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武士(もののふ)クライシス  作者: マイン


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4/12

鋼鉄の契約

「地域安全組合」が発足して一ヶ月。県内は静かな変革期を迎えていた。行政の機能停止と、真田さなだ 義人よしと豪族の台頭。人々の生活は、公の法ではなく、真田の財力と、加納かのう 幸蔵こうぞう率いる武力によって管理され始めていた。


組合の成功は、熊の駆除に留まらなかった。夜間に集落をうろつく不審者、資材置き場を荒らす窃盗犯。警察が動けない、あるいは動くまでに時間がかかる事案に対し、組合は高性能ドローンと無線を駆使し、瞬時に対応した。


「熊だけじゃない。真田様は、地域全体の治安を護ってくださる!」


住民の支持は、もはや絶対的だった。真田は、その支持を背景に、県議会や地元経済団体への影響力を飛躍的に高めた。彼は事実上、この地域の首長となっていた。


組合の本部内では、連日、元猟師たちが訓練に励んでいた。青山あおやま たけるは、幸蔵からライフルと散弾銃の基本操作、そして何よりも「山での戦い方」を叩き込まれていた。


「猛、銃を握る前に、責任を握れ。この銃は、人の命を奪うための道具じゃない。人の命を護るための、最後の手段だ」幸蔵は口酸っぱく言った。


しかし、組合の空気は幸蔵の理想とは乖離していた。多くの組合員は、高額な報酬と、公権力よりも優位な立場に酔いしれていた。彼らは、自分たちが住民を守る「英雄」であるという意識よりも、「誰にも文句を言われない武力」であることに満足していた。


ある日、隣接する町の元警察官が組合に加入を志願してきた。


「警察では、手続きと上層部の保身ばかりで何もできない。ここでは、自分の正義を力で貫ける。加納さん、俺を加えてほしい」


幸蔵は、彼が行政の無能さに絶望した真摯な気持ちを理解できたが、真田の私兵組織に警察官が加わるという事態は、公権力が完全に豪族の支配下に組み込まれることを意味していた。


幸蔵は真田に相談した。

「警察官の加入は、中央との摩擦を生む可能性があります」 「心配ご無用だ」真田は一蹴した。

「警察も人間だ。家族と生活がある。中央政府からの給与が滞り、この地域の物流が組合の許可なしでは動かない状況になれば、彼らは自然と、より強い力を選ぶ。この件は、受け入れろ」


真田の判断は冷徹だった。地方のインフラと経済を牛耳ることで、彼は既に公務員たちを懐柔していたのだ。これにより、組合は元警官や、装備の専門知識を持つ元自衛官の予備役なども受け入れ始め、その武力はさらに強固なものとなった。


そして、真田はついに、中央の法律を公然と無視する「一手」を打った。


奥平沢の悲劇以来、住民の不安は解消されていなかった。特に深夜の外出は厳しく自粛されていた。


真田は、県の対策会議に出席し、新たな「地域安全条例」を提案した。

「熊の活動が活発化する深夜から早朝にかけて、無許可で居住区外に出た者に対し、組合員が警告、あるいは強制的な帰宅措置を取ることを認める」


これは、実質的な夜間外出禁止令であり、地方自治体や警察の権限を完全に凌駕するものだった。


鳥獣対策課の佐藤係長が、震える声で抗議した。

「それは、住民の自由権の侵害だ!そして、警察権の範囲を逸脱している!」


真田は余裕の表情で立ち上がった。

「自由権?熊に食い殺される自由のことか?佐藤さん。もう一度言う。住民は、安全を選んでいる。あなたの言う『法』は、住民の命を救えなかった。我々の『条例』は、住民の命を救う。どちらに正当性があるか、この場で住民投票でもしてみるか?」


会場にいた他の議員や有力者は、真田の勢いと、背後にある組合の武力、そして住民からの支持を恐れ、沈黙した。


条例は可決された。中央政府が制定した法律よりも、真田が制定した「地域安全条例」が、この地では優位な法として機能し始めたのだ。


その夜。青山猛は、初めて夜間パトロールに出た。


集落を抜けた山道に、幸蔵と猛のチームは、釣り道具を抱えた老人がいるのを発見した。老人は、立ち退きを命じた警察官の忠告を無視し、趣味の渓流釣りを強行しようとしていたのだ。


「そこまでだ、爺さん。組合の条例により、夜間は居住区外への立ち入りを禁じている」幸蔵は静かに言った。


「誰がお前らの言うことなんか聞くか!ワシは昔からここで釣りをしてきたんじゃ!」老人は怒鳴った。


幸蔵は何も言わず、ライフルを手に取り、老人の足元からわずか数センチ離れた岩に一発、試し撃ちをした。轟音と共に石が砕け散る。


老人は、その圧倒的な「力」の前に、恐怖で膝を折った。

「ひ…ひいっ…」


幸蔵は銃を下ろし、冷たい声で言った。

「ここはもう、以前の里山じゃない。お前を熊から守るためだ。家に帰れ」


老人は、警察官の警告には耳を貸さなかったが、**武力と、それを裏付ける新たな法(条例)**の前に、抵抗する術を失った。


猛は、その光景を目の当たりにし、衝撃を受けた。彼が求めた「力」は、単に熊を狩る力ではない。公的な法を捻じ曲げ、人々の行動を強制的に支配できる、絶対的な力だったのだ。


「加納さん…僕たちがやっていることは、本当に住民を守っていることになるんでしょうか…?」

幸蔵は暗闇の中、冷たく光る銃身を撫でながら答えた。

「猛。この国はもう、壊れている。壊れた国で、住民を護る唯一の方法は、壊れたルールを受け入れることだ。これが、鋼鉄の契約の代償だ」


現代の武士は、こうして、その手を血と権力に染め始めた。

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