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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第二章:憧れのその先
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14.飯島彼方登場

2015.4.5 13話~16話の中身を時系列に沿って入れ替えました。大筋は変わっていませんが、少し説明を追加した部分があります。

「咲良も彩菜もずるい。文学部は皆飯島彼方目当てなのに!! どうして、日本文学専攻の講座だけなの?!」

 由香の怒りは、文学部の日本文学専攻以外の学生(主に女子)の総意なのだろう。

 去年までは文学部全体対象の科目を受け持っていた飯島彼方が、もっと少人数制でじっくりと教えたいと言ったとか、言わなかったとかで、日本文学専攻対象の専門科目の講座のみとなった。この時点で、咲良の妄想は叶わない事となったが、由香に申し訳ないと思いながら、良かったと心の中で安堵したのだった。


 無事に履修登録も済み、今日はいよいよ飯島彼方の初講義と言う日。

「彩菜ちゃん、楽しみだね。でも、とっても厳しいらしいから、頑張らないと!」

 当日の朝、彩菜と大学で合流した咲良は、嬉しくて堪らないとばかりに、微笑んだ。


「フフフ、噂通りのイケメンか、しっかりこの目で確かめて来るからね。由香」

 彩菜は不機嫌な由香をさらに煽るように、笑った。拗ねたように「フン」と顔をそむける由香に、咲良と彩菜は又大きく笑った。


「イケメン、イケメンって、そんなにいいかな? ただ、顔の表面の作りや配置がいいだけでしょ? 性格歪んでいるかも知れないのに。だいたいイケメンなんて、周りからチヤホヤされて、自惚れ屋が多いんだから」

 顔をしかめて言い放ったのは、同じ寮で暮らす工学部の吉村葉奈。入学式の時に話してから、何となく気が合い、朝は大学まで一緒に来る事が多い。


 (葉奈ちゃん、何か機嫌悪いのかな?)


 葉奈の怒りを含んだような言い方が、咲良は気になった。


「葉奈ちゃん、別にお付き合いする訳じゃないから、性格なんていいのよ。素敵な人を見て、少し心をときめかせるだけで、幸せな気分になる。それだけでいいの」

 彩菜が、夢見るように言った。咲良は心の中でウンウンと頷きながら、『でも、王子は性格も良いらしいのよ』と自分の中で自慢した。


「私はダメ。女の子を周りにはべらせて、爽やかに笑っている顔を見ると、胡散臭く見えちゃう。ほら、噂の篠田先輩とか、工学部の1年に篠田二世って言われている人がいるんだけど、その人とか……。本当は心の中では女をバカにしているんでしょって思っちゃうの」


 (篠田二世?)


 咲良は工学部と聞いて、嫌な予感がした。


「えー! 篠田二世って、もしかして石川君?」

 篠田先輩の名前が出た途端、急に元気になった由香が、その話題に食いついた。由香の素早い反応に葉奈は目を丸くして、「へぇ~良く知っているね」と感心した。


「ふふっ、同じサークルなんだ。ねっ、咲良」

 思わず心臓がドキンと跳ねた。


 (こっちに話振らないで! 何も言わないで!)


 咲良は曖昧に微笑むと、小さく頷いた。


「えー! あのサークル、篠田さんだけじゃなくて、二世までいるのか。おまけに今から飯島彼方の講義だし、何だか咲良ちゃんって、イケメン遭遇運出ているんじゃないの?」

 彩菜が可笑しそうに笑った。釣られて皆が笑うが、咲良だけは情けない笑顔になってしまった。 


        *****


「私の授業は、はっきり言って厳しいと思います。課題も沢山だしますし、テストでもノート持ち込みとかは有りません。やる気の無い人は私の授業を取ってもらわなくても良いので、今ならまだ履修登録の変更ができますから、変更してください。それから、出席は必ずしてください。どうしても出られない時は、私宛にメールしてください。そして今配ったプリントの席順に移動してください。毎回必ず同じ席に座る事。開始時間に空席の場合は欠席とみなします」

 飯島彼方は教室へやって来ると、注意事項と席順を書いたプリントを配り、威嚇するように説明すると席の移動を促した。

 今回の教室は大学特有の3人がけの机ではなく、高校の教室の形態と同じような教室だった。咲良は席順が決まっていると聞いて、溜息を吐いた。こんな場合たいがいがアイウエオ順だ。咲良の姓は山野で、子供の頃から出席番号は後ろから5番以内。出席番号順に席を決められると、だいたい後ろの方になる。大学の学籍番号も同じ学科内はアイウエオ順になっている。山野の後には吉田と渡辺の二人だった。


「先生、この席順は何の順番ですか?」

 咲良が今からプリントを確認して移動しようと思っていたら、誰かが飯島に尋ねた。


「学籍番号をランダムに並べたよ。私は常々アイウエオ順と言うのは差別だと思っているんだよ。小さい頃からずっと順番と言えばアイウエオ順だったと思う。そうすると、ア行の名字の者はいつも心の準備ができない内に順番がやって来るし、また、ワ行の名字の者は待ちくたびれてしまうだろう。それが、幼稚園の頃からずっと有無も言わせず強制されている訳だからな。親が離婚でもしない限り、又大学生なら結婚と言う手もあるが、そんな事でもない限り、そのストレスはずっと続くと思うんだよ。だから、今回私の独断で、ランダムに並べさせてもらったよ。こればかりは宝くじみたいなものだと思って、どの席になってもノークレームにしてくれ。さあ、そろそろいいか?」


 (うわっ、飯島彼方もアイウエオ順に同じ事思っていたんだ。飯島だから、いつも順番がトップの方だったのかな?) 


 咲良は妙に親近感を覚えた。


 飯島が話しをしている間に、皆が席替えを終えようとしていた。咲良はなんと、真ん中の列の一番前。すなわち講師の真ん前だった。


 (由香だったら、ラッキーと喜ぶだろうな)



 彩菜はどこだろうと振り返ると、斜め後ろの方の席でこちらに手を振っている。


 噂ではサングラスをかけて講義をするって聞いていたけれど、今日の飯島彼方は黒いセルフレームの眼鏡をかけていた。そんな眼鏡では彼の整った顔は隠しようもなく、ましてや年齢も噂通りの30代、否20代後半と言っても頷けそうなほど、若く見えた。

 日本文学専攻は四分の三が女子だ。そして、飯島彼方のこの授業を取っているのはクラスの殆どだろう。

 最初教室に入って来た時の飯島は、威嚇するように眼鏡越しでも衰えない鋭い眼光で学生に一瞥をくれると、いきなり脅すように話し始めたので、みんな水を打ったように静まり返り、彼を見つめる瞳には恐れがあったと思う。しかしその後、席替えを始めると、彼の雰囲気が柔らかくなり、見惚れる女子の思わずこぼれる吐息が聞こえてきそうだった。

 咲良は、余りの近さに、最初飯島の顔を見る事が出来なかった。イケメンは相手に気付かれない距離から見つめているのがいいのであって、近過ぎるとどうにも恥ずかし過ぎて対応できない咲良だった。

 それでも、低音の耳に心地よい声で話す飯島の興味深い話に、咲良はいつの間にか引き込まれ、飯島の顔が気にならなくなっていた。


            *****


 その日の夜、兄から久々の電話があった。

「咲良ぁ、おまえ、もう東京に居るんだよなぁ」

 大樹の相変わらずシスコン気味の情けない声に、咲良は心の中で嘆息した。


「そうよ、なによ今更。もう入学してそろそろ半月経つよ」


「本当にQ大へ入ったんだなぁ……。そう言えば、女子寮に入ったんだって? それはいい選択だったな。女子寮なら男子禁制だろ? そうやって都会の男には気を付けるんだぞ」


「お兄ちゃんに心配してもらわなくても大丈夫です。別にそんな理由で女子寮を選んだ訳じゃないし……レトロな寮だけど、先輩達もいい人ばかりだし、ルームメイトも頼りになって気の合う子だし、言う事無いよ」


「そうか、それはよかった。あっ、そうそう、年度初めで忙しくて忘れていたけど、入学祝、まだだったな。何か欲しいものはあるか?」

 兄はうざい事も多いけど、基本優しいよねと咲良はほくそ笑む。


「今特に欲しいものは無いけど……」


「だったらお小遣い振り込んでやるから、好きなものでも買うといいよ。後で口座番号メールしといて」


「ホント! お兄ちゃんありがとう。あのね、B級グルメサークルに入ったんだけど、いろいろ食べ歩きしたかったから、助かる」

 咲良は兄の心遣いが嬉しくて、興奮してお礼を言った。


「咲良、食べ歩きなんかしていたら、すぐに太ってしまうぞ」

 大樹はそう言って笑った。咲良は少し拗ねたように「余計なお世話!」と返したが、何となく嬉しくなってフフフッと笑った。


「あ、そうだ。来月出張で東京へ行くんだよ。その時Q大を見に行くから、案内してくれないかな?」


「えっ? 出張? 仕事なのに大学なんか見に来る暇あるの?」

 咲良はドキッとした。あの転勤話を思い出したからだ。そう言えば、あの後何も言わないけど、どうなったのだろうか? やっぱり冗談だったのかな?

 咲良は気になったけれど、下手に訊いてやぶへびになっては堪らない。


「ああ、その辺は大丈夫。親父ご自慢のQ大も、一度ぐらい見ておかないとな」

 父親への嫌味のように言いながら、大樹はハハハと笑った。咲良はその笑いにバカにされたような気になってムッとする。


「お兄ちゃん、Q大へ進学しなかった事、後悔しても知らないよ」

 咲良は思わず挑発的な言葉を返していた。


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