表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/76

女王の夜会

 夜のフィーネ。街の中心にある政府庁舎の迎賓殿には、ひときわ華やかな光が灯っていた。


 各州の代表者、連邦軍幹部、技術局の責任者、市場を牛耳る女商人──

 “男たちが口を挟まぬ夜”と呼ばれる、レーナ連邦特有の夜会が、今宵も粛々と始まっている。


 そこに、公国の使節団が招かれていた。


 


◆ ◆ ◆


 


 「なにこれ……戦場……?」

 広間に足を踏み入れた瞬間、リィナは思わずつぶやいた。


 着飾った令嬢たちが、表情ひとつ変えずに火花のような視線を交わしている。

 刺すような笑顔。絡めとるような言葉。軽口ひとつにも政治と戦略が透けていた。


 「貴族の夜会より、よほど攻撃的かもしれませんね」

 ミロがそっと囁く。手元のワイングラスを両手で抱えたまま、隅に後ずさった。


 ノアはというと、どこからか見つけてきたミートボールをくわえたまま、既に背後の壁際へ退避済み。


 「ちょっと! ちゃんと同行者としての威厳を──」


 「む、無理ですうぅ……」


 「あたし、派手な服着せられてる時点でHP半分減ってるんだけど」


 “これが外交か……”とリィナが腹の底で泣きながら、精一杯笑みを作ったその時だった。


 


◆ ◆ ◆


 


 「……ようこそ」


 中央に据えられた玉座のような席。そこに腰を下ろす、イーリス・ラグラロア。

 その一声が、広間の空気を張り詰めさせた。


 「リィナ・ミティア。少し、話しましょう」


 周囲が視線を向ける中、リィナは静かにうなずき、ゆっくりと進み出る。


 (ここが、本番……)


 イーリスは隣に席を空けると、ワイングラスを傾けながら、淡々と切り出した。


 「あなたの言葉、昼間は確かに響いたわ。けれど、それだけじゃ信用には足りない」

 「当然です。信頼は“交わす”ものですから」


 その返しに、イーリスはうっすら笑った。


 「では、“交わす材料”は?」


 リィナは息を整え、切り札をひとつずつ口にしていく。


 「交易では、私たちの自由都市が持つ流通網を――」

 「物流には価値がある。でも、その地はまだ不安定」


 「軍事では、連邦が保持する兵器と技術に対し、私たちは情報と魔導素子を――」

 「魔導技術の安定供給は、確かに魅力ね」


 会話は、問答にも似ていた。

 どれだけ自国を魅力的に見せられるか。どれだけ交渉相手の琴線を探れるか。


 リィナはふと、隣の女の横顔を見た。


 (この人は……手札を見せ合う場に、感情を持ち込まない)


 それでも、ただの冷徹さとは違う。


 イーリスの瞳には、明らかに“何か”を計る視線があった。

 そしてそれは、リィナの中に“覚悟”を見ようとしていた。


 


◆ ◆ ◆


 


 「……本当は、怖いです」


 沈黙のあと、リィナがそう言った。


 「私たちはまだ小国。背伸びをして、賭けに出て。……でも、未来のために、ここで繋がなければいけない」


 イーリスの眉が、わずかに動く。


 「私は“女王”じゃない。けれど、“この国を背負う人間”にはなりたい。

 加賀谷様のように、未来を形にできる人になりたいから……ここにいます」


 まっすぐに放たれたその言葉は、もはや外交の文言ではなかった。

 ひとりの公女の、真摯な決意だった。


 


◆ ◆ ◆


 


 「……いいわ」

 イーリスが、ふっと息を吐いた。


 「その覚悟があるなら、こちらも応じましょう。対等な“同盟”として」


 「ありがとうございます」

 リィナが頭を下げると、広間のあちこちでざわめきが走った。


 レーナ連邦が、ミティア公国との“対等な連携”を認めた瞬間だった。


 やがて夜会の場は、さながら祝宴のように空気を変えていく。


 


◆ ◆ ◆


 


 「……やりきったぁぁぁ……!」


 夜会が終わり、控室に戻ったリィナがソファに顔から突っ伏した。


 「肩こりすぎて背中が別人格名乗りそう……」

 「でも、交渉成立ですよ」ミロがそっと水を差し出す。


 「わたしら、いま“同盟国の初日”に立ち会ったってことですよね」

 ノアがぼそりと呟き、静かにうなずく。


 「……公国って、ちゃんと前に進んでるんだな」


 リィナは顔を起こし、少しだけ涙ぐんだ笑顔を見せた。


 「……やっと、“背中”を見せられた気がする」


 その夜、レーナ連邦の空には晴れ渡る星がきらめいていた。




◆ ◆ ◆




 賓客たちが下がり、夜会が終わった後。

 イーリスは広間の奥にある小部屋へと静かに足を運んだ。


 待っていたのは、連邦軍政局次官であり、彼女の腹心──ヴァネッサ・エルン。


 長髪赤毛の髪。精悍な横顔。

 軍務に忠実でありながら、私室ではイーリスの紅茶の好みまで把握している、頼れる右腕だ。


 「評価は?」ヴァネッサが静かに尋ねた。


 イーリスは背もたれに深く腰掛けながら、空になったグラスを揺らした。


 「……馬鹿正直ね、あの子」

 「はい」

 「けれど、正直さも戦術だとしたら……なかなか手ごわいわよ」


 ヴァネッサは笑わないが、わずかに眉を動かした。


 「“気に入りましたか”?」


 イーリスは否定も肯定もせず、窓の外を見つめたまま呟いた。


 「――あの目、忘れないわ。ああいう顔で、昔の私も旗を掲げたものよ」


 「だからこそ、試した?」


 「当然よ。公女という肩書きは飾りにも重荷にもなる。

  その殻を破って、真正面から向かってこなければ、国同士の結びつきなんて無理」


 沈黙がひとつ、落ちる。


 イーリスは立ち上がり、夜の風を吸い込んだ。


 「でもね、ヴァネッサ」


 「はい」


 「……少しだけ、羨ましくなったの。彼女の背中の“誰かのために”って熱。あれは、私の中から随分遠ざかってたものよ」


 ヴァネッサが、珍しく視線を伏せた。


 イーリスは、それを見てふっと笑う。


 「だから。もう少しだけ、彼女を見てみたいのよ。

  政治家としてじゃなく、“生き様”の部分で、ね」


 それは、戦略ではない興味だった。

 けれど、女王と呼ばれる彼女にとって、そう思わせた時点で──


 「やっぱり、ただの姫様じゃないのね。あの子」


 その呟きが、夜の帳に溶けていった。






◆あとがき◆

毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!

更新の励みになりますので、

いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!


今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。

そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ