公女の決意と出立
――公都・政庁 執務室
翌朝、加賀谷の執務室に届けられたのは、ヴァルドからの密書だった。
そこに記されていたのは、南方に位置する連邦国家――レーナ連邦の名。
「連邦、ね。王国じゃないあたり、思想もかなり独立的だな」
手紙を読みながら加賀谷は、ライズからの報告にも耳を傾ける。
「はい。複数の女性主導の自治国家から成る連邦体で、連邦首相はイーリス・ラグラロア。周囲では“連邦の女王”と渾名されていますが、あくまで実務は首相職です」
「女王と呼ばれても納得するくらい、存在感があるわけか」
「男嫌いというわけではなく、“男の支配に依存しない”価値観の社会構造です。現地で男が高位に立つことは極めて稀で、交渉にも適した人物の派遣が必要と判断しました」
加賀谷が視線を落とすと、隣に立つリィナが静かに一歩踏み出す。
「私が行きます」
その言葉に、場の空気がわずかに張り詰めた。
「……リィナが?」
「加賀谷様が動けば、帝国が自由都市への干渉を強める危険が高まります。けれど私なら、外交使節団として公女の肩書きを利用できる。あの連邦の構造なら、逆に女性の方が交渉の場に適しています」
それは、口先だけの論理ではなかった。
加賀谷の不在時、政庁で膨大な業務をさばき、各勢力とのバランスを取りながら国家を支えたリィナが、その経験をもとに下した実務的判断だった。
「それに……女だけで連邦を築いてるなんて、正直、興味あるの」
小さく笑ったその表情に、かつての“お姫様”はもういなかった。
――出発の朝
馬車の準備が整う中、リィナの後ろには近衛騎士団、そしてノアの姿がある。
「ノア。本当に、来てくれるのね」
「来るなと言われても従いません。任務です。私は使える兵器として随行します」
「だからもうちょっと人間らしい言い方しなさいって……」
ミロが遠くから控えめに口を挟んだが、ノアはまったく意に介さない。
「では、出発前に最終確認を。補給ルートはすべて迂回経路を採用。随行の文書管理はミロ、あんたに任せた」
「えっ、わっ、わたし!? い、いやでも、行かないですし、できれば触れたくないですし……胃薬……」
「しっかりやれ。現地での混乱を防ぐにはお前の端末が要る」
加賀谷が一言だけ言うと、ミロは抵抗を諦めて俯いた。
リィナは馬に乗り、振り返る。
「──では、行ってまいります。……あっ」
ふと思い出したように馬を止めた。
「そうそう。戻るまでにちゃんと寝て、ちゃんと食べて、……休みも取ってくださいね? ブラック国家は本当に通報されますから」
「寝かせる気ないのはお前だろ……」
加賀谷が苦笑いしながら、背中を見送った。
――レーナ連邦・南部国境都市 フィーネ
連邦の中でも、交易と外交の最前線にあたる国境都市フィーネ。
その政府庁舎の上層部に、ひとりの人物が書類を広げていた。
黒髪を鋭く結い、男顔負けの軍服を身にまとった女。
名は――イーリス・ラグラロア。
肩書きは「レーナ連邦首相」。
けれど周囲からは、“連邦の女王”と恐れと敬意を込めて呼ばれている。
「……ようやく来るのね。噂の“公国の再建者”が送る使者が」
書類を閉じ、ひとつだけ呟く。
「ただの“お姫様”なら、三言で見抜いて追い返す。だが――さて、どうかしらね?」
◆あとがき◆
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