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武士(もののふ)クライシス  作者: マイン


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3/12

権力者の賭け

県議会議員、**真田さなだ 義人よしとの事務所。真田は、ベテラン猟師の加納かのう 幸蔵こうぞう**が差し出した契約書に、満足げにサインを施した。


「これで、我々は運命共同体だ、加納さん。『地域安全組合』、必ずやこの地の守り神となろう」

真田は立ち上がり、力強い握手を求めた。


幸蔵の手は真田のそれよりも分厚く、硬く、山で鍛え抜かれた力に満ちていた。その力こそ、真田が今、最も渇望する「資産」だった。


「組合の目的は、地域の平和維持。あなたの個人的な利害のためではない、と理解しています」

幸蔵は念を押すように言った。


「もちろんだ。住民の命こそが、私の政治基盤だからな」真田は笑いながら返したが、その眼の奥には、政治基盤という言葉の裏に隠された、**「支配」**への強い欲求が垣間見えた。


幸蔵は、真田の提示した破格の待遇には目もくれなかったが、**「活動の自由」**という条件だけは喉から手が出るほど欲しかった。行政の無能な手続きに縛られることなく、彼の持つ真の武力を行使できる環境。それは、山に生きる者としての矜持を守るための、最後の砦だった。


こうして、現代の「主従契約」が結ばれた。加納幸蔵という武力が、真田義人という財力と権力を背景にした地方の「豪族」を支える柱となった瞬間だった。


数日後、「地域安全組合」は正式に発足し、県庁からほど近い廃墟となったビルに本部を構えた。


真田の支援のもと、組合は次々と元猟師たちを集め始めた。その多くは、高齢化や装備の不足、そして行政の煩雑な手続きに疲れ果てて引退していた者たちだった。彼らは、真田が提示した破格の月給と、最新の装備に目を輝かせた。


「これで面倒な書類仕事もないんだろ?最高だ!」


猟師たちは、再び自分のスキルが社会から必要とされていることに、生きる喜びを感じていた。彼らは公的なボランティアではなく、高待遇で雇われたプロの戦闘集団へと意識を変えていく。


幸蔵の弟子となった**青山あおやま たける**は、早速コウゾウの指導の下、訓練を開始した。


「猛、お前が最初に学ぶべきは、銃の技術じゃない」幸蔵は言った。

「里山を見ることだ。獣の足跡、風の匂い、住民の不安、そして、行政と真田の間にできた亀裂。全てを見ろ」


タケルは、幸蔵が持つ独特の緊張感と、真田に対する警戒心を肌で感じていた。組合員たちが報酬と装備に浮かれている中で、幸蔵だけは、この契約が持つ恐ろしさを理解していた。真田の資金源が、彼らが守るべき住民を犠牲にしていないか、常に目を光らせる。


「加納さん、行政は何も言ってこないんですか?この組合は、明らかに警察や行政の権限を侵している」タケルが尋ねた。


幸蔵は、県庁の方向を向き、冷たく鼻で笑った。

「あいつらは、奥平沢の悲劇以来、手のひらを返したように静かだ。なぜだと思う?真田が、金と武力を背景に、行政の幹部たちを黙らせたからだ。そして、住民が真田の組合を支持しているから、下手に手を出せない」


公的な権威は、真田の財力と幸蔵の武力という、二つの現実に敗北していた。


事態は、予想よりも早く動いた。


組合発足から一週間後、隣接する自治体で農作物を荒らす熊が目撃された。行政の鳥獣対策課は、いつものように駆除計画の立案、予算の確保、麻酔銃の使用許可など、手続きと準備に手間取っていた。


そこへ、真田の指示を受けた「地域安全組合」の精鋭チームが、最新のドローンを使い、わずか数時間で熊を特定し、駆除を完了させた。


この迅速な対応は、ニュースで大々的に報じられた。 『行政よりも早い!真田議員の「安全組合」、地域の守り神に』


住民からの感謝の声が真田のもとに殺到し、行政への不満は爆発した。鳥獣対策課の佐藤係長は、真田の事務所に乗り込んだ。


「真田さん!あなたたちの行動は越権行為だ!鳥獣保護管理法に違反している!」


真田は優雅に椅子に座り、佐藤を見下ろした。

「越権行為?佐藤さん。我々は、法の手続きを待っていて、住民の命が失われるのを黙って見ているわけにはいかない。住民はどちらを支持しているか、あなたは分かっているでしょう?」


真田は、手元の書類を指さした。それは、近隣住民から寄せられた、真田への感謝状と、行政への抗議文の束だった。


「住民の命と平和が、この地域の真の法だ。そして、それを守るのが、我々の武力だ」


真田は、佐藤に対し、穏やかな口調で、しかし絶対的な冷酷さを持って告げた。

「邪魔をするなら、あなたこそ、この地域から排除されることになる。それが、住民の願いだからだ」


佐藤は、顔を蒼白にして真田の事務所を後にした。彼は理解した。行政は、この地域から実効支配力を完全に失ったのだ。公の秩序は、住民の安全を守れないという一点において、私設の武力に敗北したのだ。


この瞬間、真田義人という地方政治家は、金銭と武力、そして住民の支持を背景に、中央の法と権威を凌駕する現代の豪族として、完全に覚醒した。そして幸蔵率いる猟師たちは、その豪族の力を支える、揺るぎない**「武力」**の柱となった。


真田の事務所には、狩りの成功を祝う歓声と、豪華な酒宴の匂いが充満していた。しかし、幸蔵はその輪には加わらなかった。彼は、里山の方向を見ていた。

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