「秘めていたもの」1
問答無用で居間からラエルのみを連れ出すことに成功した俺は、引っ張ってきた彼女の腕を解放してから、向き直った。
「ラエル。大事な話がある」
「わたしもあります」
俺が強引に連れ出したにもかかわらず、ラエルは大人しく俺についてきてくれていたが、ラエルにはラエルなりの思惑があったらしい。
「おまえのから聞くよ。何の話だ?」
「先ほど、ルレッセ様にも言いましたが……、わたしはリーグルの家を継ぐ気はありません」
潔いほどキッパリした宣言だった。
「本当に?」
それは俺にとって願っても無い言葉だったが、ちゃんとした理由みたいなものが聞きたくて、ついつい尋ねてしまっていた。
「本当です。邸宅の当主の身分なんて……。このことがルレッセ様のご好意によるものだとしても、色々な意味でわたしの存在が周知されかねませんので、そのようなことはっきり言って望んでいません」
「……けど、以前から母さんの打診はあったんだろ? 今のおまえはあくまで居候と言う形だから、後ろ盾としてリーグルの名を名乗れることは――」
「それは、それです。身元のことなんて今更」
俺の言葉を遮ったラエルが、不安そうな顔をして俺に尋ねてきた。
「主様。主様の大事なお話ってなんです……?」
ラエルに促された俺は何と切り出そうか一瞬迷ってしまったものの、意を決し、真っ直ぐにラエルを見つめた。
「コーラルが首飾りのことを知ってた。それどころか、指輪のことすら知ってるらしいんだけど、どういうこと?」
ラエルが、はっと息をのんで俯いた。そしてそのまま黙ってしまったラエルは、俺への返答をしないつもりらしかった。
「それは……あの」
必死に何か言い訳を考えているようだった。
いつもならこうなってしまった場合見逃してやるけれど、今回はそんなつもりなかった。俺はラエルに近付いて、直ぐそばまで歩み寄る。俺の動きに気付いたラエルが慌てて後ずさったようだったけれど、俺の方が早い。これ以上距離を取られないようにとその腕を掴み、掴んだまま俺は別の手でラエルの首元に手を伸ばした。
探れば、服の下に硬い触感があった。その硬い何かが彼女の首から提げられているのが、俺にはわかった。
「っ――!」
ラエルが身を震わせている。
「あ、あの――っ!?」
どもるラエルが、怯えたように俺を見上げてくる。あえてそのままの体勢で俺は囁いた。
「これ、何をつけてるんだ?」
すぐさま、彼女の視線が下に落ちてうろうろと彷徨った。どう答えようか必死に考えているようだった。
「素直に言えよ。――じゃなきゃ、俺、直接触って確認するぞ」
「――ろ、ロア様っ!? そんなことするんですか!?」
慌てた声が、俺の名を呼んでしまっている。
まんまとひっかかってくれたらしい。
(――そんなことって、一体何考えてるんだか……)
ものは試しにと、さっき首元を探った手を彼女の体の下の方へ、体に添って鎖骨辺りにまで下ろしてみる。いかにも、ゆったりとした動きでだ。
「あっ――!」
びくりと震えたラエルが、俺の前で目をぎゅっと閉じてしまう。
思わずほくそ笑んでしまった俺は、本当に邪な思いに支配されてしまう前に、今度こそ目的のブツへと狙いを定めた。
彼女の腕を掴んでいた手を離すと、俺は両手で彼女の服の首元を留めるボタンを外し、はだけさせる。首にある見覚えのあるような鎖を見つけ、それを引っ張ればあっという間にそれは顔を出す。
ラエルが慌てたように鎖を押さえてももう遅い。
俺は、もうそれを目にしてしまっていた。嬉しさにいつの間にか笑ってしまっている。体中がこの歓喜に打ち震えている。
そう、俺の目の前には、あの日贈った首飾りに繋がれた指輪があったのだ。
「――にしても、見事に引っかかりやがって。馬鹿だなあ、ラエル」
顔を真っ赤にしたラエルが「ずるい」とか「ひどい」とか小さな声でボソボソと文句を言っているのが聞こえたような気がしたが、取り合わないで俺は聞き流してやった。
鎖を手にし、もう片方の手で指輪を手に取り弄くりつつ、俺はラエルの耳元に顔を寄せてこれ見よがしに囁いてみせた。
「首飾りのこと、嫌がってたくせに」
笑い混じりに囁き、彼女の顔が見れる位置まで少しだけ離れれば、頬を薄桃色に染めて恥ずかしそうに縮こまっていたラエルの様子が一転し、俺を強い眼で睨みつけてきた。
離れたとはいえ、彼女の首に提げられている指飾りをもてあそんでいる俺と彼女との距離は近く、正に至近距離だった。だから、お互いがお互いの眼を間近で見るハメになった。
「だ、だって! あなたが、わたしに……お、贈ってくれたから! だから――っ」
「だから?」
ひるまないようにと腹を据え、俺はラエルを見返した。
かわさる視線。
間があってから、ラエルが耐えかねたといわんばかりに、また顔を背けてしまった。
「――っ! もう、いいです!!」
体中に満たされた満足感に俺の気が緩んでしまっていたのか、それとも常の彼女ならば有りえないほどの馬鹿力が発揮されてしまったのか、ラエルは俺の首飾りに伸ばしていたそれぞれの手の拘束から逃れ、俺から距離をとるように数歩離れ背を向けるように在らぬ方を向いてしまった。
どうやら、拗ねてしまったらしい。
「ラエル?」
手元から離れてしまった彼女の存在が寂しくなって手を伸ばすけれど、ラエルは俺の気配を察したのか更に距離を開けられてしまった。
「もう、知りません!」
後ろ背を向いたままラエルが文句を言った。
距離を開けられて今や背中しか見えない状態だったが、ラエルの耳が真っ赤なのがわかった。多分、さっきよりも色味がついているのだろうか。両手で顔を押さえて隠しているつもりらしいがまったく持って意味を成さないでいる。
(――ああ)
そんなラエルを見て、俺はむしょうに泣きたくなった。いや、笑い出したくなったというべきか。叫びたいという気持ちもある。
(――ああ、参った)
思わず天を仰ぎ、顔を手で抑えるけれど、どうしようもないんだろうと俺は諦めた。
ラエルだって隠しきれていないのだから、俺だってにやけきった口元を隠せないに違いない。
「――あっ!」
距離をとられたからって、近づけないわけは無かった。俺は無防備に背を晒しているラエルを後ろから抱きしめた。俺と頭一つ分くらい背丈が違うラエルの体は小さくて、逃れようとする動きを抑えるのは容易くて。――そのすべてが、どうしようもなく愛おしい。
「ラエル」
彼女にだけ聞こえるような声音で囁けば、ぴたりとその動きは止まった。
「ラエル……好きだ。四年前も、今も、変わらずにラエルを好きなんだ」
そのままの体勢で彼女を呼び続ければ、観念したのか、腕の中にある体の力が抜けていくのが俺の腕に伝わってきた。