、菊地、また今度の試食会に誘って」と菊地の方を向いて言った。菊地は慌てて「お、おい、お前もう行くのか?」と引き止めたが、篠田は笑って「今日は咲良ちゃんに会いたかっただけだから」と咲良にとってとんでもない爆弾を落として、「じゃあね」とこちらに手を振って部室から出て行った。

 (し、篠田さぁん、そんな爆弾を落としたまま置いて行かないで!!)

 こんな空気の中に一人取り残され、咲良は金縛りにあったように動けない。その縛りを解いたのは、部長菊地のワハハハと言う笑い声だった。


「山野さん、ごめんね。あいつ、悪気は無いんだけどね。この微妙な空気を感じ取って逃げ出したんだよ。山野さんのせいじゃないからね」

 菊地は慰めるように言ったけれど、ちっとも慰めになってない。それでも、友の代りに謝ってくれ、微妙な空気を笑いで蹴散らしてくれた菊地の優しさを受け入れるために頷いた。


        *****


「咲良って今年は絶対イケメン運が上昇しているのよ。まあ、それにしても彼女持ちとか、恋愛に興味の無い人とか、咲良自身の恋愛に繋がる運じゃないのが、玉に(きず)だけどね」

 寮に帰ってから、由香に篠田さんとのファーストコンタクトについて、詳しく説明させられた後、由香は面白そうに笑って言った。

 (玉に瑕で悪かったわね)

 自分が一番よく分かっている。容姿も頭脳も十人並み。そんな自分が最上級のイケメン達と少なからず縁があること自体、何か間違っている。

 これは神の悪戯か、はたまたご褒美か。

 勉強をよく頑張りましたって言う、ご褒美だったのかな。


「それにしても、篠田さんみたいなイケメンに会った事も忘れちゃうなんて……咲良ってやっぱり石川君しか見えてないのね」

 由香にしみじみと言われてしまい、咲良は頬が熱くなって俯いた。

 他人に指摘されるまでもなく、自分でも自覚している事だから、言い返す事も出来ない。


「そんなに好きなら、もっとアプローチしてみたら? 彼女がいたって、当たって砕けろよ! それに、もしかしたら卒業と同時に別れているかも知れないじゃない?」

 由香が心配して言ってくれているのは分かっているけれど、その言い分に咲良は呆れた。

 この間は同棲しているかもって言っていたくせに、今度は別れているかもって……。

 そんな事が無いのは、咲良がよく分かっている。卒業式の日の二人の仲良く寄り添う姿を今でもしっかり覚えているからだ。

 咲良が「それはないよ」と呟くように言うと、「そう? でも、結構そう言う人多いんだよ。私もそうだもん。卒業は一つの区切りになるのよ。新しい出会いのために、一端リセットするのよ」と、由香は何でもない事のように、さらりと自分の事を暴露した。


「ええっ? 由香って卒業と同時に別れたの?」


「そうよ。たいして好きでもなかったし、せっかく東京の大学へ行くのに、フリーになっている方が出会いは多いじゃない?」

 由香の言葉に咲良は驚くと共に、お互いの恋愛観が180度違う方向を向いている事を感じた。だからと言って由香の恋愛観を否定するつもりは無い。恋愛なんて人それぞれだもの。

 これでは咲良の不毛な片想いを情けなく思うはずだと咲良は心の中で溜息を吐いた。

 (私ももう少し積極的になった方がいいのかなぁ)

 流されやすい咲良は、無自覚のままじわじわと影響を受け始めていた。



「だから、咲良と篠田さんの繋がりができたのなら、それを利用しない手はないわね」

 由香がなんだか悪だくみしているようにニヤリと笑った。


「利用って……」


「篠田さんとお近づきになりたいのよね」


「えっ? 由香って篠田さんの事、好きになったの?」


「そうじゃないわよ。篠田さんは恋愛に興味が無いんでしょ。だから、本気にはならないわよ。でも、篠田さんぐらいのイケメンと仲良くなりたいのよね」

 何それと咲良は心の中で思ったが、自分の恋愛観では理解できないのだろうと「そうなんだ」と溜息交じりに相槌を打った。でも、思った事をハッキリと言う由香の事は、兄のきつい物言いになれている咲良にとっては、返って気持ちよく感じたのだった。

 

「ねっ、咲良って、今まで男の人と付き合った事無いって言っていたよね?」

 急に話をこちらに振った由香に、戸惑いながらも咲良は「そうよ」と答えた。

 (どうしてそんなこと訊くの?)


「じゃあさ、咲良は、経験無いって事だよね?」

 由香の言葉に、咲良は一瞬何の事か分からず呆けたが、理解が追いついた途端、体中の熱が顔に集まった気がした。


「あ、当り前でしょう!!」

 咲良が怒ったように言い返すと、由香はフフッと笑った。


「実はね、私もそうなの」


「えっ? さっき付き合っていたって……」

 高校生でも付き合えば、それなりの関係を持つ事は友の話で散々聞かされている。


「あんな田舎のガキにあげたくなかったの。初めては素敵な人と経験したいじゃない? 一生記憶に残るんだから……」

 又自分では理解できない感覚だと咲良は思った。


「そう言う事は、本当に好きな人とじゃないの?」

 

「フフフッ、咲良らしいよね。でも、そんな事言っていたら、咲良だと本当に結婚するまでバージンでいそうね。私は早く捨てたいの。でも、誰でもいい訳じゃない。やっぱり夢があるのよね」

 咲良には理解できない由香の恋愛観だとは思っていても、やはりそう言う事は好きな人と経験して欲しい。


「でもさ、本当に好きな人なら、もっといい訳でしょう? 焦らなくても、本当に好きになれる人が現れるまで待った方が……」

 咲良は自分の考えを押しつける気は無かったけれど、やはり友達には幸せな経験をして欲しい。興味本位や早く捨てたいなんて言う考えで、焦って外見がいいだけの男に酷い扱いをされたらどうするのだ。やはりそこにお互いを大切に思う気持ちがあって欲しい。


「でもね、もし本当に好きな人に、処女は重いから嫌だなんて言われたら、どうする?」

 急に由香が真面目な顔をしてそんな事聞くから、咲良は焦った。

 (私だったら、そんな男おことわり。でも……)

 

「……まさか、由香が言われたの?」


「ううん。友達の話。だけど、それを聞いてから、私も考え方を変えたの。……だから、篠田さんと仲良くなりたいから、咲良、よろしくね」

 そう言って、由香はニッと笑った。

 なぜだか咲良には、その笑顔が寂しく見えてしまった。


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