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「その者の名は」  作者: mumu3173
第一部- 一年目
9/50

「頭巾の秘密」1

 元旅人の少女であるラエルが、俺と出会ってから、ようやく一年が過ぎようとしている現在イマ、学舎に通っている月日自体そう長くは無いのに、学舎にいる見知らぬ男から告白されることは、実は多々ある。

 それは彼女の街入門の際に、俺が我がままを通した『リーグル』の名とともに街の住人たちの格好の噂種になってしまったことも理由だったけれど、一番の理由は、彼女の容貌にあった。

 現れた当初、少女は街に住む者たちとは明らかに違う出で立ちでいた。

 寒いか温かいかのどちらかで言えば温かいほうの部類に入るイライブ地方エルズの街には、長い外套姿はまだしも、地に引き摺るほどの長い身の丈の着物は滅多にお目にかかるものではない。着物を羽織り、小さな体には十分すぎるほど長い外套をはためかせ、頭巾を身につけていた少女は、街に住む誰もがどう見ても自分たちとは違う異邦人と言えただろう。

 街に住むようになって、長い着物を羽織ることを止めたラエルは、頭巾を身につけることは止めなかった。外出する時は勿論邸の中にいる間ですらきちんと頭巾を身につけていて、自身の髪を一切人目にさらさないように生活をしている。

――だからなんだと言われたらそれまでなのだが、やっぱり、平和で穏やかで退屈で詰まらない生活を送っている者たちの目から見れば、突然に現れた少女が謎めいているというだけで魅力的に見えるのかもしれなかった。

 そして、ぶっちゃけて言えば、彼女は可愛いのだ。目も大きく、円らで、睫も長い。鼻も高すぎず低すぎず形もいい。薄桃色の唇が弧を描くかのようににっこりと微笑んでくれれば、それだけで嬉しくなってしまうほど、どこからどう見ても可愛いのである。……誰しも、男なら、それで十分だと思う。


(学舎に通っているって言う時点で餓鬼ガキだしな)


 俺はふとため息を吐いて、俺を取り囲んでいる悪友連中を見やる。「重大任務を与えるから参加しろ」と言われ、暇だったので話を聞いてみたものの、途中から聞く気も失せてしまったので俺はぼうっとしていた。

 いつもならこのタイミングで『早くラエルが来ないかな』と思うのだが、今このときばかりは『変なタイミングで出てくるなよ』と、祈ることしか出来なかった。


「だから、おまえも気にならないわけ? 彼女の頭巾の中身」

「ラエルちゃんのことだから、おまえが頼めば絶対見せてくれるって」

「――な? いいだろ?」


 畳み掛けるように告げられてから、俺がこれ見よがしにため息を吐くと、何を勘違いしたのか悪友連中から歓声が上がった。


「お!?」

「やった!」

「協力してくれるのか! さっすがロア坊!」

「――誰が、ロア坊だ、誰が」


 苛々と答えたが、相手方がそんなことで勢いを落とすはずも無い。


「なんだよ、独り占めする気かよ? そうはさせねえぞ!」

「大体おまえずるいんだよ。リーグル邸生まれなのはともかく、あのラエルちゃんと一つ屋根の下に住んでるとか!」

「……おまえたちが想像してることなんて、たかが知れてるよな」


 思わず、友人たちには聞こえない声音でぼそりと呟いてしまった。

 俺とラエルは同じ家に住んで生活を共にしているが、それが『一つ屋根の下』なのだと言っても、彼女との接触なんて、食事時の前後だけ。だから、どうサバをよんだとしても数時間程度しか無かったりする。……学舎でしか会うことが出来ないのなら、その数時間があるかないかでは貴重かもしれないが。

 大体、俺の家はリーグルの『邸』なのだ。俺はリーグルの家は他の邸宅二つに比べて名ばかりのものだと思っているから、家柄とかそういう問題では無いが、ともかく『邸』の名を名乗るに相応しい馬鹿でかい家なのである。それぞれの生活空間を広く保てるのだから、たとえば、風呂上りの彼女に出くわすなんてこと、そういうことが起こることを期待するのが間違っているのである。


「俺は協力しないからな」


 諦めの悪い友人たちをどうにかなだめすかし、いなして、帰らせることに成功すると、俺は直ぐ近くの講義室のドアを開く。

 そこには、ひっそりと何かの本を読み進めている少女が一人。彼女の手にしている本はたった今読み始めたというわけではないようで、見開かれているページを見るに、読み進み具合は中ほどといったところだろうか。それなりに待たせてしまっていたようだった。

 けれど、この場所にいたのならば、その話の内容はともかく、俺と俺の悪友たちが喋っていたことを知っていただろう。――なのに彼女は、一人本を読むことを選び、ひっそりと気配を隠すようにして本を読み進めていた。

 それが意味することなんて、一つしかない。


(彼女自身は、まだ、周りの奴等には慣れていないんだよな……)


 今でこそ、俺に対して『主様しゅさま』などと変な呼び名で俺のことを呼ぶようになってしまったラエルだったけれど、こんなふうに俺以外の第三者、学舎で顔を合わせたことのある学友たちに対する対応を見てしまえば、遥かにマシなのだと思い知る。

 無口で、無表情で、無関心。ラエルは、決して自分自身から(・・・・・・)はこれっぽっちも他人ヒトに接しようとしないのである。

 そんなことでは、色々と成り立たない。それがわからないはずもないだろうに、彼女は決して態度を改めようとせず、何でもかんでも俺を間に立てて、事を成そうとする。だから、決して俺から離れようとしないのだ。

 正直、面倒臭さは半端ではない。けれど、彼女が馴染めないでいるのは可哀想だったし、馴染めないだろう理由も恐らく元旅人であることが関係していそうだっただけに、放っておくことなんてできなかった。何より、彼女が頼ってくれるのはすごく誇らしかった。

 それに、ラエルから目を離してしまうと、すぐに迷子になる。彼女に近付きたいと野心を持つ男たちが押し寄せてくるわ、連れ出して告白しようとする野郎だっているしで、後々俺が処理しなければいけない面倒ごとが押し寄せてきてしまうのである。それを未然に防ごうと思ったら、何かとそばにいたほうが都合よかった。

 そして、言葉遊びの延長線上とはいえ『主様』と呼ばれ始めた以上、守ってやらねばならないと俺は思うのだ。何と言うか、強迫観念にも似た思いが在る気がする。

 決して、俺の近くにいなければ落ち着かないからだとか、他の奴らと話しているのが嫌だからだとか、そういう理由ではない。


「ごめんな、待たせて」

「いいえ。遅れたのはわたしのほうが先ですから。……この間はこの間で、ご迷惑をおかけしてしまいましたし……」


 ひとまず申し訳なさそうに謝ってみた俺だったが、ラエルの言った哀れな先輩学生のことを思い出して、俺はつい笑ってしまった。

 ラエルが本を閉じて立ち上がった。見るともなしにちらりとその本を見たが、少し見ただけではそれが何の本なのかはわからなかった。


「それ、何?」

「えぇと……薬学書らしいですよ?」


 ぱらぱらとページをめくって、ラエルが笑う。

 俺は少し不思議に思った。


「わざわざ学舎で借りたのか? 薬学系の本なら家にいっぱいあるんじゃないのか? 母さんの部屋とかに」


 リーグルの家の祖は、植物学者だった。なんでも、国の都の秀才たちを差し置いて、当時未知の病であった病気を治す薬を発明したとかで、その功績に様々な恩恵とともにあの邸を与えられたらしい。

 以後、国を悲劇に襲うような流行病は発現していないが、エルズの街は今でも植物学者を拝命したものに『ある特定の条件』を与えて、リーグルの邸を守らせるのだと言う。

 現代にも残されている、貴重な植物たち。それを維持することこそが、リーグルの家を継ぐべきものに課せられる条件の一つだった。

 世襲制ではなく、『当主』の存在の意義すら問われないのはそれが理由だった。維持ではなく世話だけならば、少し知識を持っているものならば、出来ないことは無いという考えかららしい。それでも、扱いに難しい植物を失ってしまいかねないが、結局のところリーグルの家のそれが失われるだけであって、国の都の然るべき機関には十分にあるはずだった。だから、それほど重要視されていないというべきか、俺の母も十数年前に拝命する前は、邸宅リーグルの当主自体は二十年以上不在状態だったらしい。

 まあそんなわけで、俺の家には薬学の本がそれなりにはある。勿論、薬草を主に使用する本に限定されるのだが。

 

「ルレッセ様にはもう見せて頂きましたから、無理を言ってケインにお願いしたんです」

「ケインって……つまり、シュバルツの家にか?」

「『知識の宝庫』と名高いあそこならと思い、いくつか面白い本を選んでもらったんです」


 シュバルツの家はリーグルと同じ邸宅の名を持つ家の一つであるが、学者とか政治家とかを輩出している家としてリーグルの家とは比べ物にならないほど超有名なのである。

 その家の子であるケイン=シュバルツは、俺の友人の一人であり、邸宅シュバルツの名に相応しく、大変頭が良く学術試験ではいつも首位を独占している。多分、俺なんかとは頭の使い方が違うのだろうと思う。

 ちなみに、残り一つの邸宅ヴァレンタインは、武芸に秀でていて、街の自警団の総締めは勿論、都に上り国に仕える名高い騎士を世に送り出している。こちらも、シュバルツ家以上に超々有名である。ヴァレンタインの血を引くもの、その教えを受けるものも同様に人々に高く評価され、尊敬されるのだ。

 そして、シュバルツ並びにヴァレンタインの邸宅は、古くは国の都の貴族の血が入っていると言うのだから、すごい。名ばかりのリーグルとはワケが違うのである。


「なるほどね。で、収穫は?」

「上々。……と、言いたいところですが」


 そう言ったラエルが、続きに何かを言いかけたようだったのに、結局言葉を濁して黙ってしまった。


「ま、いいけどよ」


 俺は既に俺なりに納得していたので、深くは追求するつもりはなかった。


「何調べてるのか知らないけど、俺にでも扱えそうな簡単なことなら是非教えてくれよ?」

「はい、勿論ですよ。主様」


 お決まりの決まり文句を聞いた俺は、苦笑しつつ、ラエルと共に帰宅した。

 ラエルの言いよどんだ言葉の続きを知ったのは、その翌日の夜のことだった。

加筆修正しました。すみません。9.06

再び加筆修正しました。すみません。9.10


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