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「その者の名は」  作者: mumu3173
第一部- 一年目
14/50

「学び舎の友人《ライバル》たち」

「ラエルちゃーん!」


 いつものように学舎へと繰り出した俺とラエルの二人を迎えるは、俺とそう背丈の変わらない少年だった。


「うわ、こっちに来やがった。――ったく、コーラルのやつ、朝っぱらからうるせぇったら……」


 その少年の登場に俺が思わず顔をしかめると、それに反するようにラエルは微笑んだ。


「昔からの幼馴染相手に、そのように言わなくても。――あ、おはようございます。コーラル」

「おはよー! ラエルちゃん、今日も可愛いね~」


 一目散に掛けてきた少年は、ニコニコと笑ってラエルを見つめている。

 少年――コーラルは、俺の数少なく無い幼馴染の一人である。幼馴染と呼べる友人の中でも、特にコーラルとは『親同士の付き合い』もある関係で、生まれてすぐの頃合からそばにいたらしく、共に遊び呆けない日は無かったほどだったらしい。

 だからこそ、友人たちの中でもコーラルだけは唯一『悪友』とも言えるべき存在でもあり、気兼ねない言葉の掛け合いも出来るのだが、とある時期から、厄介な喧嘩へ発展しかねない間柄にもなってしまっていた。

 つまりは、コーラルが、ラエルを好きで好きで仕方が無いことが原因で。


「――あ、あの! それじゃ、失礼しますね」


 俺がなんだかんだ考えているうちに、ラエルがすたこらと行ってしまっていた。

 そのことに別段困ったわけでもなく驚いたわけでもなかったが、俺はふとため息を吐いた。

 ちらりと、コーラルを見やる。思ったとおり、俺の悪友殿は意気消沈しているようだった。


「あー、何でかなぁ? ……また、逃げられちゃったよ」

「――だな」


 あえて、何も答えないでいるのに、コーラルは俺を睨みつけてきた。


「なんだよ、なんだよ! 自分はラエルちゃんと仲良いからって、余裕気取りやがってぇ!」

「俺のことはどうだっていいだろうが! ――コーラル、頼むから、初めの頃を思い出せ。おまえの姿を一目見れば走り去っていたアイツのこと。……あと、おまえが絡まなかったときの対応とかをさ?」


 思い当たるところがありすぎるだろうコーラルが、うっと口ごもる。俺は追い討ちを掛けて見せた。


「おまえがラエルに対して過剰に自己主張アピールしやがるから、それに怯えて逃げてるってことくらい……わからないわけ、ないよな?」

「――っけ!」


 何らかの反論を企てたらしいコーラルだったが、言い捨てるように舌打ちをしたかと思うと俺の肩に腕を廻してくる。

 面倒臭かったものの、そのままの状態で俺はよろよろと歩いた。

 俺は諭すようにコーラルに言った。


「なぁ、いっそのこと諦めろよ? おまえが思い余って告白なんかしたら、俺、どっちもいなくなっちまいそうで嫌なんだけど……」

「僕も彼女も失いたくないのなら、君は僕に協力すべきだよ、ロアーツ。ラエルも幸せで、僕も幸せで、君も幸せ。……ヤベ、これ、一石三鳥じゃないか?! なあ!」

「ああ、おまえの超前向きな性格は嫌いじゃないぞ、コーラル。――だがな、弊害がありすぎ」


 何を言っても聞いてくれない。絶対にいつか厄介なことになることが目に見えているだけに、確実に巻き込まれて振り回されるだろう俺自身を思い、俺はまたため息をついた。



 コーラルと共に講義室に入ってからそれぞれの座席についてからのものの数秒で、俺の前にまたしても友人の一人が現れた。


「酷い目に合ったよ、本当。『抜け駆け』なんてするもんじゃないね」


 俺と同じ授業を受けることは数少ないケイン=シュバルツが、なにやら暗い顔をして俺を見ていた。

 同じ講義室であるはずも無いケインが俺にわざわざ会いに来た理由とか、ケインの言葉からして、俺には理由がありありとわかってしまった。

 恐らく、先日のラエルが漏らした『共犯』として、あの母に懲らしめられたに違いなかった。


「……悪いな。うちの母さんが」

「いや、まさかラエルちゃんが『あの伯母様』に溺愛されているとは夢にも思わなくってね。僕としたことが、迂闊うかつだったよ。せっかくロアにイイ顔できると目論もくろんだのに」

「おい」


 ケインの言葉に俺が反射的に睨めば、従兄弟殿ケインは、おどけたように笑って見せた。

 実を言うと、俺とケインには血の繋がりがある。お互いの母が姉妹なため、俺たちは従兄弟どうしなのだ。

 ちなみに俺の母が姉側で、ケインの母が妹側である。そして、その姉妹の血筋はあのシュバルツの家の分家筋。俺の母も今ではリーグルの家の当主であるが、一応シュバルツの家の人間の一人であったのだ。

 父の血で薄まっているとはいえ、ケインとも母とも似通っているはずの秀才の血は、俺には多分作用していない気がするけれども。


「なになに、何の話?」


 ケインと俺とが話し込んでいることに何かを嗅ぎ付けたのか、コーラルが飛んできた。俺とケインは揃っていやな顔をして、お互いの表情に噴出してしまった。


「騒々しいのが来たな。――じゃ、ロア。ラエルちゃんに『力になれなくてごめん』って言っといて。あと、よろしく伝えといてよ」


 手を上げてひらひら揺らせて、ケインがそそくさと去っていく。

 短い返事を返し、なにやら喚いているコーラルを無視しつつ、俺は頭が痛くなった。


(あのケインが、『抜け駆け』しようとした、なんてな)

(――まさか、ケインまで、ラエルのことを?)


 その瞬間、思いついた共通点のいくつかに、俺ははっとした。

 ケインとラエルは、お互いに頭が良い。物静かで、体を動かすと言うよりは、読書に励む方が好きなこと。

 そういえば、この間の染色に関する借りた本のことだって、ラエルが独自に行動して、ケインに働きかけたからこそ、起こったことだった。

 俺抜きで、ラエルがケインに話しかけたから、出来たこと。


(――あの、極度の人見知りのラエルが、ケインにだけは、心を許しているかもしれない……?)


「――っは。冗談じゃない」


 いつのまにやら講義は始まっていて、俺のそばにコーラルはいなかった。

 けれど、俺は、師の声だけが響く講義室の誰一人にも聞こえないような小声で呟いて、掌を握り締めていた。



「――なぁ、ラエル? ぶっちゃけて言えば、ケインのことどう思ってる?」


 聞こうか聞くまいか考え抜いた後、覚悟して聞いたその質問に、ラエルは不思議そうに俺を見返してきた。


「どう、とは? わたしの望みに協力してくれた心優しい人、としか思えませんが」


――●●としか、思えない。


 そんなの、ただの表現の一つだろうとは思ったけれど、それが気になる相手に対して使うだろう表現ではないと思った俺は、ほっと安堵のため息を吐いた。


主様しゅさま?」


 説明を求めてくるかのような声に、俺は、我知らず口元に手を当てて、明後日を見るようにして、ラエルから視線を逸らす。


(――ケインめ、ざまあみろ!)


 密かに劣等感コンプレックスを感じる相手だけに、俺はニヤけてしまう自分自身を抑えきれずにいた。


「いやー、その。俺の勝手な都合で聞いたコトだから。絶対にケインには言うなよ?」

「……わかりました」


 ラエルは俺の望むままに頷いてから、ふと思いついたように、俺を呼んだ。


「主様?」

「ん? どうした?」

「わたしからも、質問して宜しいですか?」

「珍しいな? ――なんだよ?」

「主様は、気になる女性ヒト、いるんですか?」


 俺の耳にしてきたラエルの発言の中でも、一際でかい爆弾発言だった。


「――っ」


 二の句が告げない。


「主様?」


 俺を促す声がするけれど、何と答えていいものか。


「……おまえ、俺にそれを聞くなら、おまえも俺に言うんだろうな?」

「え、わたしですか? そんなの決まってるじゃないですか。――主様ですよ?」


 そう言ったラエルが、無垢すぎる笑顔を俺に向けてくる。屈託無く言われてしまっては、その言葉に俺の期待する『感情』が無いことも同然だった。

 目の当たりにしてしまった失望感に、俺は「はあ」とため息を吐くしかできなかった。


「そうだよな。俺も、おまえが言うように、おまえにしか興味は無いよ……」


 ぶつぶつとやけくそ気味に呟いたら、妙な沈黙があった。そっとラエルの様子を盗み見ると、彼女はまるで驚いたように目を見開いていた。

 その表情が、段々とほころびていく。


「あ、ありがとうございます」


 頬を赤らめて、嬉しそうに微笑んでくれた。

 少しだけ、心が晴れた。


「嘘じゃないぞ?」

「あ、あの、わたしもですよ?」


 言い募るラエルの言葉に、俺は思わず笑ってしまった。


「いや、悪いけど、おまえの言葉はあてにはしない。俺と同じかどうかなんて……」


 続けざま、「冗談でもありえない」と言おうとして、ラエルがやけにムキになって俺に反論してきた。


「――そんな。主様こそ、皆さんに人気があるのに。イワンとか、エミリとか、スーザンとか、サラとか」

「え、あいつらが? ……いやいや、まさか。それこそ冗談だな。おまえこそ、あのときの先輩学生を筆頭に、結構な男に言い寄られてる癖に」

「……それは、多分、違いますよ? 主様」

「多分じゃなくて、現にあったんだから、絶対だろ」

「そうじゃなくて! 何と言ったら良いか……」


 ううんと悩んだ様子のラエルが、ぶつぶつと呟く。


「あの方々はわたしの本質など知らぬ方々ばかりでしょう? 無口で無関心で無表情を装うわたしに、違う何かを求めている人たち。そんな方々、きっとわたしでなくともいいはずなのです」


 やけに説得力のある反論だったけれど、俺はその反論自体にではなく、反論理由に使っただろう彼女本人が認めた『事実』に対し、突っ込みたくて仕方がなかった。


(――やっぱり、あの『無口・無関心・無感情』はわざと装ってるんだな……)


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