「頭巾の秘密」4
天井裏に上がり、そこが屋根裏だと気付いてから、換気口兼明り取りのために設けられている斜めに付けられた天窓の前に座り込む彼女を見つけ出した俺は、いの一番に言いたいことがあった。
「どうやってこんな場所に上がりこんだ!」
肌寒さからは難を逃れたものの、風呂上りですっきりしていた体がすっかり埃だらけだった。
「あれ」
ラエルが不思議そうに首をかしげた。
「主様こそ、何処を通ってこられたんですか。泥だらけじゃないですか」
「何処って、そんなの、あそこからに決まってるだろ! オマエが覗いてた、ラエルの部屋の近くの廊下の……」
文句を言う俺を見ていたラエルが、「しまった」と言わんばかりに口に手を当てる。
「つっかえ棒がありましたでしょう? 先が少し曲がってて引っ掛けやすくなっている、鉄の棒が」
「……そんなのあったか?」
「アレで、仕掛け階段を下ろしたんです。それで上がった後に隙間から棒を落としておいたんですけど……」
「何処にだよ?」
少なくとも、俺が知っている限り、ラエルの部屋の前には無かった。
「あー……わたしの部屋?」
合点がいったと言わんばかりに、ラエルが言う。俺はため息を吐いた。
どしどしと音を立てて歩み、ラエルの隣に勢い任せに座り込む。音なのか衝撃なのか、びくりと彼女が震えたのを、俺は無視した。ラエルの方を見て、じろりと睨みつける。
「おまえ、俺が無断で部屋に押し入るようなヤツだって思ってたんだ?」
突発的な怒りが沸いて、声がそれを纏う。それが手に取るようにわかったけれど、俺は構わなかった。
心外だった、ひどく心外だった。
どさくさに紛れて、俺は、多々色々と彼女には不快な真似を働いてしまったかもしれなかったし、発言に気をつけるのはまだしも、俺の思考は俺のもの、何を考えようと自由だろうと思ったから、俺の頭の中に限ってではあるが、彼女は酷い目に合いかけていると言えるだろう。……それを、俺は否定しない。
けれど、俺は決してそれを匂わせるような行動も言動もとっていないのに。すべては俺の精神安静上のためとはいえ、年頃を迎えるだろう少女に対してマナー違反と思える行動は何一つしていないと誓って言えるのに。
少なくとも、臆病者でいる今の俺は、何も。――何も出来やしないのだから。
「ち、違います! そんなつもりじゃないんです! 主様なら、てっきりご存知だったんだろうと思って……」
「主様なら、って……。何で俺が知ってると思ったんだよ!?」
「だって、わたしの今使っている部屋って、元は主様の部屋だったんでしょう?」
ラエルの言葉に、俺の暴走しかけた苛立ちは止まった。
「……そういえば、そうだな。あの部屋は元俺の部屋で、ラエルがやってきて、ラエルがあの部屋に執着を見せるから、俺が部屋を譲ったんだっけ?」
おぼろげに思い出した記憶に、ラエルが「そうですよ」と呟いた。
「カウチで転寝しているときに気付いたんです。引っ張りやすいように穴が開いている、扉のような戸。硬くて重くて、昔は動かすのが大変だったんですよ?」
「へえー」
あの部屋にそんなものがあるなんて知らなかった俺には想像し難いものがあったが、ラエルが何処と無く嬉しそうに喋っていたので、それに任せた。
「ご、誤解は解けましたよね?」
「多分、な。他にも聞きたいことは山ほどあるけど」
(こんな場所を一人で探し出してしまったのか?)
(何のために?)
(昔からって、どれくらい前から?)
(今日ここに俺を呼んだ理由は、一体……)
山ほどあると言っても、俺が聞ける話なんて、ラエルが素直に話してくれることだけだ。それ以外は、聞いたところで意味が無い。彼女を困らせるだけなんてこと、俺はもう十分に知っている。
「父さんや母さんにも秘密にする場所で、俺に、何を話してくれるって言うんだ? ラエル?」
ぱちりと一つ瞬いて、ラエルがふと笑った。微笑むというよりも、口元だけで刻むかのような笑み。緩く描かれていた弧が、ゆっくりと割れて、唇が開いた。
「証しをお見せしたかったの」
「証し?」
「はい。わたしは、結果として、たくさんのことをあなたに偽っている。何も話そうとせず、わたしにとって都合にいいことだけを黙っているから。……だから、お話しできること、お見せできるだろうこととか、お伝えできることをお伝えしたい。わたしはそう思っているんです。すごく、身勝手ですけれど」
ラエルの眼が俺を真っ直ぐに見る。どことなく困ったような顔をして、彼女の手が、身につけている頭巾の紐へと伸びていた。
何をしようとしているのかは、その瞬間、感覚でわかった。
「あ、おい――っ!」
何故止めようとしたのかはわからないが、俺は、そのとき、静止の声を上げかけていた。
けれど、遅すぎた。その手は頭巾を取り去って、別の手が、乱れた髪を一度整え直すかのように、肩先までずり落ちてきた髪を払う。さらり、と。まるで、そんな音がしたかのように、俺の目の前で、その髪が、手の動きに逆らわずに靡いた。
「本当は、大した理由じゃなかったんです」
靡いた髪が、すとんと元に戻る。髪は肩先までの真っ直ぐな性質のようだった。天窓から指す僅かな月光を後方から受けているようで、俺の眼からは仄かに光を纏っているように見えた。
ラエルが、自らの手で、無造作にくしゃりと髪を掴んだ。月の色とも似つかわしい白金とも言えるだろう髪を。