「頭巾の秘密」5
「あの、驚かれました?」
「……なるほどな。今までの変な茶色は、色々な意味で見せ掛けだったってことか」
ラエルの髪色を珍しいと認識していたのは、他でもない見たことの無い色をしていたからではある。だが、それはあくまでも、旅人の髪質に起こりやすい髪の痛みとか変質とかによる斑な色にあった。茶色という色自体は珍しいわけではなく、むしろその色はこの国に生まれついた者たちにとって一番馴染みのある色であり一般的な人間が持つ色に他ならなかった。
俺だって、父さんだって母さんだって、例外なく茶色であり、それ以外の色の持ち主なんて、早々いないのだ。
「そのほうがこの国では動きやすいことを知っていましたから。何とかして、その色にしていたんです。何度も何度も、たくさんの素材を使って染めたのに、まさかたった一種類の薬草でこんなにも綺麗に落とせるとは思いませんでした」
「腐ってもリーグルの名を継いだ植物学者の母さんにしてみれば、間違った方法で髪を傷めているお前を見過ごせなかったんだろうな」
「ええ。疑いをかけられ、見つかってからは再三注意されて、主様まで説得の手に使われてしまった以上、わたしには成す術はありませんでした」
「……まあ、利用されたというよりは、利害が一致したってトコロなんだろうけど」
(俺だって、見たことも無かったとは言え、ラエルの髪が痛んでいくのを知ってしまえば耐えられなかっただろうし、今となっては明確な理由を知らぬ以上、もうして欲しくないし……)
ぼそりと呟いた声はラエルに届かなかったらしい。
「主様?」
不思議そうに聞き返してくるラエルに、俺はなんでもないとだけ言って、話しの続きを促した。
「わたしの髪色が戻るまでの監視の間、ルレッセ様はわたしの髪を調べて下さいました。思っていたとおり、この髪の色は疾患からくるもの。加齢とともに無くなるものらしく、わたしの体質的に自然と茶色になっていくからと説得されてしまいました」
「そうなのか?」
「恐らく、そうなのだと思います。前々から、色が変わってきているなとは思っていたんです。拙い方法でも染まりやすくなったというか、元々の髪が茶色に似てきたというか。てっきり、染色の影響で色が染み付いてくれたんだと、このまま永遠に染まってしまえと思っていたんですが」
「へえ。それで頭巾をしていても染色を続けていたんだな」
「はい。お分かり頂けました?」
「まぁな」
「そうですか」
ふうと、ラエルが息を吐く。そして、用件は済んだとばかりに、ラエルが手にしていた頭巾を再び身につけようとしていたので、俺は慌てて腕を伸ばしてそれを止めた。
「今だけでいいから、もうちょっとそのままでいてくれよ?」
「このままで、ですか」
「うん。――駄目か?」
ラエルが再び困った顔をした。
「あの、その……こんな髪、見せられるようなものでは――」
ラエルの言いかけた言葉に、俺は反射的に答えた。
「そんなわけない! ――いや、少なくとも俺にはそう思えないから、おまえさえ良ければでいいんだ。この通り頼むよ?」
「主様のお願いなら……わかりました」
渋々ではあったものの承諾してくれた彼女に、俺はほっと息を吐いた。
せっかく目にすることができたラエルの秘密を、俺だけが知るだろうそれを、もう少し満喫していたかった。
ラエルが何故『見せられるものじゃない』と卑下しているのか、隠そうとしているのか、頭のどこかで考えを巡らせながら、俺は話を少しだけ変えることにした。
「おまえ、やっぱり髪短かったんだな」
「そのほうが何かと都合良かったですから」
「旅する上で、か? ただ単に染めやすいから?」
「うーん、どうでしょう。両方でしょうか。――あ。でも、主様に伸ばすと約束しましたから、心配して下さらなくても大丈夫ですよ?」
「あっ……そう?」
俺が話を振った理由を見通されてしまい、二の句の告げないまま俺は押し黙った。
「主様? わたし、あなただからこの頭巾を取ったんですよ? あなただから、わたしは約束をしたんです。――それを、忘れないで下さい。これからのわたしは、今まで以上に頭巾をすることを止めないし、この髪を極力人目に触れないようにしてしまうけれど。……でも、覚えていて欲しい。わたしも約束を忘れないし、あなたのだめだけにこの髪を伸ばすから……」
にっこりと微笑んでくれたラエルの笑顔が眩しくて、俺はどうしてだか、居たたまれない思いのまま頭を掻いた。
「……ああ、わかった。ラエル、見せてくれてありがとう。せっかく綺麗な髪してるのに、頭巾で隠しちゃうなんてこと、正直勿体無いとも思うけど。俺だけが知っていればいいことだしな?」
偉そうな口で言えば、ラエルがぷっと吹き出した。
「ええ、そうですよ。わたしのことは、わたしだけの主であるあなただけが知って下さっていれば十分ですもの」
「――っ」
ラエルの言う『主』と言う言葉に反論を仕掛けたものの、俺はそれを止めた。よくよく聞けば、それは俺の中の邪な独占欲を満たすかのような言葉でしかないのだ。
(ラエルだけの主と言うのも悪くないよな。それに、俺だけが知っているって言うのも……)
俺は、一人悦に入って忍び笑いしてしまった。