「夜店」1
「なあ、ラエル。どれがいいと思う?」
街広場の中央に開かれていた通称夜市の店の一つには、ずらりと装飾品が並んでいて、俺は嬉々としてその装飾品たちを物色しつつ、隣にいるラエルに話しかけていた。
目当てのものはもちろん、俺の左耳に身に付けるための耳飾りだった。
自分が身につけるものではあるが、耳穴を空けた理由が理由だけに、自分一人が選んで身に付けるなんて空しすぎるのはゴメンだった。だから、俺はめぼしいものを一つ一つ手にとってはラエルに声を掛けていたが、対するラエルの顔はどう見ても仏頂面なままだった。
「出来ることなら、答えたくありません」
「そう言うなよ」
予想道理つれない様子の彼女に、俺は目ざとく店主の顔を見ながらラエルに囁いた。
「なんなら、誰かさんの名前を彫ってもらっても……」
「――えっ!? じゃ、じゃあ出来るだけシンプルなものの方がいいのではないでしょうか?」
慌てたようにとってつけたような口振りで言うラエルの様子に俺は内心で笑ったが、それをおくびにも表面に出さないように努力した。
心を捧げた証しとして、俺は左耳の耳たぶの穴を開けたままにしているが、決して正式な婚約者がいる者のみが身に付ける『わっか状のリング』を通しているわけではない。せいぜい耳から吊るすように垂らす細長い連状のものだったり、丸い鉱石や、異国の産物であるらしい貝殻か何かや、鉄のような何かだったりした。
強引に夜市に連れ出せば、いつもこんな話になって、ラエルが適当にそれを選ぶ。
俺の思惑とラエルの思惑の末は、決まってありふれた耳飾りになるが、俺は気にしなかった。耳飾りをつけていることで、彼女への思いを形として残したかったのだから。
本当は、ラエルに心底拒絶されない限りは、誰に何を思われようとどうでも良かった。それこそ、俺とラエルの二人が誰にも知られずにこっそりお忍びなんて、出来るはずも無かったのだから。
父は、仕事柄商人との付き合いも深い。その父と多分仕事仲間だろう中年の男が、先ほどから、俺たち二人を苦笑して見ている。
「ロア坊も嬢ちゃんも、頑固なんだから。……まあ、止めはしないが」
「おじさんって、父さんの仕事仲間のうちの一人なんだろ? 俺相手に売るなって言われてるだろうに、見逃してくれるなんて助かるよ」
見逃しての台詞部分をこれみよがしに強調した俺に、人のよさそうな顔をした店主は大笑いした。
「はっは! レフェルスさんの子供ってだけで苦労するね、ロア坊! あの人の親馬鹿ぶりは相当知れ渡っているもんなぁ! ――だがな、ワシらとて、想い合う二人の邪魔はせんし、黙ってたら黙ってたで、こっちは儲けるだけだからな」
「ありがとう、おじさん」
俺が駄賃を払うと、店主は更にニコニコして笑っていた。
夜店を物色しつつ、黄みがかった丸い石を買った俺は、早速それを身につけていた。
四年も身につけているから、多分外したままでもそう簡単に穴は塞がらないだろうけれど、今となっては何かを付けていないと落ち着かなかった。
「主様?」
ラエルの呼ぶ声に振り返れば、ラエルはやはり恨みがましそうな目をして俺の顔を、耳飾りを見ているようだった。
「夜市のたびに連れ出していただけるのはありがたいのですが……」
謎の追っ手が増えていると自称と言うか自己申告していたラエルは、いまや自ら一人歩きなどしようとすらしないし、保護者である父と母の監視の眼も以前とは比べ物にもならないほど厳しくなっていた。
こんな風に、俺が強引に外へ連れ出さなければ、ずっと、ラエルは家で過ごしているのだ。
「嫌だったか? 俺、おまえに無理をさせている?」
「そういう意味ではないんですけど……でも」
聞けば、困ったようにラエルが笑う。
「なんだか、わたしのほうが無理をさせているようで……嫌なんです」
「おまえが? 俺に? ――まさか。俺は好きでこういうことをしているのに?」
安心させてやりたくて笑顔を浮かべて見せても、ラエルの表情は晴れなかった。
思わずため息が出てしまったけれど、俺は内心の思いをそのままに語ることにした。
「……ま、どちらかと言えば俺だって変な感じはするけどな。男の俺が耳飾りなんて装飾品を買い漁ってて、女であるおまえを差し置いて身につけているのも。……けど、今となっては、俺はおまえにあんなに痛い思いさせたくないかな」
開けようとする前は『何故男が?』と不思議に思って仕方なかったけれど、開けてみて初めてあの存外にも恐ろしい穴開けの実態に気付いたのだ。
先人の誰かが男側に耳飾りの方を強制したのも、今となっては頷けると言うものだった。
あのときの痛みを思い出してしまって、つい顔をしかめてしまったら、それを見られたらしく、ラエルがふと笑った。
「痛い目にはわたしも合いたくありませんが……。装飾品の類とて、わたしには前に頂いたコレで十分ですよ。ありがとうございますね?」
ようやく嬉しそうに笑ってくれたラエルが、頭巾につけているブローチを手に取った。いつぞやの夜市で俺が購入してラエルに贈った初めての品だった。
「つけてくれてるんだな?」
目に見える位置にそれがあるけれど、あえて尋ねた俺に、ラエルがにこりと頷いてくれた。
釣られて、つい俺も笑顔を浮かべてしまう。
「ありがとう。嬉しいよ」
俺は駆け出しにも近い修行中の身ではあるが、一応仕事をこなして、僅かだけれども給金を貰っている。独立にはまだまだ程遠いけれど、それはそれだ。
俺は、親達から貰ったお小遣いの金ではなく、自分自身で稼いだお金で彼女へ送るための品を買えたこと、それを大事に扱ってくれていることも、すごく嬉しくて誇らしかった。
「ブローチを贈ってから随分経つし、結構金も溜まったし……。その、ラエルさえ良ければ、また何か贈りたいんだけどな……?」
「もう主様ってば。お気持ちだけで十分ですって」
「……そうは言ってもさぁ」
金に物を言わせて意味の無いものを贈りたくは無かったから、今のところブローチくらいしかプレゼントできていない。夜市が立つたびにラエルを連れ出している本当の理由は、彼女が心動くような品があったら、それを買ってあげたいという下心も実はあった。
しかし、この作戦は失敗だったらしく、ラエルは立ち並ぶ夜店自体を興味本位に見つめてはいても、商品たち自体には全然興味を示そうとはしなかったからだ。
それでも俺は、語りつつ、歩みつつ、道なりに続いていく夜店の類を一軒一軒確認していて、良さそうな物が無いかと探すのを止めなかった。
ラエルも、ラエルで、口振りでは『もういいから』と言うけれど、そんな俺に大人しく付いてきてくれたことが、ついつい俺の我がままを押し通そうとしてしまおうとする強みにもなっていた。