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鉱山案件発掘-ミュリルのソーシング

 鐘楼の針が十の刻を指したころ、ミュリル・フェーンは学院の正門を一人で抜けた。


 自由都市は、徐々に陽射しを取り戻しつつあり、街道に差す光が建物の影を長く描いている。淡い色のマントを羽織った彼女は、まるで誰にも気づかれたくないように、通りの雑踏に身を溶け込ませていった。


 他の二人──ジルやレーネは、すでに各自の目的地へと向かったあとだった。ミュリルはと言えば、彼らとは違い、特定の“地名”や“業種”を決めて案件を探しに行ったわけではない。


(案件は、目立たない場所に沈んでる。紙の上より、声の端っこに転がってる)


 だからこそ、彼女は“街の匂い”を嗅ぎに来た。表の市場でもなく、観光客が集まる地区でもない。自由都市の“裏筋”を。


 通り過ぎる荷馬車の車輪が、湿った地面に重たい音を立てる。窓を開けたまま寝ている宿の二階からは、酒に潰れた客のいびきが聞こえ、交差点の角では洗濯物を干す老婆が無遠慮な視線を投げてくる。


 ミュリルは地図も持たず、迷いなく歩いた。学院の文書室で何度も目にした名前。報告書の余白に記された記述。ギルド認可を受けた商会の裏仕事──そんな“気配”が、このあたりに集中していたからだ。


 やがて彼女が足を止めたのは、看板もない古びた三階建ての建物だった。軒先には傷んだ麻袋が無造作に積まれ、表向きは倉庫のようにも見えるが、ミュリルは小さく頷く。


(確かに、ここ。自由情報組合の《出張分室》──建前はね)


 扉を二度、軽く叩くと、内側から小さなスリットが開いた。


「用か?」


「“風の噂”を買いに。少しだけでいいわ。荒れてないやつ」


 スリット越しに覗き込んだ目が、しばし沈黙する。


「……あんた、学院の人間だな」


「うん。顔を出していい人だけと話す」


 返事の代わりに、重たい木の扉が軋む音を立てて開いた。


 中には、帳簿と紙束に囲まれた室内が広がっていた。書き物机の奥には、情報屋然とした中年の男が座り、視線だけで彼女を招く。


「名前は?」


「ミュリル。学院生。投資インターン中」


「おかしな肩書きだな」


「ふふ。おかしな案件を探してるから」


 男の口元に、わずかに笑みが浮かんだ。


 ミュリルは鞄から革の袋を取り出し、数枚の銀貨を卓上に並べた。


「場所と業種は絞ってない。ただし、潰れた店じゃなくて、“潰れそう”で止まってるところがいい。技術持ちか、土地に価値があるところなら」


「……随分、わがままだな」


「そう? 投資って、だいたい欲張りから始まるでしょう?」


 小娘のくせに肝が据わっている。男はそんな目で彼女を見つつ、背後の棚から一冊の台帳を引き出してきた。手際よく数ページを捲る。


 情報屋の渡した地図は、年代の違う三枚の写しを継ぎ接ぎしたような代物だった。


 鉱区の詳細が記された公式の文書はとうに消え、残されたのは冒険者ギルドに一時登録された探査任務の記録と、数十年前に一度だけ発行された税納付証明の写し。要するに“まともな地図”ではない。


 だが、ミュリルにとっては充分だった。紙の上に描かれた線ではなく、その背後にある“忘れられた価値”を読み取るのが、彼女のやり方だから。


 向かった先は、自由都市から馬で二時間ほどの場所。標高の低い丘陵帯に点在する廃集落の一角だった。


 かつて〈スレイン鉱山〉と呼ばれたその場所は、魔力鉱石の産出地として一時期にぎわいを見せていたが、鉱脈の枯渇と共に人も技術も離れていったという。今は稼働しておらず、登記上は「所有者不明」のまま。


 地図の通りに進み、朽ちた門柱を越えた先──岩肌が露出した斜面の下に、半ば崩れかけた坑道の入口があった。


 ミュリルは近くの岩を拾い、斜面の壁を軽く叩いてみる。乾いた音が返る。

 次に、持参した魔力測定板を取り出し、坑道の近くにかざす。


 数秒のうちに、測定針がピクリと反応した。


「……まだ、残ってる」


 声に出すことはなかった。けれど心は確かに震えた。

 完全に枯れたわけではない。測定値は微量だが、鉱脈の名残が地下に生きている。


 彼女は坑道の中に一歩踏み入れる。光源魔石を掲げて進むと、そこには苔むした搬送レールと、崩れた作業台、そして古い標識が転がっていた。


 「第二採掘坑──“翠閃層”」と書かれている。


(翠閃……緑系統の魔力を帯びた石。医療系の触媒や、魔導通信に使われる)


 市場価値は「中の上」――石自体は珍品じゃない。だが都市間通信が魔導網に切り替わりはじめた今、触媒石は喉から手が出るほど欲しがられている。 まだ埋まっているとわかれば、欲深い商会が群がる。“賭ける”価値は十分だ。


 ミュリルは足元の破片を拾い、粉を払って小袋へ落とす。二つ、三つ……

 そのとき、背後で砂を踏む音が鳴った。


「誰だ!」


 振り返れば、灯火を掲げた影。煤だらけの作業服に、曇ったゴーグル――昔ここで働いていた鉱夫か。


「……立入禁止だぞ」


「怒鳴る前に計算してみたら? ここが死んだ穴か、眠ってる金庫か」


 男の眉がぐっと寄る。


「鉱脈は枯れた。掘る奴もいない。地主は五年前にくたばった。今は野ざらしの山だけだ」


「つまり、持ち主不在。私有地よりは話が早いわね」


 さらりと言うと、男は鼻で笑った。


「学院のガキが、法の穴を突きに来たってわけか」


「穴を埋めに来たの。――ほら」


 ミュリルは掌の測定板を点灯させ、坑口にかざす。針が震え、わずかに緑を指した。


「残留魔力。ゼロじゃない。再採掘すれば歩留まりは読める。問題は初期投資と危険手当……まあ、賭けね」


 灯火の炎が石片を照らし、翡翠色の閃光が揺れた。

 彼女はその輝きを男の眼前へ突き出す。


「都市がこの石を触媒に選べば、価値は跳ね上がる。今はただのガレキでも、掘り当てた瞬間に化けるわ」


「ハイリスク・ハイリターンってやつか」


「嫌いじゃないでしょ? 鉱夫さん」


 ミュリルが挑発気味に笑うと、男は短く息を吐いた。


「……面白ぇ。好きに調べな。だが掘り返すってんなら、崩落と魔物の危険は覚悟しろ。俺も――その馬鹿げた勝負、見届けてやる」


 男の目に灯ったのは、かつて鉱脈を追った者だけが知る高揚の色。

 ミュリルはそれを確認すると、再び坑道の闇へ向き直った。


 忘れられた鉱石、眠ったままの価値。

 この穴はバクチ台。賭け金は国家ファンド。負ければ傷は深い。それでも――


(怖くはない。数字は嘘をつかないし、賭けない価値は、いつまでもゼロのまま)


 彼女は石片をポケットへ滑り込ませ、足を進めた。ひりつく空気が肌を刺す。だが、その痛みこそが、未知の利益を告げる鐘の音だった。


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