「明かされる理由」1
二人が、目覚めた。父と母に何が起こったのかは正確にはわからないが、一瞬気を失ったようなものだったのだろう。ぱちぱちと瞬きを繰り返している間二人は無言だったが、俺とラエルとが二人の向かいのカウチに隣り合うように座り手を握っているのを見、そしてラエルと繋いでいる手の腕の光に気付くと、母は怪訝そうに小首を傾げ、父は眉根を寄せた。
「二人とも大丈夫か? 変な感じとかは無いんだよな?」
確認すれば、父も母もこくりと頷いた。
「わたしは特に。それより、見たところコーラルがいなくなっているようだが……?」
「部外者と思える人物にはご退出願ったのだよ」
俺とラエルとではない声がしたことに、二人は不思議そうな顔をした。発生源を探そうとして部屋をきょろきょろと見回すが、当然何もあるはずも無い。
「い、今のは?」
訝しい声で言う母に応えるかのように、ラエルの左腕の光が増した。
「――突然のこと、驚かせてすまない。わたしは……」
「待って下さい!」
ラエルの腕輪が明々と光り、明滅し、あまつさえ声を発したことに父と母は驚いてそれを凝視していたが、その謎の声を遮るようなラエルの大声に目を白黒とさせた。
「おい。ラエル、何を……?」
「ら、ラエルちゃん?」
俺と両親とが驚いているうちに、俺の手を振りほどくようにしてラエルが立ち上がった。
「わたしから……話をします」
ラエルは勢いよく頭を下げた。
「――申し訳ありません。レフェルス様、ルレッセ様! わたし、追っ手から逃れるため、ある方より頂いた腕輪を……腕輪に宿る不思議な力を、ある方を介して使用していました。たった今、あなた方に起こった不可思議な現象はわたしの……わたし達のせいなんです。本当に、申し訳ありません――っ!」
父と母は顔を見合わせたが、母は頭を抱えてしまったようだった。
「ロアーツ、おまえは……知っていたんだな?」
「……ラエルの身を守るために、腕輪に魔術が封じ込められているらしいんだ」
「ほう? ……それを証明する手立ては?」
父の問いかけに俺は答えることができず口を噤みかけたとき、腕輪が俺の名を呼んだ。
「ロアーツ殿。彼女の腕輪を取ってみろ。そして、頭巾を取れ」
父と母が再び驚いたように固まったが、俺は気付かないフリをして腕輪との会話を選んだ。
「それをしたら証しになるのか? ……しかも、今は交信中なのにいいのかよ?」
「交信自体にはさほど影響は無いはずだ。――いいから、わたしの言ったとおりに」
腕輪に促されるまま俺はラエルを見るが、どう見てもその目がそれを嫌がっていた。
どうしたものかと俺が躊躇うと、後押しするように腕輪の声がせかしてきた。
「気が進まないだろうが、我慢しろ。逐一それが人目に触れないよう命じていたのには、明確な理由があったからだと言っただろう?」
語り聞かせるような声が、ラエルを諭す。
「――それを隠しだてる術は無い。だからこそ、おまえが付け狙われる原因になったのだと」
腕輪の声に、ラエルは観念したかのようにうなだれた。
ラエルの頭巾は既に俺が取り外していたも同然だったから、ラエルは残りの腕輪をつけた左腕をまるで差し出すかのように俺に向ける。
俺は彼女の腕輪を手に取った。
そして。
「なっ――!」
腕輪を預かった俺は、信じられないような思いでラエルを見つめた。その腕から腕輪を外した途端、ラエルの身に変化が起こったのだ。白金から薄茶色に移ろいを見せていたラエルの髪が、まるで日光のような黄金の色へと染め変わっていく。あまりのことに、俺は呆気に取られた。
父は無言でそれを見つめ、母は頭を抱えてしまった。
「そんなことって……」
母のうめくような声に、俺たちの誰もが何も言えずにいると、ラエルが俺から奪うように腕輪を取ってそれを身につける。
瞬く間に髪色が元に戻り、間を置かず、腕輪の声が再び交信を始めた。
「奥方殿は彼女の髪質は類稀なるものだとお気付きだったらしいが、それは彼女ゆえの特質のものと言える。その髪の一筋一筋に宿る『魔力』が、本来の髪色から『黄金色』へと変えてしまうのだ」
ラエルが身につけている腕輪は腕輪の主自身が術式を念じ込めた特別な物で、本来の彼女の髪色に見せるために念じたおかげで、それを身につけている間ラエルの髪色は黄金には見えなくなっている仕組みらしい。腕輪の役割りはラエルの身を守る為だけの武器ではなかったのだ。
「珍しい事例ではあるが、宿した魔力が体質として現れてしまう者たちはことごとく『その色』を身に持つとされる。特に、彼女の場合は一目瞭然。――それが、元凶。魔術の使い手にとって喉から手が出るほど欲しい『器』として狙われるはめになったのだ」
「な、なんですって……?!」
腕輪の声に俺たちは当然驚いたが、それ以上に信じられないと言わんばかりに悲鳴を上げたのは件のラエルだった。
「黄金に染まるのは、知っていました。ですが、それ以外のことは初耳です! この髪が、魔力のアカシ!? ……腕輪、本当なのですか!!」
「わたしとて、本来これを伝えるつもりは無かった。無論、奴らの目的の正確なところはわからん以上……」
「――だったら!」
「新たに来る御仁の話はもう知っているのだろう? まさかおまえほどの者が既に難を逃れたなどと本気で思っていたのか?」
問い詰める形の腕輪の声にラエルは反論できないようだった。
「おい、一体何の話をしているんだ!」
両親はもちろん、俺ですら二人の話に置いてけぼりで、溜まらず口を挟んでしまった。話がさっぱり見えてこない。
「腕輪は……一体ラエルに何が言いたいんだよ?」
「ああ、ロアーツ。おまえに言いたかったことをすっかり忘れていたな」
さも思い出したといわんばかりの口調の声が、一転、明るい声になった。
「先ほどのことはともかく、わたしはおまえに礼を言いたかった。我が『妹』を守ってくれてありがとうと。出来ることならもう少し守ってあげて欲しい、と。……わたしは、本当にそのつもりだった。この街に来てから、しばらくの間名乗りもせず第三者としておまえたち二人を見守ったが、おまえにならその妹を託す人物に相応しいとそう思ったんだ。同じ『偽りの名』を持つものとして……」
「な……?! 妹!? それに、偽りって――?」
俺がその発言に疑問を挟む間もなく、声が冷徹な響きへと変わる。
「だが、もう遅いんだよ。ロア。おまえの緩やかな成長を待つ暇はなくなってしまった。『御仁』とやらに『黄金の娘』の話を流すように手配しただろうわたしの主人は来てしまう……」
腕輪の言葉に一番に反応したのは、ラエルだった。
「――どういう……ことですか?」
「これが、最後の交信と心得よ。ラエル。……時は、来てしまったのだ。最悪な形で。以前の警告は、本当に何の意味にもならなかったな……」
ラエルは震えおののき、両手で耳をふさいだ。
「いやっ! いやです!」
「――忘れたのか! わたしは初めに言ったぞ、その可能性もあると! 名を捨て、居場所を捨て、その時さえ耐え抜けば自由になれるはずだった。だから、どうか逃げきってくれと言った。誰にでも心を開くなとは言わんが、心を奪われるなとあれほど言ったのに、おまえはそれも聞かなかった。……せめて、居場所を変えてくれさえすれば。おまえはひとつところに留まり過ぎたのだ!」
「だけど、こんなことって……」
腕輪の主は、ラエルを守る守り手のはずだった。けれど、その当人から宣告されるその言葉は、それを放棄するものだった。
「――俺自身が望まぬとも、恐らく俺は、俺に『偽りの名』を与えた憎き仇に使役される存在としておまえを捕らえねばならんのだ」