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「その者の名は」  作者: mumu3173
第二部- 片思い
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「母の思惑」

「ところで、ロア。おまえはラエルちゃんのこと、どう思ってるのかしら?」


 快くも昔の頃のように俺の馴染みの席に晩飯を用意してくれた母は、よりにもよってその最中、何の前触れも無く爆弾発言をしてくれた。おかげで、せっかくの晩飯を噴き出しかけてしまった。

 未遂で済んだものの、咳き込むハメになった俺は母を睨んだ。多少恨みがましく。


「母さんまでラエルの母親気取りかよ」

「あら。今だから聞くのよ? 元々おまえはラエルちゃんにべったりだったし、他の子に目もくれないばかりか、誓い立てまでしているようだったしね。……でも、その思いは本物なのかしら?」

「それ……どういう意味だよ、母さん」


 母はにっこりと微笑んだ。その笑みは父が良く浮かべているような表情にも見えた。思わず母から目を逸らして父の様子を窺えば、俺たちの会話には参加していない当の父は、母の隣に座っていて匙を動かす手も止めぬままもくもくと食を進めているようだった。

 ちらりと父に向けていた視線を母に戻したところで、母が、俺に言い聞かせるような口調で言った。


「あの子を引き取ると決めたとき、わたしは彼女の親代わり以上の親になれるようにと心に決めたわ。もちろん時に甘く、時に厳しくね。……仮にも身元が知れないのだから、何かがあったとき、対処しなければいけなくなるのは『わたし達』であり、彼女の『家族』として当然のことだったから。でも、何処かの息子のほうが酷いくらいで、彼女に厳しくする必要なんて無かったのだけれど」


 可笑しそうに笑う母が俺を見る。思い当たる節はあったけれど、俺は素知らぬ顔をして母の視線を無視した。

 

「そう、あの子はいい子なのよ。……とても、ね。おまけに気立ても良くて、頭も良くて。ここ数年は、わたしの仕事ですら手伝ってくれるほど。もう助手と言ってしまっても過言ではないくらい、申し分ない働きをしてくれているの」


 ラエルを褒めちぎった母が、一旦言葉を切ってから俺を見た。母の眼がうっすらと細くなる。困ったように眉根を寄せて。


「ロア。おまえには悪いけれど……これだけの条件が揃っていて、そして、誰もが賛成してくれるのなら……わたしはラエルちゃんに――」

「――ルレッセ様!」


 母の言葉を遮るような声がした。


「そのお話はもうお止め下さい。わたしには荷が重過ぎると申し上げたではありませんか」


 居間の入口に現れたラエルは母の方へと歩み寄り、困ったように言う。対する母は至極残念そうにため息を吐いた。


「もちろん、あなたの意思を一番に優先すべきなんだけど。少しは考えてみてくれたっていいじゃない?」

「ですが……!」


 緊迫した空気が二人の間には流れているようだったが、取り残された俺にはさっぱりわけのわからない展開だった。


(あのラエルとあの母が、何らかの意見が食い違い、口論しているだなんて……)


 俺は母の隣にいる父にこっそりと尋ねた。


「父さん、一体、どういうこと?」


 食事を終えて茶を啜っていた父は、隣へと移動してきた俺をちらりと見て、言い交わしている二人を見てから、ぼそりと呟いた。

 何故かいつもの父の声らしくもなく、ぼそぼそと小さな声だった。


「恐らく……後継者にしたいのだろう。このリーグルの」

「はぁっ!? 後継者だって!?」


 驚く俺に、父は「しっ」と小声を鋭くして人差し指を立てた。が、母もラエルも俺には気を向けなかったようだった。

 父はそれを確認してから、俺へと顔を向ける。母の思惑を知っているらしい父は「あくまでルレッセがこの邸の当主だから、わたしは静観するつもりだ」と前置きをした。

 説明を求める俺に、父が言う。


「……母さんがおまえにラエルのことを聞いたのは、何故だと思う? 今のおまえが幾らヴァレンタイン邸の世話になっているからと言っても、おまえ自身が成人でもしない限り、おまえはリーグルの家の者だ。だから、今彼女をこの邸の跡取りと認めたとき、彼女はリーグルの家を継ぐ者としてわたし達と同じようにリーグルの名を名乗ることとなる――」


 父の言葉の意味深さに、俺の頭は一瞬で真っ白になった。


「――次期当主候補、ラエル=リーグル。どう見てもおまえより幼く見えるから、おまえの妹としてこの家に入ることになるのかもしれない、ということだ」

「マジかよ……」


 それは、俺の望んだ未来を一撃で破壊してしまえる威力があった。


「仮の話だ。母さんが一番の乗り気だが、肝心のラエルがああも頑なに意思表示しているし、有りえんとは思うが……」


 父の慰めのような言葉が聞こえてくる。それがわかるのに、事態に着いていけないでいる頭が麻痺してしまっていて、何も言葉が出てこない。


(――有りえない、のか? ……本当に?)


 考えを巡らせようとしたとき、直ぐそばにいる父とは違う別の人物に俺は肩を叩かれた。


「――けどさ、ロア? 仮にそうなったとしても、おまえの片耳の相手はラエルちゃんだってことを街の皆の大半は知ってるから、別の意味でも勘違いされる可能性だってあるぜ? めちゃくちゃ小さな可能性の一つだけどね」

「――って、コーラルいつの間に!?」


 訳知り顔で俺に語りかけてきた悪友は、俺と父との視線を受けても平気そうににこにこ笑っている。


「あ、リーグルさん、いつもお世話になってます! さっきラエルちゃんと一緒に部屋から降りてきて、晩御飯頂きに参りました!!」


 ちゃっかりしているコーラルらしかった。母が念のためにと用意していた五人目の晩飯をいつの間にか平らげてしまっている。

 父はコーラルに笑顔を向けているが、仕事面っぽい笑顔を浮かべたようだった。


「どうも、コーラル君。ラエルのこともだが、この愚息のことも世話になってすまないね。しかも、このような騒ぎに巻き込んでしまって……」

「いいえ、そんなお気になさらず。僕はラエルちゃんのことが大・大・大好きなんで! 彼女の力になれるのなら本望ですよ!!」

「――あっ! てめぇ、コーラル!! どさくさ紛れに何言ってやがる!」


 父の前で恐ろしい発言をしたコーラルに、俺は先ほどのヤツの攻撃の仕返しを仕掛けたが、軽くかわされてしまった。


「そんなことより、ロア。おまえ、どうするのさ?」

「ど、どうするって言ったって……」


 コーラルの鮮やかな切り返しに、俺は口ごもった。


「片耳開けたのだって、秘密の首飾りと指輪を渡していたのだって、そもそもおまえが一人で勝手に片思いしていただけだったからだろ? このまま手をこまねいていたら、ラエルちゃん、おまえの妹になっちゃうかもしれないんだろ?」


 我が耳を疑った俺は、思わずコーラルを見返した。


「おまえなんで首飾りのこと知って――っ!」


 瞬間、隣にいる父が冷気を発しているような気がしたが、俺はそれを無視した。

 俺だってそれ所ではない。

 俺の前ではたった一度も身につけてくれたことは無かった首飾りはもちろんのこと、その先に付属している指輪のことまで、どうしてコーラルなんかが知っている。――俺なんかよりも、コーラルの方がラエルに会えている数は少ないだろうに、どうして。

 

「……さぁ、何故でしょう?」


 幾ら睨みつけてみたところで、含み笑いを浮かべるコーラルは俺に話す気なんて毛頭なさそうだった。


「いいだろう、その件はまたの話にしよう。――それで、ロアーツ。このままでいいのか? おまえはこの事態、どうするつもりなんだ?」


 父までもが、コーラルの爆弾発言を何処かへと追いやって、俺をけしかけている。

 俺は、なんだか、かっと頭に血が上った気がした。


(俺は……確かに、一人で、勝手に、思っていただけだったけどっ!)


 無理強いして嫌われたら嫌だから――なんて、問題を棚上げにしていただけのただの言い訳でしかない。


(嗚呼、なんとかしなくちゃ! このままじゃ、何のためにラエルに誓ったのか、ワケわかんないままにされちまう!)


 俺は勢いそのままに大きく息を吸い込んだ。


「ラエル!」


 俺の大声に、母とラエルとの口論が止み、この場にいる皆が皆俺のことを見つめているような気がした。


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