兵制改革と武人ガロウの忠誠(後編)
武器の音が、朝靄に溶けていた。
視察と称して、リィナは何度も辺境駐屯地を訪れていた。
任務ではなく、ただ己の目で“変わってゆく現場”を見届けたかったのだ。
あの男──加賀谷零が、何を見て、何を変えようとしているのかを。
「今日から、新しい訓練区分に入る。各分隊長は指導要領を確認して──」
淡々と告げるガロウの声は、いつにも増して張り詰めていた。
リィナの視線の先で、兵たちは以前よりも引き締まった顔つきで整列していた。
服装こそまだ統一されてはいないが、動きに無駄がない。視線が揃っている。
加賀谷は、演台の傍らで控えていた。
姿勢は崩しているのに、視線だけは鋭い。
数字の世界でしか生きてこなかったはずの男が、今は軍を見ている。
──それが、妙に馴染んでいるのが、少し悔しい。
「リィナ様、こちらへ」
横から声がした。
帳簿を携えたミロ・クレインが、彼女にそっと資料を手渡す。
「え、えっと……これは、訓練にかかる日数と、人的リソースと、あと支給品の支出予定と……それから、ガロウ隊長の提案した兵装改修の案です」
ページをめくると、手書きとは思えぬ精緻な図表が並んでいた。
既存の備品を流用し、補強材を追加することで数割の耐久性向上が見込めるという。
しかも、金はかけない。加賀谷の命題でもあった。
「……本当に、ここまで変えたのですね」
リィナの声は、思わず漏れた独白だった。
ただ軍制を“整える”だけではない。
加賀谷は、意志のある者に“変える余地”を与えていたのだ。
ある日の会議室。
「予備兵の制度を見直したい。今のままじゃ、有事の招集が形骸化してる」
加賀谷が言った。
「常備兵の人数も足りません。民間人に訓練を……?」
リィナが問うと、彼はわずかに笑った。
「戦うためじゃない。“抑止力”として、整っているように“見せる”ことが必要なんだ」
それが“軍の意味”だと、彼は言った。
国家が信用されるために、通貨が通じ、法が機能するために──力が要るのだと。
加賀谷は、“剣を振るう”ことを望んでいなかった。
それでも、“剣が抜かれる可能性”を否定しなかった。
その現実感が、リィナには不思議と頼もしく映った。
そして何よりも──
ガロウが、その加賀谷に「仕える」のではなく、「共に立つ」と選んだことが、嬉しかった。
あの日、握手を交わした二人の姿が、今も瞼に焼き付いて離れない。
「……ふふっ」
リィナは静かに、空を見上げた。
かつてこの国を“箱庭”と呼んだ自分がいる。
だが今──その箱庭の土は、確かに耕されはじめていた。
──兵制改革は、着実に進んでいる。
そしてミティア公国は、「守れる国」へと歩みを進めていた。