おもいこんだら
昔の野球アニメのオープニングの歌詞で『思い込んだら』で始まるものがありました。
これを『重いコンダラ』だと聞き違えて、整地ローラーをコンダラと呼ぶ人がでたそうです。
思い込みって怖いものですね。
霜月透子様主催「ひだまり童話館」「ちょろちょろな話」の参加作品です。
むかしむかし、ある村のはずれにロリーヌというリンゴ売りの娘がいました。
いつも笑顔で村を歩き、まっかなリンゴを村人たちに売りました。
村人たちはみんな、ロリーヌのリンゴが大好きです。
ロリーヌは、ときには隣りの村にも歩いてリンゴを売りに行きます。
彼女は不思議なカゴを持っています。
そのカゴは自宅のリンゴ倉庫とつながってて、いつでもどこでもおいしいリンゴを取り出すことができます。
彼女のカゴのことは、同じ村の人だけが知っていました。
ある日、別の村をねじろにする盗賊が、ロリーヌのウワサを聞きました。
仲間の二人が言うには、なにやら珍しい魔法の品を持っているらしいのです。
その夜、盗賊たちはロリーヌの家にやってきました。
ふたりが家の外で見張って、ひとりが家にしのびこみました。
家の中はきれいにかたづいており、道具もきちんとならんでいます。
「……どれが魔法の品か、わからん……」
家に入った盗賊は、そうつぶやいて首をかしげました。
「あの女をおどかしてきけばいいか」
盗賊は奥の部屋に近づきました。
扉をそっとあけてのぞくと、ロリーヌが背をむけています。
カゴから何かを取り出しながら、つぶやいているようです。
盗賊が聞き耳をたてていると、彼女の言葉が聞こえました。
「さて、今夜は大きいのを三つ、首をそろえて並べようかな」
盗賊はおどろきました。自分と仲間二人のことだと思ったからです。
「まずいっ。ここは魔女の家だったのかっ」
盗賊はあわてて窓から飛びだし、外で見張っていた仲間達とともに一目散に逃げさりました。
家の中ではロリーヌが首をかしげていました。
「足音がしたみたいだけど、リンゴを買いに来たお客様? でも誰もいないし、聞き違いかな?」
ロリーヌは大きな丸いものを三つ、テーブルに並べました。
もちろん、それは人間の頭ではなく、ただのおいしそうなリンゴでした。
* * *
「偉文くん。この話に魔法のカゴは必要?」
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に、従妹の暦ちゃんが遊びに来ている。
彼女はとても物知りの小学生だ。僕が書いた絵本の案を見ている。
「まぁ、盗賊が入る理由と逃げる理由のためだな。リンゴだけだと盗むには弱いし、逃げる時に魔女だと勘違いするのを狙ったんだ」
「ふうん。これって、こないだの『おんちょろちょろ』に似てるんだよ。お姉ちゃんは知らなかったけど」
「うん。それは『ネズミ経』だな。胡桃ちゃんにも教えてあげたっけ」
先日、暦ちゃんの自宅前でビニールプールの水遊びをしていたんだ。
暦ちゃんの姉の胡桃ちゃんも一緒だった。
僕がホースで水をちょろちょろとかけていると、暦ちゃんが「おんちょろちょろ……」と言い出したんだ。
胡桃ちゃんが「なにそれ?」と言ったので、僕が昔話を教えてあげたんだ。
ひとりぐらしのおばあさんの家に、道に迷った旅人がおとずれて、泊まらせてもらう。
おばあさんは大歓迎で旅人をもてなすんだ。
旅人はお坊さんの格好をしていたため、おばあさんに仏壇にお経を唱えてもらうよう頼まれた。
困った旅人は、部屋のネズミをみて、とっさに『おんちょろちょろ』とお経をマネをして切り抜ける。
おばあさんは「おんちょろちょろ」のお経を覚えて、次の日から自分でお経をとなえるようになった。
後日、盗賊が家に入ったとき、『おんちょろちょろ』が自分のことだと勘違いして退散する話だ。
ぼくの絵本の案も、その話がもとになっているんだ。
「坊さんのコスプレで、ただで泊まろうとするのはズルいんだよ」
「いや、暦ちゃん。この旅人はお坊さんに化けてたんじゃなくて、普通の服装かもしれないよ。俳諧師っていうんだけど」
「はいかいし……松尾芭蕉かな。旅をしながら、行く先々で俳句を詠む人」
さすがによく知っている…… っていうか、暦ちゃん、ほんとに小学生?
「じゃあ、この旅人は俳句を作るのが得意だから、とっさにお経のマネができたのかな?」
「たぶんね。お経で使う真言は、オンで始まることが多いから、『おんちょろちょろ』にしたんだと思う」
「物を盗むことを『ちょろまかす』っていうんだよ」
「なるほど。盗賊が『おんちょろちょろ』が自分だと思ったのもそのせいかもね。ほかに、他人を簡単に言いまかすことを『ちょろい』っていうから、それとも関係あるかも。ネズミ経の話は日本全国で語られているけど、これも順礼のお坊さんや俳諧師が広めたって説もあるんだ」
「ふうん……だとすると……」
暦ちゃんは少し考え込んで、それからニコッと笑った。
この顔はまた変なことを思いついたかな。
「松尾芭蕉とかけまして、ボクシングのレフェリーとときます」
いきなりなぞかけ?
これはまた難しそうだな。
「松尾芭蕉というと歌集の奥の細道が有名だな。……。レフェリーって審判だよな。どうやってくっつけるんだ。ボクシングだと、ダウンしたら10数えるよな。五・七・五の数に関係が……」
しばらく考えてはみたけど、思いつかない。
「その心は?」
「いつもタンカをよんでいるんだよ」
いや、ボクシングの試合で、めったに担架は呼ばないと思うけど。