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「その者の名は」  作者: mumu3173
第一部- 一年目
24/50

「十六夜《いざよい》の月」1

 酔いつぶれたのは、父の方が早かった。

 珍しいなと思ったが、恐らく昨日の誘拐未遂事件の騒ぎで睡眠が足りていなかったのだろうと思い直して、父をそのまま寝かせておくことにした。

 俺は、そっと自室を抜け出して、まず、とある場所に向かった。

 見つけださねばならないものがあった。

 しかし、彼女がいつ落としてしまったのかは知らないが、俺がそれを発見してから丸一日が経っている以上、もう無くなってしまっていてもおかしくはなかった。

 不吉な不安に駆られたものの無事目的のブツを見つけ出して俺はホッとして帰路に着いたが、自分の部屋に戻ろうとはしなかった。

 そう、俺は今、ある事情から、ラエルの部屋に忍び入ろうとしていた。

 断じてヨコシマな理由からではない。いっそ、それは寝てしまっている父にも断言できることだった。

 とはいえ、まあ、出来たら父を通したくはなかったから、父にはばれないようにひっそりと忍ぶことにしたのだけれど。

 ラエルに返しそびれていた腕輪を持って、俺はいつぞや無茶をしたときのように、なんとか天井裏に這い上がっていた。屋根裏部屋の真下にあるラエルの部屋に、向かおうとしているのである。


(なんか、泥棒みたいだな……俺)


 ふと思ったが、俺は気にしないことにした。金目のものも『花』も盗まないつもりなのだから、泥棒ではないだろうと高をくくって。

 果たして、寝てしまっているだろうラエルにどうやってこの腕輪を渡そうかと考えていると、屋根裏部屋についてしまった。

 天窓から覗く十六夜いざよいの月が部屋を照らす中、なんと、そこにはラエルがいた。ラエルも驚いたように俺を見ていた。


主様しゅさま? なんで……」

「これ、渡すのすっかり忘れてたんだ」


 言ってから、手に腕輪を乗せて差し出すと、ラエルの眼からぽたりと涙が落ちた。まるで感極まったかのように。


「腕輪……っ! これを何処で?」

「抜け道に入る前の下町の近くに、落ちてたんだ。だから、おまえの行く先がわかったんだけど、俺、おまえを追っかけていくときに、そのまま置きっぱなしにしてたからさ。さっき思い出して、慌てて拾ってきたんだよ」


 あまり街の人たちには知られていないが、ラエルの腕輪は、ラエルが街に来たときから身につけている代物である。街に来た当初にしろ、常日頃身につけている学舎の制服風の長衣を着ているときにしろ、見た目にはわからないが、同じ家で生活する者として俺はそれを知っていた。多分、父さんも知っているだろう。

 明日になってから返せばいいとは思っていたけれど、涙を流してまで腕輪を抱きしめている様子の彼女を見ると、やっぱり無理をしてでも渡しに来て正解だったなと俺は思った。


「ありがとう、ありがとうロア様! この腕輪、わたしの唯一の持ち物で、宝物で。大切なものなんです」

「ああ、もう泣くなって」


 つい呼んでしまったのだろうか、俺のあだ名を呼んでくれるラエルの姿を見ていると、俺はたまらなく嬉しくなった。

 万が一を恐れていた俺にとっては、目の前に彼女がいると言うことだけで幸せだった。一時は死を覚悟したのだからこそ。


「おまえが大事にしてるって知ってたから、道に置き去りにしたくなかったんだけど、あのときはどうしようもなかったんだ。万が一の目印代わりだったし。許してくれよ?」

「あのとき、わたし、何故攫われたのかわからなかったの。でも、これで謎は解けた。腕輪を落としていたからなんですね? ああ、良かった。本当によかった……」

「――え?」


 ラエルの意味する言葉の違和感に突っ込む間もなかった。

 安堵する彼女が、腕輪を手に取り、いつもの場所、右腕に取り付けようとするその瞬間だった。月光を浴び、美しく銀色に光る細工が、月光ではない輝きを受けて光ったように俺には見えたのだ。


「――嘘……、どうして?」


 呆然と呟く彼女の声がしたと同時に、俺には何も見えなくなっていた。




 カウチの上で横たわっていた俺は、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。

 何が起こったのか、わけがわからない。

 ただ、胸騒ぎだけが増していく。


――ごめんなさい。わたし、わたしは、従わなければ……。


 空白の思考に、突如ラエルの言葉が蘇ったような気がした。


(何が、だよ。ラエル。おまえはいつも謝ってばかりだから、何のことなのか……)


――こうなってしまった以上、これが、わたしと、あなたのため……。きっと、そうなのです。


(だから、何が――)


 その瞬間、俺は我に返った。


(――今、何時いつなんだ!)


 はっとして窓を見て、俺は驚愕する。闇夜を照らすのは、ついさっき見たような気がする――十六夜の月だった。


(満月の日が、誘拐未遂事件の日。無事なラエルの姿を確認して、父さんと事件の真相を話した日がその翌日で、その後でラエルの部屋に向かった。つまり、十六夜の月の夜に、俺は腕輪をラエルに返したはず……)

(そう、あの腕輪が、光ってから、俺は――?)


 俺は、今、俺の部屋のカウチに横たわっていることに気付いた。あのとき、俺は、屋根裏部屋にいたはずなのに。

 どうして俺は知らぬ間に移動しているのだろう。

 嫌な予感と胸騒ぎは、止むどころか広がっていく一方だった。


「ラエル!!」


 俺は、邸を飛び出した。姿を消した彼女を取り戻すために。




 目にする人全ての人が眠りについていた。深夜と言う時間帯だからではない。不寝番のはずの自警団の連中ですら、道端でばたりと気を失っているようだった。

 俺は、必死になって街を駆ける。彼女が迷子になるたびに、俺はこうして街を駆け回って彼女を探してきたけれど、今回ばかりは楽観できずにいた。

 彼女は、自ら、街を出ようとしているのだと、俺は気付いてしまった。父の危惧していたとおりのことが起ころうとしていたのだ。


(どうして――っ)


 このまま彼女を逃がすわけには行かなかった。あの約束を無かったことにしようとする彼女に、俺は、直接、文句を言わねば気がすまなかった。




 たどり着いた先、街の唯一の出入り口である跳ね橋が見えなかったことに、俺は驚愕した。

 いつもならば上げられているべき橋が、下ろされている。街外門と呼ばれる、その門戸により閉ざされているはずの外の世界が、街を囲む城壁の片隅から、ぽっかりと見えている。しかも、跳ね橋を守る詰め所の門すら開いているのがわかった。

 近付いていくと、無人であるはずも無い自警団の巣窟にばたばたと倒れている男たちの姿があった。――橋、門、自警団の男たち。その全てが全て、彼女の行く手を阻むためにあるはずなのに。

 街の外へとゆっくりと歩んでいく一人の少女は、遠目からでもわかるほど、左の腕に輝きを宿らせていた。

 俺の記憶が途切れた現象の理屈なんてわからない。けれど、この状況でその原因が何かなんて、わからないはずもなかった。


(――クッソ、やっぱあの腕輪か!)


「ラエル!!!」


 声を限りに叫んだとき、少女の歩みが止まった。

 ゆっくりと振り返った少女の顔は、俺の記憶が閉ざされる前と同じで、涙に濡れているままだった。


加筆修正しました。10.4


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