エピローグ
エピローグ
野性味あふれる大男が、背中から水を滴らせながら石畳を歩いていた。数百キロにも及ぶ鉄の筒を担いでいるにもかかわらず、涼しい顔で道を進んでいく。
そんな思わず振り返ってしまいそうな光景も、村人たちにとっては見慣れたものだ。驚くことも称えることもない。
大男――ランドは自分の店の前までたどり着くと、一瞬だけ足を止めた。普段は客が一人いるかいないかといった具合だが、今日は店が人垣に覆われていたのだ。
それでもランドは表情ひとつ変えない。集まった村人たちを無言のまま押し分け、『水筒』を降ろすために水置き場に近づいていく。そんなときだった。
「今までどこに行ってたんだい」
「え、あの、そうですね……旅に出ていました」
瞳が最も見たかった。耳が最も聞きたかった。鼻が最も嗅ぎたかった。口が最も味わいたかった。指が最も触れたかった。その相手が、そこにいた。
伸びた髪と身長。大人びた表情と仕草。ランドの記憶の中にある姿からわずかに成長しただけなのに、少女から女性へと変わったように思える。
女性――ジタは、ランドの存在に気づくと、恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「その……ひ、久しぶり、だな。待たせてしまった、だろうか……」
しばらく見惚れていたランドは、鉄の筒を豪快に放り投げ――
「ずっとずっと待ってたんだ! もっともっとずっとずっと待たされるかと思った!」
笑顔とも泣き顔ともつかない表情を浮かべると、米袋でも担ぐようにジタを抱えてメインストリートを走り出した。ふつふつと込み上げてくる感情を抑えきれなかったのだ。
「な、なにをするのだっ」
「分からん! 分からんけど……分からんけど……よく分からねぇ!」
溜まっていたものを発散するように大声で叫んだランドは、奇妙な動きを始める。
素早く回って、高く跳び、ゆっくり周って、また跳ねる。リズムも型もないダンス。
せせこましくてダイナミック。繊細にして大雑把。そんな、よく分からない獅子の舞。
「ピア!」
タイミングよく路地から現れた配達途中のヒアシレィズを捕まえると、踊りはさらにエスカレートしていく。
転がるドラム缶を跳び越え、人々を跳び越え、民家を跳び越え、果てには村まで飛び越えてしまいそうなほど。
訳もなく可笑しくて、三人は笑っていた。訳の分からない村人たちも笑っていた。
「ジタよぅ!」
ランドが狂喜乱舞しながら、その名を呼ぶと、
「なんだ!」
ジタは乱れる髪を片手で押さえつつ、風に負けない大声で訊き返す。
鼓膜を揺らす振動があまりにも爽快で、言葉が返ってくることがあまりにも心地好くて、ランドは笑いながらぽろぽろと涙を流した。
「三人で話して歩いて眠って触って噛んで遊んで踊って笑って働いてメシを食うぞ!」
腕から伝わってくるふたつの温もりを堪能しながら、速いテンポのステップに合わせるように願い事を口にしていく。
「ああ、ああ! 最初はなにをするのだ!」
「まずは――おれの家族になってくれ!」
歓喜の声は空まで届き、そよ風に乗って運ばれていく。それはきっと、なにかが始まる合図。
野性のダンスは延々と続き、小さな村を賑やかにしたのだった。
今は半端な、二匹でもある二人。
それでも、いつかは胸を張って言える時が訪れるだろう。
明日か明後日か、一ヶ月後か一年後、はたまた死の間際か。
重い決意とともに自覚するのかもしれない。夢の中で、お告げがあるのかもしれない。続いていく日々の中で、ふと気づくのかもしれない。
二匹だった二人、と。
<了>
最後まで読んでいただけたことが、何よりの喜びです。
ありがとうございました。