旗を揚げる者たち
中川勢力との水利権を巡る対立から数週間。**豪族・真田 義人**は、武力によって自らの領地と水資源を守り抜いたことで、さらにその支配を強固にしていた。
真田武士団の筆頭である**加納 幸蔵は、内なる葛藤の頂点に立たされていた。
彼は命がけで里山と民を護ることを誓ったが、今の自分たちがやっていることは、真田の「領地拡大」のための武力行使であり、かつての武士が陥った「利権のための戦い」**そのものだった。
特に、真田が新たに定めた「徴発令」は、幸蔵の決意を固めさせた。それは、領民の農作物の一部を、武士団の食料として無償で提供させるというものだった。
「これは税ではない。豪族の庇護の対価だ」真田はそう説明したが、幸蔵には、それが単なる**「収奪」**にしか見えなかった。
ある夜。幸蔵は、唯一心を許せる弟子、**青山 猛**を連れ、事務所の裏手の山道にいた。
「猛。お前が俺についてきたのは、熊や悪党から里山を護る『力』が欲しかったからだろう」 「はい。今もその気持ちは変わりません」猛は即座に答えた。
「だが、今の真田武士団は、里山を護っているか?違う。真田の利益と、武士団の贅沢な生活を護っているだけだ。真田は武士を刀にした。そしてその刀は、いつか領民の背中に向けられる」
幸蔵の言葉は、強い怒りを帯びていた。
「俺は、ここで真田の刀として錆びつくつもりはない。俺は、元々この山に生きた猟師だ。俺の武力は、里山と、そこで静かに暮らす人間を守るためにしか使わん」
猛は、師の意図を察し、息を呑んだ。
「加納さん…まさか、真田さんを裏切るつもりですか」
「裏切るのではない。正しい道を選ぶだけだ」
幸蔵は、真田武士団の中でも、特に幸蔵の倫理観に共鳴し、真田の収奪的なやり方に疑問を感じていた数名の熟練猟師たちと、密かに連絡を取っていた。
彼らは、真田の持つ最新鋭の装備よりも、幸蔵の持つ里山の知識と武の道を尊ぶ者たちだった。
「俺は、真田の豪族体制から離脱する。武士団の誰もが、武力を持てば豪族の私兵になれると知った今、真に民を護る武士の在り方を示さなければ、この国は救われない」
幸蔵は、その場に跪き、猛に真剣な眼差しを向けた。
「猛。お前は俺の最も大切な弟子だ。お前はまだ若い。だが、この血生臭い時代を生きる知恵と力を持っている。お前には、ここで留まる道もある。それでも…俺についてくるか?」
猛は、真田が提供した最新の制服ではなく、幸蔵が着る使い込まれた猟師のベストを強く握りしめた。
「俺は、あんたの持つ**『倫理』に惚れて弟子入りした。俺は、あんたの刀**になる。どこまでもついて行きます!」
翌日未明。
幸蔵は、共鳴した精鋭部隊十数名を率い、真田武士団の本部を後にした。
彼らが持ち出したのは、最小限の装備と、真田から提供されたライフルのみ。
彼らは、真田の金ではなく、自らの倫理と命を担保に、武力を行使することを決めたのだ。
幸蔵は、離脱と同時に真田に一通の書状を送った。
真田義人殿。貴殿の武力は、もはや領民を守る盾ではなく、己の欲望を満たすための矛となった。
我々は、貴殿の支配から離脱する。今後は、真田豪族の支配の届かぬ、真の里山に住まう者たちを守るために働く。
――加納幸蔵、里山守護衆 筆頭
ここに、「里山守護衆」が結成された。
彼らの行動は、真田豪族という大組織からの独立宣言であり、中央政府の無力化に続く、地方における武士の反乱の始まりだった。
書状を受け取った真田義人は、激怒した。
「裏切り者め!あの老いぼれが、武力をもって私の支配に反抗するとは!」
真田が恐れたのは、幸蔵の武力だけではなかった。
幸蔵が掲げる**「理想」**が、真田豪族の支配に不満を持つ他の武士団員や、隣接する小規模な集落に波及することだった。
「中川勢力との争いどころではない。加納幸蔵を野放しにすれば、この真田豪族の権威が地に落ちる。武士団全隊員に告げろ!『里山守護衆』を逆賊と見なし、直ちに討伐する!」
真田豪族の巨大な武力と、幸蔵の掲げる小さな理想の武力。
現代の日本で、**「義」と「利」**を巡る、最初の武士団同士の戦いが、今まさに幕を開けようとしていた。




