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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第一章:大学受験
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1.王子の進路

新連載を始めました。

どうぞよろしくお願いします。

 春。

 毎年春は巡って来るけれど、今年の春は今までの春とは違う。

 旅立ちの春。

 そう、確かに旅立ちの春、なんだけど……山野咲良(やまのさくら)にとっては、人生初めて勝負に出て、勝ち取った春、なのだ。


           *****


 思い返せば半年前、偶然聞いてしまった憧れの人の進路。

 それまで漠然と地元の大学を受験しようと考えていた咲良は、憧れの人の進路が、直線距離で約300km、電車と新幹線を使って約3時間の大都会と知って、もう彼を見られるのは後半年間だけなのだと、今更ながらに思い知った。

 卒業したら会えなくなる事くらい、頭の片隅では分かっていた。学校生活には限りがある事なんて、当たり前のことだから。

 それでもずっとこのまま、遠くから彼を見つめていたかった。

 この一学年10クラスもある高校で、一度も同じクラスになった事がない。おそらく彼は、咲良の存在さえも知らないだろう。

 それに引き換え彼は、知らない人はないだろうと言うほど、目立っていた。

 神はこの人にいくつの徳を与えたもうたか、と思ってしまうぐらい、彼は全てにおいて秀でていた。それでも嫌味が無く、いつも爽やかな笑顔で、友人達に囲まれている。


 彼が都会の大学生になったら、きっと垢抜けて今よりもっと素敵になるだろうな。

 咲良はそんな彼を見る事が出来ないと言う事に、また愕然とした。

 もう制服じゃない彼の姿なんて、今までも一度も私服姿なんてみた事のない咲良にとって、想像しようもないのだ。

 それでも咲良は、テレビで見た大学のキャンパスに頭の中で彼を立たせてみる。服装の辺りはあやふやだ。

 キャンパスを歩いて行く彼を、物陰から見ている自分を想像して、うっとりとしてしまう。


 (ああ、いいだろうなぁ)


 同じ教室で、彼を後ろの方から見つめる。学食で彼の座るテーブルの近くに座る。大学は高校のようにしっかりと時間割が決められている訳じゃないから、どこで彼と遭遇するか分からない。毎日ドキドキしながら、大学生活を送るのもいいなぁと、咲良はすっかりトリップしていた。

 それこそ、一歩間違えればストーカーだと言う事に咲良は気付きもしなかった。


 あれは夏休みが明けた第一週目の金曜日の放課後、咲良は夏休み明けには出す予定だった進路希望の用紙を出し忘れたため、担任に提出するべく職員室を訪れていた。出し忘れたと言っても、本当のところは今日まで迷っていたからだった。

 国立にするか、私立にするか……。

 どちらも地元の大学だけれど、レベルが違った。

 国立だと頑張らないと入れないレベル。私立だと今のままでも入れちゃうレベル。

 でも、それ以前に、どうして大学へ行きたいか? 大学で何を学びたいか? と言う基本的な事があやふやなのだ。

 今の咲良にとっては、大学生になってみたいとか、まだ社会に出る自信がないとか言う気持ちが大半を占めていた。

 それでも、迷い続けた結果、私立は滑り止めとして、国立にチャレンジする事にしたのだった。

 職員室に入り、担任の席に向かって歩いている時、担任の席の一つ置いて向こう側の席にいる教師と話している生徒に気付いた。担任とその向こうにいる教師との間の席は、今は空席だったので、余計に良く見えた。


 (あっ、王子だ)


 こちらに背を向けて立っている背の高い男子生徒、それはまさしく咲良が憧れている石川駿(いしかわしゅん)だった。

 ゴルフの何とか王子と姓が一緒と言うだけで王子と呼んでいる訳ではなく、彼の才能や爽やかな笑顔、仲間からの信頼、優しい態度等々、女生徒の誰もが認める王子様だったからだった。

 少しドキドキしながらも、担任に会釈して進路希望用紙を提出すると、担任は内容を確認して、咲良を見上げてニッコリ笑った。


「センター申し込むと言う事でいいんだな? まだ時間はあるから、しっかり頑張れよ」


「はい、よろしくお願いします」

 咲良がそう言って頭を下げた時、一つ置いた向うの席から、教師の声が聞こえて来た。


「Q大は人気があるから、おそらく選抜になると思うが、石川の成績なら大丈夫だろ。石川が希望しているのを知ったら、希望者が減るかもな」

 その男性教諭は大きな声で言いながらワハハと笑った。咲良はその教諭が言った意味がイマイチ分からず、担任の方に問いかける様な視線を向けた。


「指定校推薦だよ。Q大はレベルが高くて枠が少ないからな。高柳先生、牽制のためにわざと大きな声で言ったな。まあ、石川がライバルだと誰も戦う気にはならないだろうが……」

 目の前の担任が苦笑しながら説明してくれた。

 そしてその時初めて咲良は、彼がQ大を希望している事を知ったのだった。



 咲良はその日自宅へ帰ると、インターネットでさっそくにQ大のHPを見てみた。キャンパスの大きさも、学部の多さも、学生の数も、地元の大学とは比べ物にならないくらい大きい。


 (こんなところで王子は4年間を過ごすのか……)


 羨ましい気持ちと寂しい気持ちと、卒業したらもう一生彼を見かける事がないかもしれないと言う想いで、咲良の胸は苦しくなった。

 そして、苦しく感じた自分にショックを受けた。


 咲良は、分かっていた事じゃないかと自分を戒める。

 遠くから見つめてほんわかしたり、彼に会えた日はラッキーな一日だったと思えたりと、アイドルを愛でるような気持ちでいたはずだ。

 高校の3年間、思い出の中に花を添えてくれた存在。それが彼、石川駿だった。

 遠くから彼の姿を見かけるととても幸せな気分になって、近くで彼の姿を見かけると心臓はドキドキして、すれ違おうものなら彼の姿も見られず俯いたまま早足で行き過ぎるだけ。

 それでもそんな気持ちを味あわせてくれる彼の存在が、咲良にとっては高校生活での潤いだったのだ。


 その後もHPを見続けていると、咲良は憧れの作家の名前を見つけて、スクロールの手を止めた。


 ―――――――飯島彼方(いいじまかなた)


 高校1年の頃、文芸部の先輩から勧められた一冊の本が、咲良とこの作家との出会いだった。

 何でもない日常の中のちょっとした事件を通して、主人公が周りの人達との関わりの中で、少しずつ成長していく姿を描いたストーリーだった。

 何よりも咲良が惹かれたのは、その文章。日本語ってこんなに綺麗な言い回しができるんだと、読むたびに溜息が出て、それでいて、ほんわかと温かくなるストーリーで、何度繰り返し読んでも、ジワジワと心が癒されて行く。

 最初の一冊を読んだ後、たまたま手にした2冊目が咲良をここまでこの作家にのめり込ませた。

 図書館にある彼の本を片っ端から読んで行くうちに、手元にない事が淋しくなって、文庫本をそろえ始めたら、もう止まらなかった。それは小説だけにとどまらず、エッセイや対談と言ったものに至るまでの入れ込みようだ。

 それでも咲良の作者本人への興味は、本の巻末に載せられているプロフィールを見る程度で、やはり彼が紡ぎ出す作品への興味の方が勝っていた。

 どこかの大学で講師をしているらしいのは知っていたけれど、大学名も目にしていたはずなのに、記憶には無かった。 

 だから、この大学のHPで彼の名を見た時、ここの大学だったんだと、さっきまでとは違う感慨に(ふけ)ったのだった。


 王子がどの学部を志望しているのかは知らないが、もしかするとこの憧れの作家の講義を受けるチャンスがあるかもしれないのだと咲良が気付いた時、彼に対する言いようの無い羨ましさが胸に広がった。

 こんな地方にいる咲良にとって、東京の大学なんて遠い別世界のような気がしていたから、憧れの作家の講義を受けるチャンスなんて思いつきもしなかった。けれど、自分の知っている人に、そのチャンスがあるのだと言う事に気付いた時、別世界だと思っていた東京の大学が、ぐっと身近な存在として感じられるようになったのだ。


 (もしかして、もしかすると、私もその大学へ入れば、あの飯島彼方の講義が受けられちゃう?)

 そんな事を考えた次の瞬間、咲良は笑い出しそうになった。


 (Q大になんか、入れるはず無いじゃない)

 自分にツッコミを入れ苦笑すると、悪魔が囁いた。


 (でも頑張ってQ大には入れたら、飯島彼方の講義も受けられるし、大学生の王子も見られるんだよ)

 や、や、や、これって、一挙両得? と咲良の心は俄然テンションを上げたのだった。

 

 

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