食料危機からの脱却(中編)
──交易管理塔の一室。
年季の入った木製の机を挟み、リィナは、向かいに座る男の“重心の定まらなさ”をじっと見ていた。
レオン・グレイブ。
全身から漂う不信感。姿勢は崩れ、顎には無精髭。目つきは細く、どこか笑っているようで、何も笑っていないようでもあった。
見ようによってはただの流れ者。けれど、どこか引っかかる。
「……で、商いのお誘いってわけか?」
レオンが足を組み替える。机の脚が、ギィ、とわずかに軋んだ。
「付加価値貿易を展開する。その初手として、君と取引したい」
加賀谷──カガヤが応じる。
その声には、強さよりも“決まっている”という確信があった。
「ふうん……で、公国さんお得意の“職人芸”でも売り出すってこと?」
レオンが鼻を鳴らす。
その口調に、わずかな皮肉と、予測済みだという退屈が混ざっていた。
リィナは思わず、口を開いた。
「工芸品は、この国の誇りですわ。手仕事の精緻さは、他国に引けを取りません」
「へぇ、誇りねぇ。で、そんなもん、どこの港でいくらで売る気だい?」
レオンは嘲るでもなく、純粋な疑問として返した。
「……」
リィナは言葉に詰まる。たしかに、価格競争では太刀打ちできない。
流通も細く、まとまった数も捌けない。
そんな彼女の横で、加賀谷が静かに息を吐いた。
「違う。俺たちが売るのは、商品じゃない」
「は?」
「この国の価値は、“場所”にある」
その言葉に、レオンの目つきが少しだけ変わった。
「ミティア公国は、帝国と諸国家の交易線上にある。しかも、運河が通っている。地理的に見て──最短で東西をつなぐ結節点だ」
加賀谷は手元の地図を示す。そこに描かれた交易線は、まるで網のように国土を貫いていた。
「つまり?」
「自分たちで作らなくていい。“流す”んだよ、価値あるものを。公国を通すルートにする。通したければ、通行料を払う。保管料を払う。港湾税を払う」
「なるほど……“中継貿易”ってわけか」
ようやく、レオンが真顔になる。
無精髭の奥の唇が、にやりと歪んだ。
「こりゃまた、帝国が好きそうなやり口だな」
「皮肉か?」
「褒め言葉さ」
レオンは立ち上がり、背伸びをする。
その目には、すでに計算が走り始めていた。
「で、俺は何をすりゃいい?」
「交易の設計を任せる。ルートの確保、港湾との交渉、供給元の調整。……全部だ」
「丸投げかよ」
「君ならできるだろ」
ふたりのやり取りを、リィナは唖然としながら見ていた。
まるで芝居を見ているようだ。だがこれは、現実。国の命運を握るやりとりだ。
「──俺の取り分は?」
「十分に」
「ふっ……上等」
レオン・グレイブ。
この国の地図に、彼の名が書き込まれる日は、きっと近い。