「行方不明?」5
突然すぎる、父の登場だった。
いや、ただたんに俺が予期していなかっただけなのか。
どちらにせよ、ラエルと抱き合っていたとしかいえない状況だった俺は、飛び退くような勢いでラエルから身を離した。
ラエルも、慌てふためいたように取り乱していた。
「……え? レフェルス様?」
いや、ラエルが驚いて声を上げたのはそれだけが理由ではなかった。父は、俺の腕の中から解放されたばかりのラエルに近付いたかと思うと、いきなりその肩を掴んだからだ。
勢いと剣幕はなかったものの、怪我をしていない方の腕が、父に捕らわれてしまった。先ほどの俺のときと同じように。
「父さん! 一体何を!?」
自分のことを棚にあげ、俺は思わず父を睨み、その手を引っぺがす。そんな俺に、父は一瞥をくれてから、これ見よがしにため息を吐いたようだった。
「ああ、おまえもいたのか、ロア。まあ、良い機会だ。二人に……特にラエル、君に聞いておきたいことがある」
「――っえ?」
「げ……!」
ラエルが驚いたように声を上げるのと、俺が思わずしかめっ面をしたのとは、ほぼ同時だった。
「なんだよ、それ。昨夜の件なら、俺が今朝に話したのとどう変わるっていうんだよ?」
「本当に……おまえは、何もわかっていないな、ロア。事の顛末によっては全てが変わる可能性だってあるんだぞ?」
「へ? どういう意味だよ、父さん?」
父が纏う不穏な気配に、俺は知らず知らずのうちにラエルを庇おうと前のめりになっていた。
「あ、あの……」
ラエルは困ったように戸惑いの声を上げて、俺の後ろ背を掴んだようだった。
俺は俄然やる気を出してその父を見返す風になったが、ラエルのそんな様子を、父が見逃すはずもなかった。
「ラエル。君はあくまでも、わたしにあの男のことを喋ろうとはしないんだね?」
「……わたしは、知りません」
「知らないのも当然だろ! 何で知ってるヤツなんかに攫われなきゃならないんだ」
「ロアーツ。おまえは黙っていなさい。……ラエル? その男自体を知らずとも、他に知っていることはないのかい」
父は、俺の言葉を無視して再度問いかける。俺の後ろから聞こえるラエルの声は不安に揺れていたようだった。
「他に、とは?」
「どうして一緒にいたんだい? 君が最初からついて行ったわけではないんだろう?」
「それは……道を、聞かれて……」
「はあ? おまえ、知らないやつに声掛けられたからって律儀に構うなよな!」
思わず、父から庇っているはずだったのに、俺も責める側に立ってしまった。ラエルの間抜けともいえる行動に、突っ込まずにはいられなかったのだ。
そもそも、常日頃から迷子になりやすいラエルには、毎度毎度気をつけるよう言っていることの一つなのに。
「さ、最初は、わたしも断ったんですけど、その人が、しつこくて……。それで、わたし……」
「そのまま、あの空き地に連れて行かれたと?」
「……ええ」
「まあいい。男は、君に何か言っていなかったかい?」
「特に変なことは……」
優しげに問いかけているようには見えるけれど、それはしっかりとした事情聴取のような詰問のようで、常とは違う歯切れの悪いラエルの声は、父の容赦ない追撃のせいだとしか思えなかった。
「あー! もう! 父さんの話はまだるっこしいんだよ! ねちねちねちねちと! ラエルはもう必要なことは十分応えただろう?」
「勿論。わたしが聞いたことに、彼女は、彼女なりの答えをだし、わたしに話してくれたんだろうね。……『わからない』、そして、『知らない』のだと……」
間を置くように「しかし」と呟いてから、父は真っ直ぐにラエルを見て言った。
「君が言った言葉を、わたしはちゃんと覚えている。あの日、わたしと初めて会った日も、君はそう言っていたね?」
「なっ――!?」
驚いた声を上げたラエルの手が震えたのが、俺にはわかった。
「何も知らない? 聡い君が本当にわからないままでいるのか? 何かを知っていても、話そうとしていないだけなんだろう? ――真実を知らずとも、自ずと、わかってしまったことだってあるんだろう?」
「父さん!」
これ以上は我慢ならなかった。俺は父を止めようと思い、父を呼ぶけれど、父は俺を睨みつけてきた。
「止めるな、ロアーツ。おまえだって知らないとは言わせない。この子は嘘をつかない子だから、黙秘しないばかりか、こういった質問のとき、曖昧な言葉しか返さない。わたしたちに情報を与えてくれないんだよ」
「そ。それは……」
父の言ったことには、認めざるを得なかった。
冷静に淡々と言葉を告げる父に、俺は「じゃあ、まさか疑っているのか」と、文句を言うくらいしかできなかった。
「彼女の身の上をそういう意味で疑っているわけじゃない。わたしは、親として心配しているんだ」
「だったら、ラエルの言った言葉を信じることこそが、親だろう!」
「……ロアーツ。彼女の言う言葉だけを信じて、見守っていて、また今回のように何らかの事件が起きてしまってはどうするというんだ。攫われてしまってからでは遅いし、何かが起きてしまってからは遅いと言うことが、何故わからない」
「――だけど!」
「彼女とて、自分の身に何が起こっているか、まるっきりわからないはずがないだろう! 頭が悪いわけではない。むしろ、良すぎるのだ。何か要らぬ配慮とか、思惑で動いてしまうほどにね。黙秘こそ、その証しじゃないか。『疑わしきは罰せず』? だからって、彼女にとって利点になることなど何一つ無い。だからこそ、話して欲しいんだ! 一人で抱え込まずに、わたしたちに!」
「レフェルス様……」
ラエルが俺の後ろから出てきて、寝具から降りて立ち上がった。
そして、ラエルはじっと父を見つめた。
父は、その眼差しを受けて、ラエルを見返した。
「わたしには、話せないことなのか」
静かに、そう問うたのだった。