微笑みで毒を飲む
美しい異母妹を持つ第一王女は、いつも異母妹を理由に婚約者から破談にされる日々を繰り返していた。地味な第一王女と、もうすぐ輿入れを予定している美しい異母妹のお話。
ブラッドフォード王国の第二王女であるクリスティーナは、それは美しいことで知られていた。
国王の側妃の娘で、真っ白な肌に淡い金色の緩く波打つ髪を持つ、花も恥じらうような乙女だった。性格は大人しく、いつも国民の声援に薄らと頬を染めてそっと小さく手を振って見せるのが常だった。
お可愛らしいクリスティーナ。お美しいクリスティーナ。
老いも若きも、男たちはみなクリスティーナにのぼせ上がった。顔見せの際には大勢の男たちが詰めかけ、任意で受け渡される王家への寄贈には毎年『第二王女へ』と山のような金銀財宝が連なった。
そんな煌びやかなクリスティーナの姉が、第一王女のアラベラである。
赤みがかった焦げ茶の髪にそばかすの散った、決して不細工ではないけれど華のない顔立ちだった。人びとはいつでも、美しいクリスティーナと地味なアラベラを比べてアラベラを嘲った。
法案を考えればアラベラの意見は無視されてクリスティーナの意見ばかりが取り沙汰されたし、公務に出かければ男たちからは残念がられた。『第二王女はいらっしゃらないのか』と面と向かって言われたこともある。
市民たちからも貴族たちからも、アラベラは嫌われた。市井ではアラベラの性格の悪さが語られているらしい。
表情の薄いじっとりとした顔立ちが、意地悪く見えるのだという。だからといって苦手なりに微笑んで見れば、今度は『男に媚びを売っている』と嘲られた。
何をやっても、アラベラはクリスティーナと比べて貶められた。クリスティーナは美しく、賢く、朗らかで、どんなときにでも心から楽しそうな笑みを絶やさなかった。
それでも、アラベラにとってはクリスティーナは可愛い妹だった。腹違いとは言えど、守るべき妹だと思っていたのである。
――なのに。
「申し訳ありません、第一王女殿下。第二王女殿下に対する気持ちを押し殺したまま、あなたの隣に立つことはできません」
アラベラの正面で、そう言って一人の青年が頭を下げた。侯爵家の出身の、非常に優秀な令息である。
「夫であることは求めませんわ。あなたは王配であれば良いのです。それでもいけないのでしょうか」
「はい、申し訳ありません。第二王女殿下への気持ちを自分にごまかしたくはないのです」
どこまでも真っ直ぐに、迷いなく、侯爵令息は言い切った。これで身を持ち崩しても構わないと言わんばかりの覚悟のようだった。
アラベラは嘆息した。
「クリスティーナは遠方の帝国への輿入れが決まっているのはご存じですわよね」
「もちろん、存じ上げております。この想いを胸に抱いたまま、一人で生きていきたく存じます」
ここまで腹を決められてしまっては、アラベラも諦めるしかなかった。
実のところ、アラベラの婚約が破談になるのはこれで四度目だ。そのいずれも、男たちは異母妹のクリスティーナを愛してしまうのだった。
意味のなかったお茶会を終えて部屋に戻る途中で、アラベラはクリスティーナを見かけた。
クリスティーナはアラベラの苦労など知らぬげに、迷い込んでいた猫をからかっているようだった。近くのテーブルの上には、また男たちに貢がれたのだろう何かの贈り物の箱が転がっている。
「クリスティーナ」
呼びかければ、クリスティーナは微笑んでふわりと笑った。
「ご機嫌よう、アラベラお姉様」
「えぇ、ご機嫌よう。楽しそうね」
言ってから、しまったと内心で顔を顰めた。異母妹に八つ当たりするつもりなどなかったのに、言葉じりがキツくなった気がした。
誤魔化すようにテーブルに置いてある箱を一つ持ち上げる。
「凄いわね、また贈り物かしら?」
「えぇ、今年一番のサファイアですって。飛びきり深い青色よ、お姉様がお使いになる? お姉様の髪色は赤みがかっているのだから、こういう色が似合うわ。あとは、そうね……」
餌を貰ったらあとは用がないとばかりに逃げていく猫を惜しむ様子もなく見送って、クリスティーナが振り返る。
「大ぶりのエメラルドなんかどうかしら。きっと凄く似合うわ」
「……使ったことないわ」
地味な顔立ちには似合わないと言われることが多くて、あまり色味の強い宝石は使わないようにしていた。アラベラの屈託を知ってか知らずか、クリスティーナは悪気なく微笑む。
「じゃあ、お時間のあるときにわたくしのお部屋にいらして。お好きなものを差し上げるわ、売るほどあるのよ」
歌うような調子で誘うクリスティーナに、アラベラは首を傾げた。
「もしかして、ものを減らしていくつもりなの? その……」
輿入れに、と濁した言葉をくみ取って、クリスティーナは頷いた。
「帝国への輿入れと言ったって、好色と名高い皇帝陛下の十七番目の側妃よ。広いお部屋なんて頂けないでしょうから、本当に大切なお気に入りだけ持って行くの」
「十七……」
アラベラは言葉を失った。クリスティーナの嫁ぎ先が決まったとは知っていたけれど、詳しいことは知らなかったのだ。
「あなたは側妃の娘とはいえ紛れもない王女だというのに、さすがにあんまりじゃないの? だったら王族じゃなくても、もっとまともな貴族相手のほうがよろしいのではないかしら」
「わたくしが選んだのよ」
不快感を露わにしたアラベラに、クリスティーナは微笑んだ。
「わたくしが、自分でお相手を選んだの。お相手の陛下は好色ではあれど有能で治世は安定していらっしゃるし、女性にも乱暴はなさらない方で、ある程度の年齢になったらお金と家を持たせて下がらせて頂けるそうよ。何より、第十七側妃であれば人前に出る必要もほとんどない。わたくしを受け入れてくださる方の中では、一番まともな嫁ぎ先だもの」
「まともって……」
「お姉様はちょっと心配になるほど生真面目なお方だから、きっとお気づきではいらっしゃらないのね」
うーん、とクリスティーナは唇に指先を当てて首を傾げた。もうすぐ輿入れする年齢の女性だとは思えないほど無邪気な仕草だった。
「なんのこと、クリスティーナ?」
問いただしても、しばらくクリスティーナは迷っていたようだった。それから意を決したように、伏し目がちに顔を上げる。
たったそれだけの仕草が、震えるほど美しかった。
「わたくしの猥画が出回っているのよ。それもまるで本当に閨をともにしたかのような、嘘八百の体験談と一緒にね。だから、まともな王族男性や貴族令息はわたしなんかを娶ろうと思わないわ」
「な、なん、……そんな!」
およそ初めて聞く話に、アラベラは大激怒した。
「あなたが身持ちの堅い乙女であることは知っているわ! そもそも、一国の王女がそんな馬鹿な真似ができるわけないじゃない!」
「ありがとう、お姉様。でも貴族や民衆にとっては、嘘でもなんでも聞こえてきた情報が全てよ」
ふわ、とクリスティーナは微笑んだ。何の苦労も穢れも知らないような、清らかな笑みだった。
「遠い遠い、もしかしたらもう二度とこの国には戻って来られないような遠くの帝国。その国を嫁ぎ先に選んだのは、このわたくしなの」
そっと、乙女が野に咲く花に秘密を吐き出すように。
「わたくし、この国も、貴族たちも、民衆も、みんなみーんな、大っ嫌いなんだもの」
お可愛らしくてお美しい、誰からも愛されるクリスティーナは、そう言って微笑んだ。
なんだか脱力して、アラベラは力なく項垂れた。
「誰が、そんなくだらないことを……」
「調べはついておりますの。わたくしとちょっとお話をしたくらいで勝手に熱を上げた挙げ句に求婚を断られた腹いせに絵師に依頼した貴族の令息や、公務に出たわたくしを遠くから一目見ただけで勝手に惚れ込んで欲を満たすために絵師に依頼した市民の殿方や、あるいはそういった男性たちの需要を見込んで依頼がなくても描き始めた絵師たち。そういえば、夫や婚約者の気持ちをわたくしに奪われた恨みから辱めるために女性が絵師に依頼するということもありましたわね」
くすくすくす、とクリスティーナは軽やかに悪意のない声で笑った。
「不敬罪で捕らえれば良いのよ! せめて絵師や、絵師に依頼したものたちだけでも……」
「陛下にご相談差し上げたわ。でもね、なーんにも意味がなかったの」
憤るアラベラに対して、クリスティーナはどこまでも穏やかだった。あるいは、憤る気力も残っていないのかも知れなかった。
そんなクリスティーナの透き通るような、空のような瞳が、一瞬だけ陰った。
「陛下ったらへらへらとお笑いになりながら、ただの冗談でお遊びだろう、こんなことくらいでカッカするな、ですって。市民たちから娯楽を奪ったら王家に反発するものが増えるかも知れないから、不用意に不敬罪には問えないのですってよ。そんなことを言いながらあの男、よりによってわたくしの猥画を買ってたわ。お姉様、信じられまして? あの男は自分の治める国の王女で、自分の血を引いた娘である、わたくしの猥画を眺めながらニヤけていたのよ!」
直前までの穏やかさが嘘のように激高して、クリスティーナは椅子を蹴立てて立ち上がった。
いつもにこやかな表情を崩さない異母妹の見たこともない鬼のような形相に、アラベラは言葉もなかった。そんなアラベラを見て、クリスティーナはごっそりと表情を取り落とした。
クリスティーナは何ごともなかったように自分で蹴倒した椅子を戻すと、やや離れた場所で待機していた護衛たちが慌てて近づいて来ようとするのを常と変わらぬ微笑みで制した。座り直してアラベラに視線を戻したクリスティーナは、もう先ほどまでの面影など欠片もない。
その、一部の隙もない、無邪気で完璧な微笑みのまま。
「わたくしは、この国の何もかもがぜんぶぜーんぶ嫌いだけれど、その中でも国王陛下がこの世で何よりも一番大っ嫌いだわ」
毒を吐くように、呪いを吐くように、クリスティーナは言った。
「『お可愛らしい』、『お美しい』ってこういうことよ。つまりわたくしのことを、お猿さんみたいに腰を振るための相手として見ているだけ。お姉様もお気をつけなさってね、お姉様は目立つような顔立ちでこそないけれど、素朴なお顔立ちの女性を勝手に侮った挙げ句に思い通りにならなければ逆上するような男性なんて掃いて捨てるほどおりますから。次期女王の手前乱暴な物言いこそしなくたって、お姉様の元婚約者の皆さまだってそうでしたでしょう」
いきなり自分の話をされて、アラベラは顔を上げた。怪訝な眼差しに気づいたのか、クリスティーナが説明するように言葉を続ける。
「お姉様がご婚約者様との関係が続かないのは、お姉様が小柄で、素朴なお顔立ちで、とっても物静かだからよ。だから殿方は最初にお姉様を侮るけれど、実のところお姉様はとっても賢いし、別に気が弱いわけでもありませんでしょう。お相手の殿方はお姉様が優秀であることが許せなくて、わたくしのことを便利に理由に使ってお姉様から離れていくというだけ。陛下のお選びになる王配殿下候補様は、陛下に見いだされるだけあって優秀ではあってもみーんな陛下にどこか似ていらっしゃるわね」
呆れたように、クリスティーナは片方の唇を吊り上げるように笑った。ちょっと驚いたアラベラと視線を合わせて、誤魔化すように仕切り直した次の瞬間にはいつもと変わらない幼げで親しげな笑みを浮かべている。
「いま、陛下はお姉様を次期女王から外されることを考えておいでです。立て続けに婚約がご破談になることを憂えたと仰っておりますけれど、実際には第三子にはお姉様と同腹である正妃様のお子様であられる第一王子殿下がおられますし、やっぱり国王は男性のほうが良いのではないかとお考えみたい。単純に、ご自分とよく似ておいでの第一王子殿下がお可愛いのかも知れませんわね」
「……そう。もしかしたらというお話は聞いていたけれど、あなたにまでお話が回っているほどなのね」
肩を落とすアラベラに、クリスティーナは侍女を呼びつけた。二人の前に紅茶が淹れられると、互いに飲んでひと息つく。
「お噂では、正妃様がお姉様の嫁入り先をお探しとのことです。さんざん陛下に苦労させられていた正妃様のなさることですから間違いはないでしょうし、きっとわたくしなんかよりよっぽど良い嫁ぎ先が見つかるでしょう。第二王女のわたくしが他国に輿入れするのだからと陛下は第一王女であられるお姉様には国内での嫁入りを望んでいるらしいけれど、正妃様は国交のためと理由をつけて他国への嫁入りをお探しみたい」
「他国……」
ずっと次期女王であることを自分に強いてきたアラベラにとって、他国に嫁ぐというのは考えてもみなかったことだった。
「お姉様はご自分に厳しいお方だから王族への嫁入りを第一に考えるのかも知れませんけれど、誠実なお相手であれば多少身分が低くても構わないと思うわ。もちろん、その辺りも正妃様はお考えでしょう。でも最終的にはお姉様の意見を無碍にはしないでしょうから、しっかりと自分の意志と向き合っておくのが良いと思いますわ」
「そういえばわたくしの母方の曾祖母は、他国の血を引いていると聞いたことがあるわ。もともと伝手があるのかも知れないわね」
思い出してアラベラが言えば、クリスティーナは頷いた。
「わたくしの母や正妃様からお聞きしたけれど、先代の国王陛下の治世ではこんなことはなかったそうよ。そもそも隣国は女性を大切にする文化の強い獣人国なのだから、女性が生きづらいような社会は国として嫌われるのですって。それが、陛下がご即位されてからたった二十年でここまで変わってしまったと嘆いておいででした。転がり落ちるのは一瞬でも、取り戻すのには長い歳月がかかります。この国はきっと、少しずつ国際社会の中枢から追いやられていくのでしょうね」
クリスティーナは嘆息した。アラベラとクリスティーナの容姿は似ていないけれど、ふとした瞬間の仕草が似ている。
「陛下がご即位なされてから、確かにこの国は技術面では飛躍的な躍進を遂げました。けれどその一方で、公害や男女格差などの新たな問題を生み出して他国から嫌われ、距離を置かれ始めております。覇王だか天才だか知りませんけれど、他国と足並みも揃えずに随分と傲慢なことね。陛下は異世界の知識を持つ転生者であるともっぱらのお噂ですけれど、こんなことであれば異世界の知識など要らなかったわ」
呟いて、クリスティーナは街に視線を向けた。釣られてアラベラも視線を追う。
高台にある王城からは、王都が一望できる。
街を横切るように大きな川が流れているが、その川の水は随分と薄汚れている。この水も、二十年前までは透き通るように綺麗だったのだという。
そっと秘密を吐き出すように、クリスティーナは呪いを落とした。
「この国はきっと、マッチ棒に火をつけたみたいに一瞬だけ燃え上がって、あっという間に焼け落ちてしまうのでしょうね」
もう随分と経ってしまいましたが新年一発目がこんなお話になってしまいましたのですわー! 開けましておめでとうございます!!!
良かったのか?? 本当にこれで良かったのか??? 自問しております
昨今のSNSを眺めていてあまりにモヤモヤしたのでひとまず吐き出すことだけを目的に書いてみました。人間ばっちい。ってかSNSが健康に良くないな。いやでも画像のアレ(アレ)本当に何なん。よくそこまで悪意のあることができるな
いや本当に昨今のSNSヤバくない??? 悪意と悪意のプロレス場みたいになってる。可愛い犬猫の画像だけ流してくれ
ちょっと自分で中毒を起こしそうだったので毒抜きのために書きました。なので本文の毒が強くなってしまうのは仕方のないことなのです、、
特に殿方の皆さまごめん遊ばせー! の気持ち。別に全員が全員こうだとは思ってないのですわ。ただどうしても、一部の悪意がくっきりと見えてしまうというだけのお話よ
これ前にも言った気がするのですけれど、どこかで見かけた『典型的ななろう小説の世界観は女性の立場が不自然に強すぎる』という意見ですが、それに対しては(もちろん作品によっていろいろと違いはあるでしょうけれど)『転生者or転移者が存在するから』『亜人種が存在するから』『魔法が存在するから』というのがある程度の答えになり得ると思っております
そうやってある程度成熟した価値観を持つ異世界で、いきなり俺TUEEE系の転生王子が生まれたらどうなるかなーって考えてみました
引きこもりだったり苛められっ子だったりにいきなり大きな力を持たせて『自由にして良いよー』って放り出したところで、自分の精神が育ってないんだからただ力を振り回すだけの迷惑人(んちゅ)になるだけなのでは?? という気持ちが拭いきれない。下手に力を持ったら自制が利かずにあっという間に道を踏み外しそう。こういうのって前世がめちゃくちゃエリートリーマンだったり有能社畜だったりとかいうほうが現実味があるよね
【追記20260121】
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