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「その者の名は」  作者: mumu3173
第一部- 一年目
23/50

「行方不明?」7

 怪我人に対して長々と話してしまったバツの悪い思いから、早くに休むように言ってラエルの部屋を出た俺は、自室へと戻ろうとした。

 しかし、俺の目の前には、いつの間にやら、父の姿があった。

 俺が驚いて声を上げる暇もなく、その父が言う。


「まさかとは思うが。……ラエルに、如何わしいこと、していないだろうな?」


 よりにも寄って、その話題なのか。

 思わず、何度この腕で彼女を抱きしめただろうと回想してしまった。


「変な言いがかりはよせよな、父さん」


 内心の思いは別として、俺が精一杯捻くれた声を出すと、父は一層不機嫌そうな顔をして俺を睨みつけてきた。


「――ふんっ! まったく、おまえは何も知らぬくせに。いい気になりおって」


 父は、ぶつぶつと呟きながら歩き出した。

 俺も、歩き出す。父の背をついて行くように歩くうちに、父が酒瓶を手にしているのが見えた。


「ラエルが危険に晒されているときでも、迷子になっているんだろうとか、阿呆みたいなことを暢気に考えていたくせにっ! ――ラエルも何故、わたしより我が息子なんかを頼りにしているのだろうか……」


 驚きに息をのみ、図星を指された俺は、唖然と父を見返した。


「父さん……それ、あのときも言ってたな。一体どういうことなんだ?」


 歩きながらの会話は続く。聞き咎める者などいるはずもないのに、自然、その囁き声は小さく小さくなっていった。


「……おまえの前で、ラエルは何回迷子とやらになった?」

「覚えてるだけで、10回以上。……その分だと、もしかしてただの迷子じゃなかったのか?」

「何が迷子なものか。――どうせ、この間の男のような者が、誘拐未遂でも起こしているんだろうよ。ここ最近の、傭兵かぶれの不法撤去率は異常すぎるのだ。侵入者被害も。――先に言っておくが、この街は元城塞都市だ。ただの平野の街ならば、とっくの昔にラエルは連れ去られていただろうな」

「そんな!? ……それじゃあ、父さん。母さんはともかく、ラエルにまでそれを話さなかったのって……」


 父と俺との歩みが、止まる。丁度、俺の部屋がある場所まで辿りついたところだった。

 父は、俺の部屋の戸に手を伸ばしつつ、苦く笑う。


「それに気付いてこそ、だな。薄暗いその事実をわたしたちに知られたとあらば、頭の言いラエルの行動なんて簡単に想像がつく。よくて家出か、最悪、人知れず街から飛び出して行ってしまうというところだろう。……おまえは、もう、絶対にラエルから眼を離すなよ。これは一家の父としての命令だからな」

「……わかった。肝に銘じとく」


 昨日と言い今日と言い散々な目に合った。ようやっと俺は心休まる自室へと戻ったというのに、全然安らげそうにも無かった。

 カウチに腰掛けてから、俺は知らず知らず顔を俯かせたまま考え込んでいた。

 それだけ、心は別のことに捕らわれていた。どうしようもない恐れが、俺の身を襲うかのようだった。



 ラエルという少女の存在から切り離せない、深い謎、得体の知れないその何か。

 もしかしたら、俺の想像もつかないようなわけありの人間である可能性も無いとはいえなかった。

 

(たとえ、そうだとしても、俺が彼女にしてやれることなんて、ただ一つだ)

(たとえ、ラエルが何者であろうとも、何の事情を抱えていようとも)


「ロアーツ」

「え……。あ、何? 父さん」


 考え込んでいた俺を呼ぶ声に俺が顔を上げると、いつの間にか俺の向かいのカウチに腰掛けていた父が、穏やかな微笑を浮かべて俺を見ていた。


「今更ですまない。……無事でよかった。おまえも、ラエルも」


 父の労わるような言葉に、俺は自然頬を緩めようとして、強張った表情をしていたことに気付き、俺はぎこちなくではあるものの笑ってみせた。


「……うん。心配かけて、ごめん」

「だが、子どもだと思っていたおまえが、賊相手に勇敢にも立ち向かうとはな! ――よし、おまえも立派な大人の男になったというわけだし、今日は存分に飲もう!」


 父は勢いよく言い放ち、酒瓶を机において、立ち上がりざまグラスを取り出している。部屋に運良くグラスが二つもあることを悔いたところで、もう遅かった。

 父は、恐ろしいほどまでに酒に強いことで有名だった。


「――っげ!? と、父さんと? ほどほどで勘弁してくれよー?」

「何を言う。酒を前にして怖気付くなど、我が息子ながら情け無い。どれ、今夜はわたしが直々に酒の力を手ほどきしてやってだな……」


 なみなみと注がれていく赤い液体を前に、俺はこれみよがしにため息を吐いて見せた。


「大人になっただの、まだまだ子供だの、都合いいこといいやがって……!」


 けれど、父の言う親心とやらがわかった気がして、俺は温かな気持ちになったのだった。



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