15.学生寮合同新歓コンパ
2015.4.5 13話~16話の中身を時系列に沿って入れ替えました。大筋は変わっていませんが、少し説明を追加した部分があります。
4月半ばの土曜日、成沢女子寮と平川男子寮合同の新歓コンパが行われる事になった。場所は普段は女人禁制の男子寮の食堂であるが、女子寮の男子禁制よりは少し緩いらしい。彼女を内緒で連れ込む寮生もいるとか、いないとか……。
平川男子寮は女子寮から徒歩5分程のところにある。昔からこの二つの寮は近い事もあって交流があったらしい。4月の新歓コンパと、10月の寮祭、そして、3月の送別会は毎年合同で行っているとの事だった。
「平川男子寮ってね、普段すごく汚いらしいのよ。でも、女子寮生が来る時だけ、必死に掃除してくれるんだって」
情報通の由香が、新歓コンパに向かうために新寮生達と歩いている時に言い出した。
「あー良かった。私不潔なのは我慢できないから」
葉奈と同室の笹岡真紀がホッとしたように言った。
「真紀ちゃんって、ホント綺麗好きだよね。いつもきちんと片づけているし」
葉奈が笑って言う。真紀は「いや、そんな事無いよ」と苦笑した。そして、また改めて口を開いた。
「本当はね、不潔なのが嫌って言うのもあるけど、それよりも男子寮へ行くのがちょっと、不安だなって思って……」
「不安?」
咲良が訊き返すと、真紀は自嘲気味な笑みを見せた。
「私ね、中高一貫の女子校だったの。それで、大学でも教育の家政科コースでしょう? だから、男の人が沢山いるところに近づくの、ちょっと怖いって言うか、不安って言うか……」
「ああ、それでだったんだ。新歓コンパを男子寮でするって聞いた時、真紀ちゃんちょっと緊張しているみたいだったから……工学部だったらパニックになっていたかも」
葉奈は納得した後、真紀の緊張を和らげるため笑って見せた。
「ああ、そう言えば葉奈ちゃんは工学部だったよね? やっぱり男子が多いの?」
咲良が二人の話を聞いて口を挟んだ。
「学科にもよるけど、だいたい9割方は男子かな? でも私のいる応用化学は女子が2~3割で、建築だと半数近く女子らしいよ」
淡々と説明する葉奈の言葉に、咲良と真紀はとても驚いて「エー、ホント?!」と声を上げた。由香は別な事に引っかかったのか、葉奈の方を向いて問いかける。
「葉奈ちゃんって応化だったんだ? じゃあ、石川君と同じなんだね?」
「よく知っているね……って、サークル一緒だっけ? サークルでも女子に取り囲まれているの?」
「まあ、そうだね。この間のサークルの新歓コンパでは女子の先輩に可愛がられていたなぁ。それに、ほら、石川君って誰とでもフレンドリーにしゃべれるじゃない? でも、周りに気を使っているって感じじゃなくて、マイペースなんだよね」
由香がサークルでの王子の様子を説明すると、葉奈も共感したのかウンウンと頷いている。
「そうそう、誰でも受け入れるけど、マイペースだよね。それに常に微笑んでいるのがデフォルトだし。なんだかその雰囲気が王子様みたいって誰かが言い出して、それで石川って名字から、ゴルフのハニカミ王子ならぬホホエミ王子だって言われているのよ」
「へぇ、篠田二世からホホエミ王子に昇格したのね」
由香がそう言って笑うと、皆も一緒に笑った。しかし咲良だけは内心複雑な思いがあった。
(やっぱり大学でも王子なのか……)
もう、王子と呼ぶ特権が無くなってしまったようで、咲良は少し寂しく思ったのだった。
平川男子寮では、先輩達が新歓コンパの全ての準備をして迎えてくれた。初めての男子寮にドキドキしていたが、コンパが始まってしまうと先輩達の勢いに流されていた。
「新寮生は酒飲むなよ」と最初はジュースやウーロン茶等で乾杯していたが、宴もたけなわになると酔っ払った先輩男子寮生達が、入れ替わり立ち替わりお酒を注ぎにやって来る。
気付けば同じテーブルにいたはずの新寮生達は咲良と由香だけになり、周りは先輩男子女子入り乱れて盛り上がっている。
咲良は、男子寮へ行くのを不安がっていた真紀がどうしているか気になり、キョロキョロと視線を彷徨わせると、やけに女子が集まっているテーブルに気付いた。
「由香、あのテーブル女子の先輩が沢山集まっているけど、何かあるのかなぁ」
咲良が小さな声で由香に声をかけると、由香もそちらへ視線を向けた。
「ああ、あれは篠田がいるからだよ。あいつ、酒飲むと異常にフェロモンが出るって、女子が騒いでいたから、それでじゃないか?」
傍にいた男子先輩が、咲良の声が聞こえたのか、そう教えてくれた。「俺もフェロモン出てない?」とか、続けて言われたけれど、咲良達は苦笑するしかなかった。
(要するに皆酔っ払いだよね)
「咲良、私達も行くよ。篠田先輩、見に行かなきゃ」
由香が勢いよく立ち上がり、咲良の手首を掴むと女子の集まっているテーブル目指して歩きだした。背後から、「君達も行ってしまうの? 篠田相手じゃ勝ち目ないなぁ」と聞こえてきたが、振り返りもしなかった。
そのテーブルの周りを取り囲む女子たちの隙間から覗き込むと、2つの寮の三役達が座っている。そう篠田先輩は一応平川男子寮の副寮長らしい。何でも役員改編の時、新寮長が仲の良い篠田を三役に引き吊り込んだらしい。
「ああ、あの篠田さんのほんのり赤くなった目元が色っぽい」とか「あのけだるげな雰囲気から漂う色気が堪らない」とかと、うっとりとした眼差しで見つめる女子達と、興味本位で集まっている女子が少し遠巻きで囲んでいる。そんな中のテーブルにいる6人は、何度も集まって会合をしているせいか、篠田に集まる視線も、篠田の醸し出すフェロモンも慣れているようだった。
「あれ、真紀ちゃんもここにいたの?」
取り囲んでいる女子の中に、先程心配していた真紀の顔を見つけ、咲良は声をかけた。
「あっ、咲良ちゃん。皆が集まっているから葉奈ちゃんと見に来たの。噂通り篠田さんって美人さんだねぇ」
男子寮へ来るのが不安だと言っていた真紀も、いつの間にか空気に馴染んだのかリラックスした様子に、咲良は安堵した。
「真紀ちゃん、美人さんって……男に使う言葉? それにしても、篠田さんってお酒を飲むといつも笑顔の向こうにある冷たい壁が、緩むんだね」
葉奈の冷静な観察に、咲良はもう一度篠田の方を見た。しかし、篠田をじっくり見るのは2度目なので、冷たい壁があった事もそれが緩んでいる事も分からなかった。
「葉奈ちゃんって、すごく冷静に観察しているんだね」
咲良が感心して言うと、葉奈は「皆とは違う意味で興味あるかな?」と苦笑した。
そんな葉奈に咲良は「そうなんだ」と笑顔を返しながら、『その観察眼は、やっぱり理系だよね』と心の中で思ったけれど、口にはしなかった。
「寮長」と声をかけた由香は、再び咲良の手首を掴むと、取り囲む女子を押しのけて女子寮の寮長の傍まで進み出た。
「あら、渡辺さんと山野さん。どうしたの?」
「寮長、いじわる言わないで、紹介してくださいよ」
由香が拗ねたように言うと、寮長は意味深に笑うと「この二人はね、私の班の新寮生の渡辺さんと山野さんよ」とテーブルの皆に紹介してくれた。二人が「よろしくお願いします」と頭を下げると、男子寮の寮長が「もしかして、前に篠田の居場所を訊いて来た子?」とにやりと笑った。
「えっ? 俺の居場所? どうして?」
由香が返事をする前に、篠田が声を上げた。
「新入生キラーを見てみたかったんだろ」
男子寮の寮長が素っ気なく返すと、篠田は顔を歪め「俺は見世物じゃないよ」と言い返した。しかし「B級グルメサークルの客寄せパンダやったくせに」と突っ込まれ、篠田は悔しそうな顔をした。
「あれは、菊地がサークルの試食会でおごってくれるって言うから……」
篠田が言い訳のように言うと、寮長は笑い出した。
「おまえ、おごってくれるんだったら、何でも言う事聞くのかよ? そんな事言っていると、女子がこぞってお弁当作って来るんじゃないか?」
寮長が笑いながら言うと、そのテーブルの皆も大笑いした。
「そのぐらい俺だってわきまえているよ。菊地には貸しも借りもあるから……」
皆に笑われた事で、篠田は又いい訳をしている。
「篠田さん、今度の試食会、いらっしゃるんですか?」
二人のやり取りを傍に立って見ていた由香は、勢い込んで口を挟んだ。驚いてテーブルの皆が由香の方を見上げる。咲良も、大胆に口を挟んだ由香を信じられない思い出見ていた。
「えっ? 君は?」
驚いた篠田が由香に問いかけると、由香は「私、今度【グラットン】に入部した渡辺です。来週の火曜日の試食会、行かれるんですか?」と自己紹介をした後、重ねて訊いた。
由香の勢いに押されたのか、篠田は少しひるみながら「ああ、そのつもりだけど……」と答えながら、改めて由香とその隣にいる咲良を見上げた。
「君も【グラットン】に入ったの? あれ? 君、どこかで会った事無い?」
篠田の真っ直ぐな瞳が咲良を見つめている。
その時咲良は、咲良を見上げて見つめる篠田の憂いを含んだ眼差しに魅入られ、『これがフェロモンなのか』と考えていた。
咲良は篠田の言葉に首をかしげた。
どこかで会っただろうか?
だいたい大学に入学してから初めての出会いばかりなのだ、そんな中で見かけているかも知れないが、会ったと言える程の記憶がない。
篠田の方もしばらく思い出そうとしていたみたいだけれど、お酒の入った頭では思考がまとまらないのか、「ん……思い出せない」と言って机に突っ伏した。
【グラットン】はB級グルメサークルの名前です。
菊地はそのサークルの部長の名前です。




